〇 Response
翌週月曜日、昼休憩時間。
教室前方の戸口からケイが大声で私を呼び、教室内にいた生徒たちの視線は一気に彼に集まった。
「どした」
「入っていい?」
「どーぞ」
二年の大勢の視線を浴びながら、彼は躊躇することなくこちらに来た。
「球技大会のドッジボールの助っ人、お前できる? 試合ない時だけでいいから」
自分が助っ人になる可能性など、微塵も考えていなかった私。しかも今さら、主事のところに行かなければいけないことを思い出した。
「かまわないけど、他の子には訊いたの?」
「訊いた」とケイが答える。「今日の朝HRでその話してて、クラスの奴らが上級生には頼みにくいよなって言うから、んじゃひとり強い奴知ってるからそいつに頼むって言った」
「じゃあもうひとり」私は正面にいるタスカを指差した。“タスカ”とラストネームで紹介しようとして、やめた。「イヴァンの強さも保証する」
「なんか覚えてる。背の高い──」言葉を切ると、ケイは悩ましげな表情を私に向けた。「なんて言えばいい? 奴? ヒト?」
彼らは笑った。
「“ヒト”でいいんじゃない?」私は答えた。「あとのみんなはダメ。中の上程度だから。でもね、イヴァンは強い。っていうか怖いよ。女だろうとなんだろうと、容赦なく剛速球投げるからね。敵になったら最悪だけど、味方でいてくれたら頼もしいのよ」
「いやいや。さすがに一年の女は躊躇する可能性が」
私はタスカを睨んだ。「私と同じチームになったからには、ドッジで手抜いたら怒るわよ」
「ドッジだけ!?」
「うん、サッカーはどうでもいい。適当でいい。私もバレーは適当にするから」
苦笑いの中、隣の席のアニタが言う。
「けどベラ、ケイのクラスと試合する可能性だってあるよね。どうすんの? 二人が強いのわかってるけど、ずっと助っ人やったら、ヘタしたらケイのとことうちらのトコが勝ち上がるかもよ」
「その時は」ケイに微笑みを向けた。「本気で潰していいよね」
「そりゃしょうがないからそれでいい」と答えると、ケイはタスカに確認をとった。「頼める?」
彼の口元はゆるんでいる。「ベラの命令は絶対だからな。オレに拒否権はない」
「よし」ケイがまた私に訊く。「あともうひとりは?」
質問を返した。「あんたは誰が強いと思う?」
「お前のオトコ」
真面目な即答に、みんなが笑った。
「卒業しちゃったからいないわよ」と、私。頭の中にふとした思いつきがよぎったものの、とりあえず無視した。「この中で言ってみ」
「うーん?」ケイはマーニ、カーツァー、ガルセス、そしてゲルトを見やった。「あ、なんか覚えてる。いつもベラと一緒にいた──ヒト」
ゲルトは机の上であぐらをかいている。「いたっていうか、けっきょく今もわりといるけどな」
「去年もほぼ一緒にいたしね」私はケイに彼を紹介した。「彼はゲルト。ドッジは普通。気分屋だからね、強い時も弱い時もある。負けゲームだって気づいたら、勝負を投げるのが早い」
ゲルトがつっこむ。「潔いって言えアホ」
「はいはい」
「あっちも覚えてる」ケイはガルセスを指差した。「ゲルトとよく一緒にいた──いる?」
「“いる”だな。ベラともいるぞ。ゲルトほどじゃねえけど」
「今はあんま変わんないじゃん」と、私。「彼はセテ。弱くはないんだけど、やさしいから女には遠慮するのよ。男ばっか狙う。で、女にやられて自滅する」
また笑いが溢れたが、彼は「自滅言うな」と反論した。
「んじゃあっちは?」ケイがカーツァー指差す。「あれも見たことある」
「“あれ”言うな。彼はダヴィデ。ちゃんとやってくれれば強いのに、ゲルト以上に気まぐれ。どうにかこうにか調子に乗らせて、やっと本気出してくれる感じ」
彼はしかめっつらで口ごたえした。「どうにかこうにかって、お前たいてい睨みか蹴りじゃねえか」
「覚えてません」
「んー」ケイはマーニへと視線をうつした。「あ、こないだいた──ヒトだ。はじめてだよな、こないだが」
「だな。残念ながら強いとは言えねえ。タスカとベラを除けば、たぶん弱くもないけど」
ケイが訊き返す。「タスカ?」
私はタスカを指差した。「イヴァンね、イヴァン・タスカ」
「ああ」アニタを見やったものの、顔をしかめただけでケイは視線を止めず、私に訊いた。「で、アニタはどうなの?」
ふてくされた表情で彼女が応じる。「悪かったな。この中じゃ弱小だっつの」
「アニタはね、私よりは弱いというか──」
私は説明しようとしたが、彼女は最後まで言わせなかった。
