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 さっき先輩に会うため、急ぎ足で駆けてきた道を、ゆっくりと歩く。

 だけどこのまま、真っすぐ家に帰ることも、お母さんの病院に行くことも、どうしてだかしたくなかった。

 気づくとわたしは何度か来たことのある、コンビニの前で立ち止まっていた。

 自動ドアの向こうに見えるレジの中を何気なく見つめる。するとそのドアが開いて、ふたりの人影が見えた。


「沙和?」

「茜ちゃん……と、梅田くん」

 わたしの前に立つふたりは、照れくさそうに苦笑いしてから、つないでいた手をさりげなく離した。

「何やってんの?」

 茜ちゃんに声をかけられて戸惑ってしまう。そんなわたしに梅田くんが言う。

「由井ならいないよ。今日はバイト入ってないってさ」

 梅田くんに言われてやっと気がつく。

 ここは由井くんがいつもバイトしているお店で、わたしは中をこそこそとのぞきこんでいたりして……わたし、由井くんを探していたんだ。

「あいつ、どこ行ってんだか。朝から電話にも出ねぇし、メッセージ送っても既読にもならねぇし」

 梅田くんはコンビニの袋の中からペットボトルを取り出して、ため息をつきながらふたを開ける。

「由井ってさ、たまにわけわかんなくなる時あるんだよ。いつも一緒にいるおれたちにも、なんて言うかさ……一線引いちゃってるっていうか」

 ペットボトルに口をつける梅田くんを横目に、茜ちゃんも口を開く。

「あたしはもしかしたら、沙和と会ってるんじゃないかって思ってたんだけど」

 わたしは黙って首をふる。由井くんとはあの日以来、しゃべるどころか視線さえ合っていない。

「そっか。じゃあどこ行っちゃったんだろうね。こんな日に」

 店の前に立つわたしたちの脇を、手をつないだ親子連れが歩いて行く。

 お父さんとお母さんと、ちょうど風太くんくらいの歳の男の子。ショッピングセンターの袋と、大きなケーキの箱を持って、幸せそうに笑っている。

 きっと今ごろ風太くんたち家族も、こんなふうに笑っていて……。

 ――あの家で、幸せそうな三人見てるの……けっこう……つらい。

 あの日聞いた由井くんの言葉が頭に浮かぶ。

「ま、べつにいいけどさ。どうせあいつ暇してると思って、カラオケでも誘ってやろうと思ったのによ。結局こいつとふたりで行っちまったし」

「ちょっと、なによぉ。あたしとふたりじゃ不満だっていうの?」

 言い合いになりそうな、茜ちゃんと梅田くんの間に入って笑顔を作る。

「ご、ごめんね。なんかわたし、ふたりの邪魔しちゃったみたいで」

「そんなことないよー。だってこいつ、あたしへのクリスマスプレゼント、コンビニで済ませようとするんだよー」

「なんだよ、もらえるだけ感謝しろや」

「ひどっ。もうあたし、あんたにプレゼントあげないからっ」

 そんなことを言いながらも、茜ちゃんがすごく嬉しそうに、梅田くんへのプレゼントを選んでいたのをわたしは知ってる。

「と、とにかく、仲良くしてね。わたしは帰るから」

「あ、ちょっと待って、沙和ー」

 茜ちゃんの声に手を振って、わたしはふたりの前を去る。


 午後の街は賑わっていて、聞こえてくるのは数年前にヒットしたクリスマスソングと、人々の笑い声。

「メリークリスマス!」

 突然声をかけられて立ち止まる。

 ケーキ屋さんの前でサンタクロースの格好をした人が、にこやかな笑顔でなにかを差し出してきた。

 手のひらに受け取ったそれは、ケーキ屋さんのチラシと、小さな袋に入ったふたつのキャンディー。

「よかったら、あとでケーキ買いに来てね」

 人の良さそうなサンタクロースが、わたしに向かってそんなことを言う。わたしは手のひらでキャンディーを包み込んでから、そっと空を見上げた。

 どんよりと曇った空からは、今にもまた雪が降り出しそうだ。

 由井くん、どうしているのかな……。

 あのあたたかな手を振り切ったのは、わたしのほうなのに。さっき先輩に会って、懐かしい手をつないで、だけどその時気がついた。

 もう一度、由井くんと一緒に歩きたい。由井くんと手をつなぎたい。

 もしもその願いが叶うなら、わたしの冷たい手をあたためてもらうだけじゃなく、今度はわたしがその手をあたためてあげたい。

 立ち止まるわたしの脇を、女の子を肩車したお父さんが追い越していく。女の子の明るい笑い声が耳に響いて……。

 ――でもそれって、いい思い出なんだろ? お父さんとの。

 ふと、動物園で聞いた由井くんの声を思い出す。

 そしてわたしの足は自然と、あの日由井くんと風太くんと三人で行った、動物園に向かっていた。


 閉園時間が近くなった動物園は、この前来た時よりも、もっと真っ白に染まっていた。

 こんな寒い日に来るお客さんはまばらで、しかもすれ違う人はみんな、帰り道へと向かっている。

 だけどわたしの足は、不思議と止まろうとしなかった。

 こんなところに由井くんがいるなんて確証もないけれど……でもどうしてだか、ここに来れば由井くんに会えるような気がしていた。

 はしゃぎながら駆けていた、風太くんの背中を思い出しながら動物園の中を歩く。

 やがてひと気のないベンチに、見覚えのある背中を見つけて、わたしは足を止めた。

 やっと――会えた。

 今日一番会いたかった人に、わたしはやっと、会えた。

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