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R E D - D I S K 0 2  作者: awa
CHAPTER 18 * FEATHER DAYS
104/119

* Feather Of Fallen Angel

 数時間前、彼は確かにここに居た。

 彼は確かにここに居て、私に触れた。

 確かにここに居て、私にキスをした。

 ここに居て、私を抱いた。

 確かに、ここに居たのに。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 眠いのに、どうしてもベッドで眠る気にはなれなかった。だからって、ラグの上に行く気にもなれなかった。だから床に腰をおろして、ベッドにもたれた。立てた両脚を抱え込み、顔を伏せて目を閉じた。

 なにを思えばいいのか、さっぱりわからない。どうすればいいのか、まったくわからない。

 わからないから、一昨日アゼルに言ったことを訂正しようと思った。

 頭はよくない。やっぱり、ただのバカだ。

 他に、なにを言ったっけ。

 根気強い。根気強いってなに? 意味がわからない。

 努力ができる? できてない。──いや、していたのかな。呼び出されたにしても、行かないのが正解。バカ。ただのバカ。

 バカ。

 バカ。

 バカ。

 もうやだ。なにも考えたくない。

 南京錠。

 なぜあんなこと、したのだろう。その仕返しなのかな。罰なのかな。受け入れてもらえたと思っていたけれど、まだ終わっていなかったのかな。

 わけがわからない。

 だって、あいつがなにを考えているかなど、わからない。

 猿。

 猿。

 猿。

 “約束”は、絶対だと思っていた。

 “施設に戻るようなことはしない”という約束と、南京錠の“TWD”は、絶対だと思っていた。

 南京錠に“Never Go Back To Rehab”──“NGBTR”も一緒に、彫っておくべきだったのかな。それをしても、けっきょくあいつは行く気がするから笑える。

 “そういう人間”なのではない。“そういう人間”でいたいだけ。

 バカな猿。

 バカ猿。

 バカ猿。

 バカ猿。

 もうやだ。シャワー浴びたい。

 もうやだ。なにも考えたくない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気づけば昼になっているらしかった。ベッドの上、傍らで携帯電話が鳴っている。寝た覚えはないけれど、寝ていたのかもしれない。よくわからない。

 ただシャワーを浴びて、アゼルの荷物が残ってることに気づいた。私はそれを無視した。無視して、チェストから煙草とライターを取り出した。

 黒いバスローブ姿のまま、ベッドに寝転んだ。煙草を吸った。なにも考えてないと思う。私自身、状況を理解してるのかどうかすら、怪しい。

 電話はまた、ブルからだ。

 「今お前の家の前にいる」彼が言う。「出てこい。渡すもんがある」

 「めんどくさい」と、私は答えた。

 「すぐ終わるって。ニコラとリーズも来てる。マスティも」

 「──ポストの中、見て。アゼルのメモがホントなら──ポストの中に、家の鍵があると思う。でも、ひとりで来て。マスティもリーズもニコラも、他は誰も入れないで」

 「──心配してる」

 ──心、配。

 私は鼻で笑った。

 「私、心配されるのも同情されるのも、大嫌い。慰めなんかいらない。そんなもの、なんの役にもたたない。今キレかけてんの。来られても、なにするかわかんない。だからやめて。こっちも持って帰ってもらわなきゃいけないものがあるけど、なんなら窓からそれ投げるから、そっちの“渡すもの”は、ポストの中でもドアの前でも、置いてってくれればいい。そしたらあとで取りに行く」

 考えているのか、ほんの少し沈黙し、彼は溜め息をついた。

 「わかった。行くからちょっと待ってろ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ブルが部屋にあがってきた時、私はベッドヘッドにクッションをはさんでもたれ、煙草を吸っていた。朝彼が電話してきてから、すでに五本は吸っている。おそらくこれは六本目。でも吸えば吸うほど身体がだるくなっていくから、やっぱり寝ていないのだと思った。もしかすると、精神的に疲れすぎているからかもしれないけれど。

 ブルは私の家の鍵をナイトテーブルに置くと、ベッドに腰かけ、「マブでアゼルのじいさんと話した」と言った。着替えを取りに来たらしい。それでも詳しいことはやっぱり教えてもらえなかった、と。