「ちょっと待て。あたしは普通だよ? ベラの強さが異常なだけだよ?」
「本人が普通って認めたから普通ってことにしとく」
「ええ」ケイがタスカに言う。「んじゃ選んで、誰か」
「選べと言われても」彼が私に言う。「っていうかたぶん、オレら二人いればじゅうぶんだよな」
「だよね」と私。「あとは足手まといだよね。誰入れても、けっきょく私らが残るんだから」
「マジで?」
「マジよ」ケイに答えた。「とりあえず三人目は空白にしとく。ヤバいなと思ったら、この中で誰か適当に入れる。助っ人は人数稼ぎの意味もあるけど、私らはそういうの、しないからね。本気で潰すからね」
ケイは笑った。「わかった。そうする」
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ケイと一緒に教室を出た。私はケイを送っていくとアニタたちに言ったけれど、生徒指導主事のところに行く。廊下にいる同級生たちからの視線も気にせず、私たちは中央階段へと向かった。二年の教室は第一校舎の二階なので、第三校舎を経由すれば早いものの、私が職員室に行くと言うと、ケイが正面玄関から教室に戻ることを選んだのだ。
「なんであの中の誰かとつきあおうと思わなかったわけ?」数歩先で階段をおりるケイが私に訊いた。
「なんでって、友達だから」
「ふーん。っていうか、お前はわかるんだけど、あいつらはよくわかんないな。アニタかお前のこと好きだとか、言ってないの?」
「知らない。っていうか、並の男に私の相手ができると思ってんの?」
彼が笑う。
「無理だ。絶対無理。お前と話すようになってもう三年? 四年? とかだけど、お前みたいな変な奴、ぜんぜんいないもん」
「私みたいなのがいっぱいいたら、世の中ぶっ壊れると思う」
「なんで? 楽しいじゃん」踊り場からまた階段をおりていく。「同期にはお前みたいなのいないから、つまんねえ」
私も彼のあとに続く。「こんな同級生がいたら、さぞかし苦労すると思うわよ」
「そうか? 一年以上会ってなくて、お前が別人になってたらどうしようかと思ってたけど、ぜんぜん変わってないっていうか、むしろパワーアップしててよかった」
パワーアップしたつもりはない。「寂しかった?」
冗談交じりにそう訊くと、彼は立ち止まり、無表情のまま振り返ってこちらを見た。
「っていうか、ムカついた。居てほしい時に居なかったから。アニタでも捜して訊こうかと思ったけど、中学に来ようかとも思ったけど、やめた。お前がウェスト・キャッスルからいなくなってたらって思ったら、怖かったから。だから浮かれたんだ、こないだ会った時」
ケイのこんな表情、見たことがない気がする。
彼の横に立ち、引き寄せた彼の頭に頬を寄せて髪を撫でた。
「ごめんね。私もめちゃくちゃになってたから、あんま気がまわらなかった。もともと薄情な性格だし。引っ越しは十二月に決まってたから、ハーバーで会ったら言うつもりだったけど、会わなかったから。アニタにだって、引っ越した次の日に言ったのよ。他の友達にだって、そんなすぐに言ったわけじゃない。ほんとごめん」
ここまでなついてくれているとは思わなかった。何度か家に押しかけてきたことはあったけれど、ほとんどは学校帰りにどちらかがハーバーにいて、会えば話して遊んだ程度だ。学校ではそれほど会わなかったし、会っても挨拶するだけか、少し話す程度だった。約束などしたことはないし、ハーバーで数ヶ月会わずにいるというのも、めずらしいことではなかった。
「もういいよ」ケイが静かに続ける。「ウェスト・キャッスルは出てなかったもん。今は携帯電話もあるし、お前がどこに行ったって、番号さえ変えなきゃ連絡とれるから、会いたくなったら会いに行く。けど今度勝手に消えたら、本気で恨むからな」
「うん。それでいい」身体を離して彼の視線を受け止めた。「手つないであげようか?」
彼は顔をしかめる。「勘違いすんな。殺すぞアホ」
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第一校舎でケイと別れると、職員室の戸口近くにいた教諭に頼み、生徒指導主事を生徒指導室に呼んでもらった。
生徒指導室に入ると、さすがに無理な話だろうと思いつつも、言うだけならタダらしいので、私は主事にブルたちの話をした。
「クロップたちを?」向かいのソファ、主事が片眉を上げて訊き返した。
