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「じゃあね、さわちゃん! また来てね」

 風太くんと貴子さんに見送られて玄関に立つ。

「さよなら、ふうちゃん。お邪魔しました」

 ぺこりと頭を下げたわたしに、風太くんはぴょんっと駆け寄ると、内緒話でもするように耳元に顔を近づけて言った。

「さわちゃんが泣いちゃったこと、こうちゃんにはナイショにしてあげるからね」

 苦笑いをして、風太くんの頭をなでる。

「ありがと。でももう大丈夫だから」

 風太くんがにっこりと笑う。

 ごめんね、ふうちゃん……風太くんにまで気を使わせちゃってるわたしは、ものすごく情けないけど、泣いたら少しだけすっきりしたの。

「沙和ちゃーん」

 外で待ってくれている由井くんがわたしの名前を呼ぶ。

 わたしは風太くんと貴子さんに手を振って、由井くんの家をあとにした。


 空は青く晴れていたけど、風が冷たかった。

 もう三月になるというのに、春はまだ遠い感じだ。

 だけど長い冬が終われば必ず春が来ることを、わたしたちはちゃんと知っている。

「由井くん!」

 つけていた手袋をはずして、少し前を歩く由井くんの背中に駆け寄る。そして由井くんが手を入れている上着のポケットに、わたしの右手を滑り込ませた。

「横浜もまだ寒いかな?」

 ちょっと驚いた顔をした由井くんは、わたしを見てすぐに笑顔になった。

「ここよりはあったかいんじゃないの?」

「春になってあたたかくなったら……遊びに行ってもいい?」

 由井くんがポケットの中でわたしの手をぎゅっと握る。

「山下公園散歩して、中華街で豚まんでも食おうか?」

「観覧車も乗ろうよ」

 握られた右手を握り返す。由井くんはそんなわたしに笑いかけて言う。

「楽しみに、待ってる」

 ほんの少しの距離に負けて、もう後悔なんてしたくないから……自分から手を伸ばして触れればいい。自分から足を伸ばして会いに行けばいい。

「沙和ちゃん、見て」

 由井くんの声に誘われて、空を見上げる。

 青い空から花びらのように舞い落ちてくるのは、真っ白な雪。

 由井くんはそれを手のひらでつかんで、わたしに見せるようにそっと広げる。

 淡い雪はすぐにすうっと、由井くんの手のひらの上で溶けていった。

「おれ、沙和ちゃんに出会えて初めて思えた」

 視線を上げて由井くんの顔を見つめる。

「あー、なんかおれ、生まれてきてよかったかもって。おれが生まれてきたのは、間違いじゃなかったんだって」

「……うん。そうだね」

 由井くんが幸せそうに笑うから、わたしも嬉しくて笑顔がこぼれる。

「わたしも、よかった。生まれてきて、この街に来て、由井くんと出会えて……本当によかった」

 照れたような顔つきの由井くんが、わたしの頭をくしゃっとかきまぜて、晴れた空を見上げる。

 わたしも同じように空を仰いで、わたしを見守ってくれているお母さんに話しかける。

 ――お母さん、ありがとう。わたしを産んでくれて、本当にありがとう。

 お母さんが元気だった時には言えなかった言葉。いまなら心から言えるのに。


「やっぱりさっき言った言葉、撤回しよう」

 しばらく空を眺めていた由井くんが、いたずらっぽい顔をしてわたしを見た。

「さっき言った言葉って?」

「続きは、おれが迎えに来た時にって言ったけど、そんなに待てそうにない」

 急に恥ずかしくなって、顔が赤くなるのがわかる。

「あの続きは、春に沙和ちゃんが遊びに来た時に、ってことで」

「し、知らないっ」

 ポケットから手を引っ張り出して、少し早足で歩き出す。おかしそうに笑っている由井くんが、そんなわたしを追いかけてくる。

 花びらのような雪の舞い散る街を、由井くんと歩く。次にこんなふうにふざけながら歩けるのは、いつになるんだろう。

 その時、わたしは、由井くんは、少しでも成長できているのかな?

 由井くんに握られていた右手があったかくて、わたしはそのぬくもりを逃さないように、左手でそっと包み込んだ。

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