* Tool Warehouse
祖母の家に行くのはやっぱり自転車で、一刻も早くふたりきりになりたい私たちは、今こそスクーターが必要だと、かなりの不満を漏らした。数分の違いではあるけれど、その時間さえ惜しかった。それでもふたりの意思で、その道のりを急ぐようなことはしなかった。そんなことに体力を使いたくはなかったからだ。
玄関の鍵を開けて中に入ると、荷物を床に放り出したアゼルは、鍵を閉めた私をドアに抑えつけ、キスをした。ふたりとも、我を忘れて夢中でキスをした。場所など関係がなかった。他のことなどなにも頭になかった。玄関で、私はひとり果てた。
それで勢いが止まるはずもなく、服を脱ぎながら、どうにかリビングに辿り着いた。避妊具をつけ、ソファでひとつになった。
一度のつもりだったのに、「もう一回」と言う言葉ひとつでけっきょく、立て続けに二度、した。
終わったあと、ふたりしてやっと我に返り、祖母に対する罪悪感に襲われた。
でも三分後にはまあいいかと、気にしないことにした。終わったことだ。
キッチンでブランチを用意して屋根裏部屋へとあがり、食べながら、マブに戻るかどうか本気で悩んだ。玄関だのリビングだのであんなことをしてしまったら、私が喜んだことなどはおそらくたいしたことではなく、あんなことをしてしまったらもう、ふたりで居てもいい気がしていた。
祖母が旅行で留守にするということは、リーズとニコラが知っている。緊急時のためにと一応、祖母が旅行に行くと隣近所に伝えているので、リーズの家にも当然知られている。
ブランチを食べ終わり、もうどうでもいいかという結論に至りそうな時、アゼルの携帯電話が鳴った。ブルからだ。私たちはラグの上、ビーズクッションに仰向けに並んで寝転んでいて、スピーカーにしてそれに応じた。
「アゼル? お前今どこにいんの? せっかく飯買ってきてやったのに、三十分待っても帰ってくる気配がねえ」と、ブル。
私たちは顔を見合わせた。
「今ベラんとこにいる」アゼルが答えた。「今から帰るとこ」
「は? 朝っぱらから連れ込みかよ。まあいーや。ニコラとリーズが昼飯食ったら来るっつってる。ベラも一緒に、こないだ買ったゲームやるべ」
年末年始セールを利用して、テレビゲームのソフトをいくつか買った。
「ああ。夜飯な、ベラんとこで食える。デボラが今日、帰り遅いらしいんだわ。んでなんか、インスタントとか色々買ってくれてんだと、俺らが来てもいいように。十時くらいには帰ってくるらしいから、九時頃退散だけど」
「え、マジで? 酒持ってっても平気なんかそれ」
「平気だろうけど、お前らがあんまそれやると、ヘタしたら点引きに罰金だぞ」
ブルは笑った。「ウェ・キャスのポリ公は平気だろ、オレらが酒飲んでんのも知ってるし。ま、大量に持ってったりはしねえよ。あいつんとこで食うんなら夕方くらいまでしか時間ねえんだから、さっさと来いよ」
「ん、切るぞ」
「うぃー」
電話を切った。
「おかしい。もういいかって言ってなかったっけ?」と、私はアゼルに言ってみる。
「いいこと思いついた」
「なに」
「まだ言わね」
「なんでだ」
こちらを向くと、彼は右手で私の頬を撫でた。
「今はおもろいことしてやる。また最後までいかねえ。すげえ不満な状態でマブに行って、あいつらとゲームする。ここに戻って飯も食う」
「本気?」
「したら、夜はなにがなんでもあいつらを出し抜こうとするだろ。名案じゃね」
私は笑った。「ひどいな。でもそれはそれでおもしろそう」
「だろ」
そう言うと、彼は私にキスをした。
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アゼルの言ったとおり、私たちは果てることなく、どうにかそれを終え──彼が持ってきた着替えをクローゼットに隠してから祖母の家を出た。
マブに着くと、私たちはストレス発散といわんばかりに、精神をゲームに注ぎ込んだ。ブルに喧嘩でもしたのかと勘ぐられたほどだった。私たち、妙に喧嘩腰だったらしいのだ。
そのうちリーズとニコラも来て、代わる代わるゲームをして遊んだ。私とニコラにいたってはゲームをしていない時、音楽を流しての合唱大会をはじめるもんだから、何度もうるさいと怒られた。無視した。
夕方になると、ビールを持って祖母の家へと向かった。ジャンケンで負けたブルとニコラが自転車を使い、私たちはスクーターで。
私とリーズとニコラが夕食を用意していると、マスティが、「ゲーム機を持ってきたらここでもゲームができるな」なんてことを言いだした。私は全力で拒否した。
そのあと屋根裏部屋に移動して、音楽をかけての夕食兼飲み会がはじまった。マスティが持ってきたパンクを流すか私が持っているロックを流すかでモメた。
そして夜の九時すぎ、どうにか彼らに帰ることを了承させ、外へ出た。
「マーケット行ってくる」玄関先でアゼルが言った。
マスティが訊く。「なにしに」
「ソフトクリームが欲しいからそれ買う」と、私。
「あの当たりつきのやつ?」
「そう。今年一発目」
「九時過ぎてんだぞ。マーケットはともかく、開いてんのか」
「わかんない」
「お前らがさっさと帰ろうとしねえからだろ」と、アゼル。
「たぶん開いてねえよ。行っても無駄」
私は反論した。「新年なんだからわかんないじゃん」