「そうです。私は来てくれなくてかまわないと思ってるんですけど、とりあえず言うだけ言えとか言われて。自分たちが卒業したあとでそういうのがあるっていうのが、相当不満らしくて。特にクロップとモランが」ブルとマスティのことだ。
「んなこと言ってもな」と、腕を組んだままソファに背をあずける。
当然の反応だ。「困りますよね。私も同じ気持ちです。でもとりあえず考えました。ドッジボールだけだとしても、卒業生である彼らが最後に残ったりして目立つっていうのは、さすがにどうかと思います。なので、五分ていう短い時間で、しかもひとりだけを助っ人として迎えることができるっていう特殊ルールはどうかなと」
「五分?」
「そう」私は両肘を脚で支えて身を乗り出した。「もちろんコートに入ってから五分。最初でも途中でもかまわないんですけど、五分だけコートに入ってもらって、そのあいだに彼らは敵人をとにかく倒していく。敵チームが時間稼ぎをする可能性もありますけど、彼ら関係なく、時間短縮のため、ボールは十秒以内に投げなきゃいけないってルールを入れたほうがいいです。で、五分経ったら、強制的にコートの外に出てもらう。一試合につき一度のみ。ただしこれは、一年だけじゃなく二年や三年も助っ人を頼めます。もちろん両チームできるわけですから、たとえばクロップとモランが敵同士になる可能性もありますけど、そこはもう、かまわないってことにしてください。彼らも先生方の許可がおりるとは思ってません。ダメモトで私に言ってきたので、このルールに文句は言わせません」
彼は理解したらしい。「まあ、それなら言ってみてもかまわんが──だが、二試合同時進行の場合は、四チームいることになるぞ。あいつらは三人。全チームが同時に助っ人を要請するとなったら、一チームには助っ人がないことになる。それがとおると思うか?」
私は口元をゆるめ、広げた両手の平を彼のほうへ向けた。
「そこで、主事ですよ」
「あ?」
「生徒指導主事で長年体育教師。完璧じゃないですか」私は慎ましく答えた。「まあ、無理にとは言いませんけど。そりゃ他の体育教師とか、何人かいるだろうスポーツの得意な若い先生とかでもいいんですけど」
彼は苦笑う。
「なるほどな。これで断れば、俺が逃げたみたいになるわけか。しかも他の先生のことまで口にしたからには、教師全員が逃げたみたいになる」
私は策士。「そこまで言ってませんよ」微笑んで続けた。「でもまあ、やってもらえるとしたら、四チームでジャンケンしてもらって、勝ったヒトから選んでもらうみたいな。もちろん拒否はなし。先生の場合は、一年から選ばれる可能性が高くなるかと思います。二年や三年はともかく、一年は彼らを知らないわけですから。それに誰とは言いませんけど、先生たちの中には、生徒から怖いと思われてるヒトもいます。そういうイメージをなくすチャンスにもなるかもしれないし、ならないかもしれないし」
主事は天を仰いでげらげらと笑った。
「お前の頭の回転の速さと口のうまさは天下一品だな。まあ、俺一人では決められん。が、とりあえず校長や他の先生たちには話してみる。LHRが終わったらここに寄れ」
任務完了。「はい。お願いします」
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ひとり第一校舎の正面玄関を出ると、ポーチの隅に並んで座るリーズとニコラの後姿を見つけた。さっきはいなかったはずなのに。
「どしたの?」
声をかけると、彼女たちは気の抜けた表情でこちらを振り返った。
「ああ、ベラ」リーズが力のない声で言う。「へこんでんの」
私は彼女たちの後方に腰をおろした。「はい?」
ニコラはクリーム色の支柱にもたれている。「会ったよ、ケイって子。たぶんだけど。さっき一緒にいたの、そうだよね」
「うん。え、話したの?」
彼女も力なく苦笑う。「っつーか、まともな会話にすらならんかった。ベラが職員室のほう行ったから、階段で追いかけて、あの子に話しかけたんだよね。“ベラの後輩で、一年のケイって子?”、みたいに。したら──」
空を見上げたまま、リーズがつぶやくようにあとを引きとる。
「──“は? お前ら誰? お前らみたいなチビブスなんて知らねえし。どっか行け”──みたいな」
あーあ。「とりあえず訊きますけど、なんでまたそんなことを?」口が悪いというのは言ったはず。
