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 朝の日差しが、ベッドに寝ているわたしの顔に差し込んでくる。

 ゆっくり起き上がってカーテンを開けると、白くて眩しい世界が、寝起きの目に飛び込んできた。

「積もってる……」

 昨日の夜に降った雪が、あたり一面を真っ白に覆ってしまった。

「沙和ちゃーん、起きてるー?」

 わたしを呼ぶおばあちゃんの声。

「お友達が迎えに来てくれたよー」

「お友達?」

 そんな約束してたかな? いったい誰と? 首をかしげながら部屋を出て、階段を降り、玄関をそっとのぞきこむ。

「ゆ、由井くんっ?」

「あ、おはよー、沙和ちゃん」

 調子よく片手を上げる由井くんの隣で、おばあちゃんもにこにこと笑っている。

「な、なんでっ?」

「なんでって……朝早く風太に起こされてさぁ。学校行くには早すぎるし、ヒマだったから沙和ちゃん迎えに来た」

 嘘でしょう?

 ――でも由井ってさ、ちょっとわけわかんないところあるよね?

 軽くパニックになりかけながら、茜ちゃんたちが言っていた言葉を思い出す。

「迎えに来たって……そんな急に……」

「いいだろ? お友達なんだから」

 そう言って由井くんが、いつものずるい笑顔を見せる。

「まぁ、外は寒いし。沙和ちゃん、中で待っててもらいなさいよ」

「あ、いいんすか? じゃあ、遠慮なく」

「ちょっと! おばあちゃん!」

 あわてるわたしの前で、おばあちゃんはにこやかに微笑む。

「だって沙和ちゃん、パジャマのままでしょ? 早く着替えて来なさいな」

 気がつくと、わたしはパジャマ姿のまま、由井くんの前に立っていた。

 ぷっと吹き出すような由井くんの顔。わたしは恥ずかしくなって、自分の部屋に逃げ込んだ。


 雪の積もる通学路を、由井くんと並んで歩く。

 朝ご飯を食べていなかった由井くんは、ずうずうしくおばあちゃんの作ったご飯を食べて、「おいしい、おいしい」と、おかわりまでしていた。

 どういう神経してるんだろう、この人。

 わたしだったら会ったばかりの人の家で、とてもそんなことできないけど。

「いいなぁ、沙和ちゃんには、やさしいおばあちゃんがいて」

 わたしの隣を歩きながら、由井くんが言う。わたしは昨日会った、風太くんと風太くんのお母さんの顔を思い出す。

「由井くんちのおばさんだってやさしいでしょ?」

貴子たかこさん? やさしいよ、あの人は」

 ふっと微笑んだような由井くんが、晴れ渡った空を見上げる。わたしはそっと由井くんの横顔を眺めて、静かにつぶやく。

「由井くんは……どうしておばさんたちと暮らしてるの?」

 なんでかな……なんとなく由井くんにも、わたしと同じような事情があるような気がしたから。

「由井くんの、お父さんと、お母さんは?」

 わたしの声がキンっと冷たい空気に浮かぶ。

 足もとに積もる雪。頬に当たる風。流れる雲……空を見ていた由井くんが、ゆっくりとわたしに視線を落とす。

「たぶん……横浜にいるんじゃないかな?」

「たぶんって……」

「親、離婚しちゃって、それきり会ってないんだ。だけど、横浜にいると思う。おれも小学生まで、沙和ちゃんと同じ横浜に住んでたから」

 由井くんがそう言って、いたずらっぽい顔でわたしを見る。

「だからおれ、こんな街好きじゃないんだよ。寒いの嫌だし、雪なんか大嫌い」

「わ、わたしもっ……」

 立ち止まって、お腹の底から一気に声を吐き出す。

「こんな街来たくなかった。転校もしたくなかった。友達と離れたくなかったし、彼とも別れたくなかった」

 なんでわたし、この人の前でこんなこと言ってるんだろう。

「寒いの、嫌だし……雪だって……嫌いだし」

「うん……」

「こんなところ……来たくなかったの」

 冷たい頬に温かいものが流れる。自分が泣いていることにやっと気がつく。

「沙和ちゃん」

 由井くんの指先がわたしの頬に触れた。ぴくんっと体が震える。

「おれたち、やっぱり付き合おうよ」

 止まろうとしない涙をぬぐいながら、由井くんはわたしに笑いかける。

「おれたちきっと、うまくいくと思うんだ」

 遠くに聞こえる救急車のサイレン。由井くんの少しかすれる声がそれに重なる。

「沙和ちゃんだって……そう思うだろ?」

 初めて会った日から気になっていた。

 いつも楽しそうに笑っているくせに、ふとした瞬間に見せる、彼の切なくなるような表情が――。

 それはきっと、わたしたちがどこか似ていたから。

 学校へと続く雪の道で、立ち尽くしたままのわたしの手を、由井くんはいつものようにさりげなく握りしめた。


「で、結局、由井と付き合うことになったわけ?」

「うん、なんとなくそうなっちゃって……今度の日曜日、動物園行こうって」

「動物園ねぇ……由井ってそういうキャラだった?」

 わたしの前で江里ちゃんが首をかしげながら、茜ちゃんに聞く。

「さあ……でもあたし、ウメに聞いたんだけどさ。ウメにとって一番わけわかんないヤツって、実は由井なんだって」

「えー? だって梅田と由井って中学から仲良かったんでしょ? いつも一緒に大騒ぎしてるし」

「そうなんだけど」

 茜ちゃんはちらりと、わたしの顔色をうかがうようにしてから言う。

「由井ってあんなふうにへらへらしてるけど、自分のことは一切話さないらしくて……好きな子の話とか、ウメでさえ、一度も聞いたことないって」

「あは。ウメちゃん、由井に信用されてないんじゃないのー?」

 わたしの前の席で笑う、江里ちゃんの朗らかな声を聞きながら、昼休みの教室を眺める。

 お菓子を食べながら、スマホをのぞきこんでいる女の子たち。教室の後ろで、小学生みたいにふざけ合っている男の子たち。

 わたしは無意識のうちに探していた。そんなざわついた教室の中で、由井くんの姿だけを探していた。

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