「新年だから開いてねえ可能性が高いんだろボケ」
マスティは最近、やたらと口が悪い。
ムカつく。「開いてなかったらマーケットのアイスで我慢するからいいもん」
「だったら夕方にでもコンビニで買っときゃよかったんだよ。なんでそんな無駄足なことするんだ」
「もういいって」アゼルが呆れ顔で割りこんだ。「無駄なことすんのはこいつの得意技」
なぜ私が原因になっているのだろう。
「んじゃスクーター使う?」ブルが訊いた。「オレとニコラとマスティは、三ケツすりゃ帰れるけど」
まさかの三人乗り。速度落ちるのに。
「いらね」アゼルが答えた。「歩いて行く」
「マジか」
「いーじゃん」ニコラが言った。「帰ろ。騒ぎすぎて疲れたし、食べすぎて眠い」
「お前、太ってねえのが唯一の取り得なのに、太ったら本気でオトコできなくなるぞ」
ニコラがブルに蹴りを入れたので、リーズはけらけらと大笑いした。
マスティのスクーターのうしろに乗り、リーズが手を振る。
「んじゃね、ベラ」
ニコラもブルのスクーターのうしろに乗った。「当たり引いたら見せてよ」
「ん」私も彼女たちに手を振る。「おやすみ」
スクーターは走り去った。
「歩いてくの?」私はアゼルに訊いた。
「どうせ暇だし」
「それは言えてる」
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笑える。マーケットは開いているのに、スウィーツショップは十八時で閉まっていた。
笑える。スウィーツショップは閉まってたのに、オールド・キャッスル名物の不良レインボー戦隊がなぜかいた。
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方向に対する違和感。鈍い私でも、“そこ”が近づくにつれ、彼がどこへ向かってるのかがわかった。でも口にするわけにはいかなかった。騒ぐべきではないし、見られるわけにもいかない。散々“方向がおかしい”と言ったけれど、無視された。
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「──なんで、またここなの」
体育倉庫の鍵をうしろ手で閉め、私はアゼルに訊いた。
彼は積み重ねられた体育用マットに腰をおろす。
「お前の家が使えるのに、あえてここに来るっていうな」
「意味わかんない」
私は彼の前に立った。寒いのに、今日はめずらしくよく晴れていて、満月なのかそれに近いものなのか、よくわからないそんな月灯かりが、暗い倉庫内をいつもより明るく照らしている気がした。冬は月がキレイだ。今は見えないが。というか、窓の半分は木に隠れているが。そしてここは相変わらず、土のニオイにまみれている。
「心配すんな。さすがに外とは言わねえ」と、アゼル。
「言われても拒否だけどね。っていうか変わらないよね。超寒いよね」
私の腰に腕をまわして、身体を引き寄せる。
「風邪ひくなよ」
こちらは彼の肩に手をまわした。
「ひいたほうがいい気がしてきた」
「ひいてもヤるけどな」
「うつるじゃん。っていうか、風邪ひいたら家から出ないよさすがに」
「俺が忍び込む」
「そんなバカな」
「バカは風邪ひかねっての知ってるか?」
「私はバカだから風邪ひかないって言いたいの?」
「違う。バカは自分が風邪ひいたことに気づかねえからそう言う」
納得した。「私、もう何年も風邪ひいてない気がする」
「気づいてねえんだろ、バカだから」
ムカつく。思わず笑った。「マジふざけんな」
アゼルも笑う。「今は風邪ひいても平気だろ。デボラがいる」
「でも遊べなくなるからやめとく」
「“ヤれなくなるから”だろ」
「風邪ひいてる人間としようと思うなよ」
「もう黙れよ」
首にかけた手で顔を引き寄せられ、私たちはキスをした。
そのままマットに倒れこむと、アゼルは私の服を脱がせ、躊躇することなく私を上に乗せたまま、ひとつに繋がった。
この体勢になると、アゼルはいつも、私の両手を同じように両手で支えてくれる。私がいまだに彼と目を合わせることを恥ずかしがるというのが楽しいらしい。私は彼に突き上げられるまま、彼の思うがままに支配される。それがとても心地いい。
そして、私はひとり果てた。
それと同時に外から声が聞こえた気がして、私は彼に覆いかぶさった。
「──なに」アゼルが訊いた。
「今、なんか聞こえなかった?」
「お前の声以外なんにも」
確かに声は殺しきれなかったが。
「声か音かわかんない。でもなんか聞こえた気がする」
「外の外だろ。この時間なら、まだ誰かが住宅街ウロついてても不思議じゃねえよ」
そうだけど。
彼は呆れている。「んなこと言って、また途中で終わらせようとしてるわけ? 自分がイッたからって」
「してません」
キスをすると、アゼルは体勢を変えて私の上に乗り、私の服を胸にかけた。
「そんなに気になるんならすぐ終わらせてやる。だから終わるまでは集中しろ」
気のせいならいい。勘違いならいい。
私は、右手を伸ばして彼の頬に触れた。
「──気の済むまで」
アゼルが微笑む。「覚悟しろよ。さっさと終わらせなきゃいけねえ状況になったら、俺は手荒になるし手加減しねえからな」
知っている。「──好きにして。今夜は、寝かさないで」
「なにあたりまえのことを」
キスをして、また続きがはじまった。