「いやあ──」ニコラは遠い目をした。「立ち聞きするつもりはなかったんだけど、まあ、階段でのやりとりが聞こえて。とりあえず、根はイイ子っぽかったからさ。話しかけてみたら──あれ? みたいな──」
なるほど。「だから口悪いって言ったのに。私に対してはそんなにだし、私が怒るのわかってるから、たぶん私と一緒にいる時はイイ子なのよ。や、根はイイ子なんだけど」たぶん。というか、どうすればいいのだろう。怒るなのか、これは。「ちょっと待って」
携帯電話を取り出し、私はケイに電話した。
「なにー?」
普通だ。「正面玄関までいらっしゃい。いますぐに」
「へい」
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数分後、ケイはすぐに来た。
「なんだ」
私は自分の隣を示した。「はい、ここに座る」
「ええー」ニコラに気づく。「──あ、さっきの女」
ケイは私の隣に腰をおろした。学ランのボタンはすべてはずしていて、黒字で文字の入った赤いTシャツを着ている。
「で、なに」
私も彼のほうを向いて座りなおした。
「言ったよね。女には言葉選べって」
彼は顔をしかめた。「だって、知らない女だもん。いきなり話しかけられても」
「わかってる。実はすごく人見知りするもんね。ゲルトたちは見たことあったし、私がいたから大丈夫だったんだよね。けど初対面だろうと、女にはとりあえず、言葉は選びなって。無愛想なのをなおせとは言わないから。いくら口の悪い私でも、初対面で女に悪口ぶつけたりはしないわよ」男には覚えがあるけれど。
彼の表情は相変わらず渋いままだ。「わかった。けど、んじゃなんて言えばよかったんだよ。オレはなんで話しかけられたのかもわかんねえ。お前のダチだったとしても、オレは知らない。知らない奴と話すのは無理」
「うん。だからそういう時はもう、逃げな。悪口吐く必要はないんだから」
彼はきょとんとした。「逃げていいの? 無言で?」
「かまわない。私があんたならそうする。私のこと知らないって言ってもいいから。あとからでも、誰があんたに話しかけたのか、私にはわかるはずだから。そしたらあとでちゃんと紹介するから。誰にでもそういう態度とってたら、あとで面倒なことになる。相手によっては、あんたが危なくなるの」
納得したのかしていないのか、唇を尖らせ、さらに眉を寄せた。
「わかった」
「よし」私は彼の頭を撫で、ニコラに言った。「ごめん、私にはこれくらいしか言えない」
「いや、いいよ」苦笑ってケイに言う。「こっちもごめん。そんな人見知りだと思わんかった。アニタのこと聞いてて、ちょっとおもしろがってたってのはある。驚かせたんならごめん」
「いや、いいけど」
私は口をはさんだ。「もうちょっと言うことあるよね」
「ゴメンナサイ」彼は素直にあやまった。素直な時もあるのだ。
「ん」再び彼の頭を撫でた。「彼女たちは三年生。左にいるのがニコラで、右にいるのがリーズ」
ケイはぽかんとした。「は? 三年? マジで?」
なにを驚いているのだろう。「マジよ」
「それは、つまり」リーズはしゃがんだままでこちらに向きなおった。「そう見えないと?」しかめっつらだ。
「見えねえ」と、彼が即答する。「チビすぎだろ」
彼女は声を上げた。「あんただってチビじゃん!」
彼も反論する。「はあ? 男はこれから成長期なんだよ!」
「こっちだってまだ伸びてるわ! 去年から一センチ伸びたわ!」
ケイが渋い顔で冷静に質問を返す。「で、何センチだよ」
目に見えてリーズの勢いは落ちた。気まずそうな表情のまま、つぶやくように答える。
「──百五十」
彼はすかさず反応した。「オレと五センチしか変わらねえし! そんくらいで威張ってんじゃねえよチビ!」
「はあ!?」
突然ケイがこちらに訊く。「お前、身長何センチだった?」冷静。
今それ訊くところ? 「百六十一センチ」
顔をしかめる。「またでかくなってるよな。去年から伸びたの?」
「伸びた。二センチだけ」
「ふーん」ケイがまたリーズに言う。「オレをチビって言っていいのは、最低でもベラくらいの身長がある奴だけなの。たいして差がない奴にチビとか言われたくねえ」
おいおい。「ケイ、言いすぎ」
リーズは絶句していた。数秒固まり、突然立ち上がった
「アホらしくなってきたから教室に戻ります」
苦笑いながらニコラも続いて立ち上がる。
「気にしなくていいよ。チビなのはホントだし。ベラ、またね」ケイにも手を振った。「ケイ、バイバイ」
彼も手を振って応えた。
「バイバイ」




