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 歩く人をよけながら、駅に向かって全力で走る。

 すぐに息が切れてきて、体育の授業でもこんなに本気で走ったことないって思った。

 茜ちゃんたちとおしゃべりしながら歩いた道。

 風太くんと並んで歩いた動物園への道。

 由井くんと手をつないで歩いた雪の降る道。

 誰も知っている人のいない、寒いだけの街だったけど、今ではこんなにたくさんの思い出ができた。

 駅の改札を抜け、上りホームの階段を駆け上る。

 制服のまま、乱れた髪で、泣きそうな顔をして、まわりをきょろきょろ見回しているわたしは、きっとヘンな女の子だ。


「沙和ちゃん!」

 声が聞こえて振り返る。停車中の電車から飛び降りた由井くんが、わたしに向かって駆け寄ってくる。

「早えぇ……ほんとに来た」

 ふざけた調子でそう言った由井くんに、言い返すこともできないくらい、わたしは息を切らしていた。

「沙和ちゃん……大丈夫?」

「由井くんの……せいだからね」

「ごめん。でも本当におれ、沙和ちゃんに会ったら……」

 わたしはすっと両手を差し出し、由井くんの手をぎゅっと握った。

「いってらっしゃい。由井くん」

 いまできる、最高の笑顔を由井くんに見せる。

「待ってるからね。浮気しちゃダメだよ?」

 ホームに響く、まもなく発車のアナウンス。わたしは手を離して、由井くんの肩をそっと押す。

「ほら、早く乗って。発車しちゃう」

 わたしにうながされた由井くんが、荷物を肩にかけ直して背中を向ける。

 さよならなんて言いたくないから。そんなこと言ったら、本当にさよならになっちゃうから。

 電車に足を入れかけた由井くんが、振り返ってわたしを見た。

 わたしは――どんな顔をしていたんだろう。笑っていたのか、それとも泣いていたのか……。

「だからこういうの嫌なんだよ」

 ひとり言のようにつぶやいた由井くんが、わたしの前にやってきて……そのあとはなにが起きたかよくわからない。

 ただ唇がすごくあったかくて、頭の中がぼうっとして、発車の合図のメロディーが耳に聞こえて……。

「お別れのキスなんかじゃないからな?」

 額と額をくっつけて、ささやくようにそう言うと、由井くんはわたしからぱっと離れていつもみたいに笑った。

「じゃあ、また!」

 由井くんが電車に飛び乗るのと同時に、ドアが静かに閉まる。

「うん! またね!」

 窓越しに手を振る由井くん。両手を上げて、左右に思いっきり、子どもみたいに。

 そしてわたしもそれに応えるように、高く高く手を振った。


 駅の改札を出て、帰り道を歩く頃、日はすっかり暮れていた。

 あんなに人のいるホームでキスをしちゃった自分を思い出すと、それだけで顔がほてってしまうけれど、心もぽかぽかとあたたかかった。

 歩き始めて足を止める。街灯の灯りに照らされたそれは、キラキラと輝きながらわたしの手のひらに落ちて、一瞬のうちに溶けていった。

 春の始まりのあたたかな雪。

 そういえば夜風も前より冷たくなくなったな……。

 そんなことを思いながらまた歩き出そうとしたとき、わたしのスマホが震えた。

「え……由井くん?」

 画面に映るのは由井くんからのメッセージ。

 別れの余韻に浸っていたのに、すぐに送ってくるなんて……全然女心のわからない人。

 それでもやっぱり、嬉しいけれど。

 スマホの画面には一言だけ「早く会いたい」って書いてある。

 たったいま別れたばかりなのに、もうそんなこと言ってる……へんなの。

 ふっと笑って、返信しようと思ったら、またメッセージが届いた。

 ――今度会った時、絶対続きしような?

「もうっ……」

 返信なんかしてあげない!

 スマホをコートのポケットにつっこんだ時、なにかが触れた。手に握って取り出してみると、それはふたつの小さなキャンディー。

「由井くん? いつの間に」

 そういえば一昨年のクリスマスイブ。街角でもらったキャンディーをふたつ、由井くんにあげたっけ。

 包みを開いて口の中へキャンディーを放り込む。甘い味が広がって、それだけで幸せな気分になれる。


 もうすっかり歩き慣れた道を、一歩ずつ踏みしめるようにゆっくりと歩いた。

 この雪が桜の花びらに変わる頃、電車に乗って、由井くんに会いに行こう。

 口の中でキャンディーがころんと転がる。

 由井くんと出会えた、あたたかな雪の降るこの街は、わたしの大好きな街に変わっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 2人が幸せそうで良かったです^_^ 爽やかな青春模様でした。
2023/11/05 17:03 退会済み
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