 彼が続ける。「一年、更生施設に入れるって。しかも──ベネフィット・アイランドのじゃなくて、アマウント・ウィズダムのに」

 アマウント・ウィズダム──同じフォース・カントリー地方にある、ベネフィット・アイランドの隣のプレフェクチュールだ。

 私は煙草の煙を吐き出した。

 「そんなのどうでもいい」視線を合わせないまま答える。「渡すものってなに」

 ブルは私の傍らに、アゼルのフォールディングナイフと鍵を置いた。

 「ナイフは、アゼルがお前に渡せって」

 ──殺される覚悟は、してるらしい。

 こんなものもらっても、困る。「その鍵は?」

 「マスティが、あいつの部屋に鍵つけた。ひととおりの着替えはじいさんが持ってったし、つってもそれほど持ち込めるわけじゃねえんだけど。オレらの服も、紛れ込んでたのは出したから、もうあいつのもんしか残ってねえ。マスティが、お前に渡すって」

 言いたいことは、わかる。誰にも入られたくないだろって、そう言いたいのだろう。

 「そんなのもらっても、困る」

 「どっちにしても、オレらも入んねえよ。あの部屋は、確かにあいつの部屋だけど、お前とあいつの部屋みたいにもなってた」

 ──私たちの、部屋。

 私はまた、鼻で笑った。

 「たぶんなんか、勘違いしてるよね」灰が長くなった煙草を、脇にある灰皿で潰し消した。「──待たないよ」待つ義理なんか、ない。「私はそんな約束、した覚えはない」

 彼は探るような眼で私を見ている。「──別れるとかなんとかって話は、なにも言ってなかったって」

 私は無視した。「そこにある紙袋、持って帰って。あいつが持ってきた着替え。ここに置いてかれても困る。あいつの部屋の鍵は持ってってくれてかまわない」

 「一年なんてすぐだろ」

 ──すぐ?

 「昔みたいに理性がぶっ飛んだのかもしれねえけど、あいつだって後悔はしてるはずだ。まえみたいに、退所が長引くようなことはしねえよ」

 最初に会った時のことを、言っているのか。

 「一年なんてすぐだって」

 私は身体を起こしてフォールディングナイフを手に取り、出したブレードの刃先をブルの喉元に突きつけた。

 ブレードを出す私の仕草は笑えるほど、アゼルと似た手つきだった。

 「あんた、なにもわかってない」私は、彼に言った。「“待つこと”が私にとって、どれだけ苦痛なのか、わかってない。“捨てられた人間”にとって、一日が、一ヶ月か、三ヶ月が、半年が、一年が──どれだけ長いものか、ぜんぜんわかってない。

 家に帰りたくなくなる気持ち、わかる? 家に帰るってことは、夕食を食べてシャワーを浴びて、眠るってこと。眠るってことは、みたくもない夢をみるかもしれないってこと。私の場合はそのまえに、両親の夜中の喧嘩があったけどね。それが終わっても、眠るのはずっと怖かった。やっと静かになったと思ったのに、もし眠って、その光景を夢にみたらどうする? 私は一晩に二度も怯えることになる。実際、喧嘩のあと夢で同じ光景を繰り返したこと、何度もあったわよ。おかげでそのうち、“またか”って思うようになったけど。

 “捨てられた人間”にとって、“自分を捨てた人間”の夢をみることが、どれだけ苦痛だと思ってんの? 毎晩毎晩その夢をみて、夜中に飛び起きる覚悟を、絶望を味わう覚悟をして眠りにつかなきゃならない。やっとの思いで朝になって、どうにか一日を終えて、だけどけっきょく“眠り”からは逃げられないから、家に帰らなきゃならない。っていうか、どこに行っても同じ。けっきょくは眠ることになる。それを毎日、三百六十五日繰り返すのよ。味わったこともないくせに、一年がすぐ? どの口が言ってんの?

