表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

25

 クリスマスイブの夜。茜ちゃんや由井くんたちと食事をして、カラオケに行った。

 茜ちゃんと梅田くんは相変わらず、夫婦漫才でもやっているかのように仲がよくて、去年のクリスマスに付き合い始めた江里ちゃんと橘くんも、見ているほうが恥ずかしくなるほどラブラブなカップルだった。

 そして由井くんは梅田くんとふざけたり、橘くんをひやかしたり、とにかく楽しそうに笑っていた。

 そんないつもと変わらない由井くんを見ていたら、ほっとしたような寂しいような、自分でもよくわからない気持ちになって、なんだか泣きたくなった。

 ダメだな、わたし……最近情緒不安定かも。

 茜ちゃんが熱唱しているアイドルの歌を聞きながら、ぼうっとそんなことを考えていたら、いつの間にか隣に由井くんが座っていた。

「沙和ちゃんは歌わないの?」

「え、わたしは……下手だから」

 わたしの隣で由井くんが笑う。肩が触れ合いそうで触れ合わない、微妙な距離。

「由井くんこそ、歌わないの?」

「おれの歌聴いたら、絶対沙和ちゃん幻滅するから」

「なんなの? それ」

 思わず笑って由井くんを見る。由井くんはそんなわたしを見て言った。

「やっと、笑った」

「え?」

「なんか最近、沙和ちゃんずっと暗かったからさ」

 由井くんがテーブルの上のグラスを手に取って、ストローで意味もなくかき回す。氷がカラカラと音を立てて、わたしはそれをぼんやりと見つめた。

「もしかして、おれのせいなのかな、なんて……思ったりしちゃうじゃん?」

 由井くんの声が、スピーカーから流れる音楽にかき消される。

 顔を上げたら、由井くんもわたしのことを見ていて、無性に恥ずかしくなった。


「ちょーっと! そこの見つめ合ってるおふたりさん! お邪魔しますよぉー」

 突然わたしたちの前に茜ちゃんが割り込んできた。いつの間に歌い終わったんだろう。その隣では江里ちゃんがにこにこと微笑んでいる。

「由井っ、お誕生日おめでとう! これ、あたしたちふたりからのプレゼント!」

 茜ちゃんと江里ちゃん、わたしの知らないうちに、プレゼントなんて用意してたの?

