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「おばあちゃん、行ってくるね」

 マフラーを首に巻き、玄関を出る。その途端、冷たい風が吹いて、空からちらりと白いものが落ちてきた。

「あ、雪」

 この冬初めての雪。そういえば、わたしが初めてこの家から学校へ行った日も、今日と同じ初雪が降った日だった。

 ――あれから一年がたつんだ。

「ああ、もう雪? 今年は少し早いねぇ」

 玄関先に出てきたおばあちゃんが、寒そうに両腕をさすりながら空を仰ぐ。

「沙和ちゃん、手袋はちゃんと持った?」

「うん。いってきます、おばあちゃん」

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 一年前と同じようにそう言って、手を振ってくれるおばあちゃん。わたしは笑顔で手を振り返し、ゆっくりと歩き出す。

 お母さんが亡くなって数か月。わたしはやっぱりこの街で、おばあちゃんとふたりだけで暮らしている。


「おはよー、沙和」

「おはよう、茜ちゃん」

 三年生になって、茜ちゃんとはクラスが離れてしまったけれど、今でも一番仲の良い友達だ。

「まさかの初雪だね」

 廊下を並んで歩きながら茜ちゃんが言う。

「去年、初雪が降った日を思い出しちゃった。あの、沙和が転校してきた日のこと」

 茜ちゃんがいたずらっぽく笑って、わたしを見る。

「アレ、運命だったと思うんだけどなぁ……」

 茜ちゃんが言う「アレ」っていうのが、わたしと由井くんがした「アレ」だってわかるから、わたしは耳まで赤くなる。

「だからさぁ、あんたと由井見てると、なんだかもどかしいんだよねぇ。もう、さっさとくっついちゃえばいいのにって」

「そ、そんなわけにはいかないよ」

「由井に好きな人がいるからって言うんでしょ? でもあたし絶対、あんたたちは両想いだと思うけど?」

 そう言った後、茜ちゃんは腕でわたしのことをつついて、「ほら」って言うように廊下の先を見る。

 その視線を追いかけると、そこには仲良さそうに話をしている、男の子と女の子の姿があった。


「あの子だよ、美菜の彼氏」

 茜ちゃんが小声でささやく。

 美菜さんは最近、下級生の男の子と付き合い始めたらしい。廊下の片隅で彼氏と笑い合っている美菜さんは、とても幸せそうに見えた。

「まぁ、人の気持ちは変わることもあるってわけ」

 廊下に響くチャイムの音と、茜ちゃんの声が重なる。

「あんなに由井、由井言ってた美菜の気持ちも変わったし、もしかしたら由井の気持ちも変わったかもよ?」

 茜ちゃんはそう言って笑って、わたしの顔をのぞきこむ。

「もう一回聞いてみたら? いまの由井の気持ち」

「いまの……由井くんの気持ち?」

「あいつ最近おとなしいよね。前より落ち着いたって言うか……少しは大人になったんじゃない?」

 茜ちゃんの声を聞きながら、廊下から見える窓の外を見た。

 空を覆った雲から落ちてくる、真っ白な雪。

 一年前を思い出し、なぜだか少しだけ胸が痛くなる。

「大丈夫だって! 絶対、運命なんだからさっ!」

 茜ちゃんがおどけた声でそう言って、わたしの肩をぽんっと叩く。

 そうなのかな……そうだったら、いいなって思うけれど……だけどわたしと由井くんの関係は、もうずっと変わらないまま。

 学校ではほとんど話すこともなく、なのに風太くんを交えて、時々三人で会ったりする。

 友達よりもちょっと深くて、けれど付き合っているわけでもない。

 由井くんはわたしとのこんな関係、どう思っているんだろう。


「じゃあ、またあとで」

 茜ちゃんがそう言って、自分の教室へ入っていく。

 そんな茜ちゃんに手を振って、わたしも教室に向かおうとしたとき、背中に声をかけられた。

「おはよ、沙和ちゃん」

「由井くんっ」

「元気?」

「う、うん」

 思わずうなずいたわたしに軽く笑いかけると、由井くんは何事もなかったように教室へ入ろうとする。

 わたしのお母さんのお葬式が終わってから、由井くんはたまにこんなふうに、一言だけ声をかけてくれる。

 特にわたしに話しかけるわけでもなく。なにかを聞いてくるわけでもなく。

「あ、沙和ちゃん」

 ぼうっと立ち尽くしていたわたしに、由井くんが振り向いた。

「今日、放課後ひま?」

「え、あ、うん」

「だったら、うちに来ない? 風太が沙和ちゃんに会いたいってうるさくて」

 考える間もなく、わたしは反射的に答えていた。

「うん、いいよ」

「じゃあ、一緒に帰ろうか。久しぶりに」

 どうしよう……なんだかすごくドキドキしてきた。

「放課後、沙和ちゃんのこと、待ってる」

 由井くんの声が、周りの生徒たちの明るい笑い声にかき消される。

 教室の前に立ったまま、わたしは黙って由井くんの背中を見送った。

 ――アレ、運命だったと思うんだけどなぁ……。

 さっきの茜ちゃんの言葉が頭の中を離れなくて、その日は勉強どころではなかった。

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