 待つなら勝手にやって。私は待ったりしない。マブにだって行く気はないし、思い出にすがるつもりも、あいつを恋しがるつもりもない。あいつがここから喧嘩しに行ったその瞬間に、私たちは別れた。終わったの。私はもうあいつを好きじゃないし、愛してもない。ただの憎しみの対象。私を捨てた両親と同じ。そのうちどうでもよくなる。私はそれを待つだけ。

 解ったら、さっさとあいつの荷物を持って、ここから出て行って。そのうちおばあちゃんが帰ってくるから、玄関の鍵は開けたままでかまわない。気が向いたら自分で閉めるから、そのままでかまわない。かまわないから、さっさと出てって」

 彼の表情がなにを抱えているのか、私は、理解しようとしなかった。だから、よくわからない。

 ブルは、どうにかといった様子で口を開き、気遣わしげに私の名前を呼んだ。

 「──ベラ──」

 私はナイフを左手に持ち替えて振り下ろし、左後方にあったクッションを突き刺した。

 「──お願いだから」うつむいたまま、言った。「──出てって。ひとりにして」

 数秒して、彼はやっと立ち上がり、紙袋を持って、部屋を出た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 耳を澄ますと、玄関のドアが閉まる音がして、私はやっと、顔をあげた。部屋には誰もいなかった。

 ゆっくりと、クッションのほうに向きなおる。私は目を開けていたけれど、なにも見えていない気がした。

 クッションに刺さったままのナイフをまた、右手に持ち替える。

 間違った握り方。

 間違った使い方。

 クッションからナイフを引き抜くと、中から白い羽根が顔を出した。

 かまわずまた、ナイフを振り上げ、それを思いきり、クッションに向かって振り下ろした。

 引き抜いて、振り上げて、振り下ろす。

 振り上げて、振り下ろす。

 間違った握り方。

 間違った使い方。

 何度も何度も、繰り返した。

 振り上げて、振り下ろす。

 振り上げて、振り下ろす。

 何度めかで、ナイフを持ったまま、裂け目からクッションを左右に引き破った。ビリビリと音をたてて破れた布の中から、たくさんの白い羽が出てきた。羽は宙を舞い、ひらひらと落ちていった。

 それが雪に見えて、私はまた、別のクッションに向かって、ナイフを振り下ろした。

 何度も何度も繰り返して、また、裂け目からクッションを引き破った。

 クッションは、私の心。

 私はまた、ナイフを振り下ろし、次のクッションを引き裂いた。

 ズタズタにされて、引き裂かれた、私の心。

 足りなくて、また、ナイフを突き刺して、クッションを引き裂いた。

 中から出てくるのは、あいつの羽。

 たくさんの、堕天使の羽。

 それとも、あいつが堕転して奪われた、失った、天使の羽?

 またひとつ、クッションをダメにした。

 正直、喧嘩したことは、どうでもいい。捕まらなきゃよかった。私はたぶん、怒ったけど、呆れて、許しただろう。

 だけどあいつは、施設に入った。

 私を、捨てた。

 両親と、同じ。

 信じさせて、期待させて、裏切った。

 私の心をまた、ズタズタに引き裂いた。

 愛したのに。

 私を、独りにした。

 天国から地獄に、突き落とした。

 私はまた、独りになった。

 泣かない。泣いてなんかやんない。

 寂しがったり、恋しがったりなんかしてやんない。

 大嫌い。大嫌い。大嫌い。

 あんたが私を捨てるなら、私もあんたを捨ててやる。

 また、クッションを引き裂いた。

 南京錠ははずさない。期待させてやる。ほんとに一年で戻ってくるのかどうか知らないけど、戻ってきて、もし会ったとしても、私は南京錠をつけてて、まだ約束を守る気でいるんだって、思いこませてやる。信じさせてやる。

 だけどやりなおすつもりはない。捨ててやる。つきあってても別れてても喧嘩するんだから、施設に入るんだから、どっちだろうと意味はない。あいつの人生がどうなろうと、私には関係ない。知ったことじゃない。

 それであいつが死んだ時、私は、死なない。

 代わりに、花束を贈ってやる。違うな、天使の羽か。悪魔の羽は持ってるんだろうから、天使の羽を贈ってやる。

 約束なんか、破ってやる。

 大嫌い。大嫌い。大嫌い。

 あんたのもんになんか、絶対に絶対に絶対に、なってやらない。

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