「え、おれにくれんの?」

「どうぞ。開けてみて」

 江里ちゃんに言われて、由井くんはもらった封筒を開いて中身を取り出す。

「わ、映画のチケットじゃん。しかも二枚?」

「そ! 受験生もたまには息抜きしたほうがいいかと思って」

「おれ受験生じゃないけど?」

「違う違う、あんたの隣にいる女の子。誘ってもらいたそうな顔してるでしょ?」

 茜ちゃんがいたずらっぽく笑ってわたしを見る。

「え! わたし?」

 思わず声を出してまわりを見ると、梅田くんや橘くんまでがにやにやと笑っている。

「じゃあ、行く? 沙和ちゃん」

 わたしの隣で由井くんがあっさりと言った。

「い、いいの? わたしで?」

「だってこの状況で、梅田を誘うわけにはいかないじゃん?」

 梅田くんがすかさず由井くんの頭をぽかっと殴る。

「お前なー、いい加減真面目にやらないと殺すぞ?」

「わかった、わかった。冗談だって」

 由井くんはそう言って笑ったあと、わざとらしく咳払いなんかしちゃってから、体をくるりとわたしのほうへ向けた。

「えーっと。沙和ちゃん」

「は、はい」

 思わずわたしまで背筋を伸ばして、両手を膝の上に置く。

「ぼくと一緒に、映画でも観に行きませんか?」

 わたしの前にすっと差し出された一枚のチケット。目の前に見える由井くんの真っ直ぐな視線。

 わたしは小さくうなずくと、静かに右手を伸ばしてチケットを受け取った。

「はい。わたしでよければ」

 キャーっと悲鳴のような茜ちゃんたちの声と、梅田くんたちのひやかしの言葉。

 由井くんはわたしに笑いかけ、わたしもそんな由井くんに笑顔を見せた。


「じゃあね、由井。ちゃんと沙和を家まで送るんだよ?」

「はいはい、わかってるって」

「沙和ちゃんのこと、襲ったりするなよな?」

「ウメ。その言葉、沙和ちゃんを茜に替えて、そっくりお前に返す」

 イルミネーションの灯った街の中で、みんなと別れる。茜ちゃんと梅田くん、江里ちゃんと橘くんは、二組に別れて、それぞれの場所へ散っていった。

「まったく、なんなんだろな、あいつら。ヘンに気を回したりして」

 みんなの背中を見送ってから、由井くんはふうっとため息をつく。

「でも、楽しかったよね?」

 わたしはそう言って由井くんの顔をのぞきこむ。

「うん、まぁ。ちょっとおれ思っちゃったもん。横浜行くの、やめようかなぁなんて」

 由井くんの言葉に、とくんと心臓が音を立てる。

「こんな街好きじゃなかったけど、けっこうおれ、まわりの人間に恵まれてたのかもとか、今ごろになって気づいたりしてさ」

「……うん」

 由井くんのまわりの友達も、おじさんも貴子さんも風太くんも……みんな由井くんのことを、ちゃんと想ってくれているから。

「それに……沙和ちゃんがうちのクラスに転校してきてくれて……本当に良かったって思ってる」

「え?」

 由井くんがわたしを見て少し笑って、そしてゆっくりと歩き出す。

「沙和ちゃんがいなかったらおれ、たぶんずっとこの街で、自分が生まれた意味もわからないまま生きていたと思う」

 由井くんが生まれた意味……そしてわたしがこの世に生まれた意味。

「由井くんっ」

 その背中に駆け寄って、そっと隣に並ぶ。すると由井くんが前を向いたまま、吹き出すように笑い出した。

「え、なに? どうしたの?」

「いや、去年のイブを思い出して……」

「去年のイブ?」

「沙和ちゃんにおれ、突然唇奪われた」

 わたしはその日のことを思い出して、体中の血液が頭に上ってしまったようにくらくらしてきた。

「や、やめて。あれは、その……とにかく忘れてっ」

「やだ、忘れない」

 意地悪な顔つきでわたしを見て、由井くんはもう一度笑いかける。

「おれは忘れないよ。あの日のキスも、沙和ちゃんと初めて会った日のキスも……絶対に」

 わたしの隣でそう言って、由井くんはまた前を向いた。


 街を彩るイルミネーション。耳に聞こえる華やかな音楽。

 わたしはただ黙って、由井くんの歩幅に合わせて隣を歩く。

 わたしも忘れない。絶対忘れない。忘れられるわけなんてない。

「じゃあ……」

 由井くんの声にはっとして顔を上げると、いつの間にかわたしの家の前まで来ていた。

 おばあちゃんの待つ窓の灯りが、暗闇の中にぽっかりと灯っている。

「あ、ちょっと待って、由井くん」

 あわててバッグの中をかきまぜて、リボンのかかった小さな包みを由井くんに差し出す。

「えっと、今さらだけど、わたしから……お誕生日おめでとう」

 由井くんは少し驚いた顔をした後、すぐに笑顔になってわたしに言った。

「ありがと、沙和ちゃん。開けてもいい?」

「うん」

 わたしからのプレゼントはあたたかそうな手袋。去年プレゼントしようと思って、結局できなかったから。

 由井くんは嬉しそうにそれを自分の手にはめてくれた。

「どう? 沙和ちゃん」

「うん、いい感じ」

「すっげぇ、あったかいよ、これ」

 満足そうな由井くんは、手袋をはめた手でさっきのチケットを取り出して、それをひらひらとなびかせてみせた。

「沙和ちゃんとのデート、楽しみにしてる」

 信じていいのかな……その言葉。

「わたしも……」

 由井くんがわたしに笑いかけ、背中を向けて歩き出す。

 どこかで吠える犬の鳴き声。遠くから響く救急車のサイレン。

 暗い空の下を歩いて行く由井くんが、ふっと空を見上げて立ち止まった。

「……雪?」

 由井くんと一緒に空を見上げる。

 イブの夜に舞い落ちる白い雪。

 由井くんは夜空に手を伸ばし、雪をつかむように握りしめてから、そっと手のひらを開いた。

「由井くん……」

 本当は手袋なんかじゃなくて、わたしが由井くんをあたためてあげたい。

 それが――わたしの生まれた意味なんじゃないかって、思うから。

 背中を向けたままの由井くんの手が、ゆっくりと左右に動く。わたしもそれに応えるように、夜空に向かって大きく手を振る。

 今夜由井くんがつかんだ雪が、どうかあたたかなものでありますように。

 心の中で、そう願いながら……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