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 放課後、職員室の前で由井くんを待つ。

 転校してきてから今まで、わたしは待ってもらってばかりだった。由井くんに待ってもらうばかりで、自分から何かすることはなかった気がする。

 カラリと職員室のドアが開いた。中から出てきた由井くんがわたしを見て、少し驚いた顔をしている。

「……梅田くんから、由井くんは職員室にいるって聞いたから」

「あー、うん。林センセーに呼び出されて説教。遅刻が多すぎるって」

 そう言って由井くんは、いつもみたいに笑顔を見せる。わたしはそんな由井くんから、そっと視線をはずす。

「由井くんに……話したいことがあるの」

「なに?」

「うん……」

 廊下の向こうで生徒たちの笑い声が聞こえた。やがてそれが通り過ぎると、あたりはまた静まり返る。

「わたしたち……なにか間違えてないかな?」

 由井くんが黙ってわたしを見ている。

「わたしたち……大事なこと、間違えてないかな?」

 だってそうでしょう? 由井くん。

 わたしたちはキスもしたし、手もつないだけれど……肝心な「気持ち」は、ここになかった。

 「好き」って気持ちが、わたしたちの間にはなかった。

「わたしね、引っ越したばかりで友達もいなくて、とても不安で……そんな時、由井くんに声をかけてもらってすごく嬉しかった。嬉しかったんだけど……」

 自分の声がかすれる。心臓がドキドキ音を立てて、指先がふるえる。だけど言わなきゃ。言わなきゃわたしたちは変われない。

「わたしはきっと……由井くんじゃなくてもよかった」

 思い切って顔を上げて、由井くんのことを見上げる。

「誰かに……そばにいて欲しかっただけなの」

 遠くでまた生徒たちの声がした。けれどこの廊下だけは、別世界に迷い込んでしまったように静かだ。


「それでもいいじゃん」

 耳に聞こえる由井くんの声。

「沙和ちゃん嬉しかったんだろ? おれだって嬉しかったし。だからそれでいいじゃん」

 由井くんが、いつもみたいに少し笑ってわたしを見る。

「……だめだよ」

「なんで?」

「だって……」

 白い息と一緒に言葉を吐いた。

「由井くんには好きな人がいるんでしょ? その人と付き合えないから……だからわたしと付き合ったんでしょ?」

 由井くんだってわたしと同じ。

「誰かにそばにいて欲しいだけで……それだけで付き合ってるわたしたちって、おかしいよ」

 わたしの前に立つ、由井くんの肩の向こうに窓が見える。

 降り続ける雪は、あたりを美しく染めてくれるけど、それは冬の間だけの幻想の世界。現実の景色を、白く覆って隠しているだけ。

 好きになったつもりでいた、わたしたちの関係と似ているのかも。


「……そうだよな」

 しばらくの沈黙のあと、かすれるような声で由井くんがつぶやいた。

「沙和ちゃんは元彼のところに戻ったほうがいいよ。おれみたいなやつと付き合ってないでさ」

「そ、そんなこと言ってない」

「おれも沙和ちゃんじゃなくてもよかった。たまたま転校生が沙和ちゃんだっただけで。他のやつだったら、そいつとキスして付き合ってた」

 胸がぎゅっと痛くなる。そしてわたしの手をにぎってくれた、由井くんのあたたかな手を思い出した。

 あの手も、あの言葉も、あの笑顔も……全部、わたしのために向けられたものではなかったんだ。

 うつむいたわたしの前で由井くんが言う。

「だけど……沙和ちゃんとだったら、うまくいくと思ったのは本当」

 その声に、ゆっくりと視線を上げる。

「沙和ちゃんとだったら、いろんなこと忘れて……うまくいくんじゃないかって思った」

 いつもみたいに、少しいたずらっぽく笑う由井くんの顔を見たら、どうしてもそれを言わずにはいられなくなった。

「由井くんの好きな人って……貴子さんなの?」

 由井くんが貴子さんのことを、愛しそうに見ている目を、わたしは知っている。

「貴子さんのこと、好きなの?」

 わたしからすっと目をそらして、由井くんは窓の外を見た。

 冷えた廊下に、由井くんの吐く白い息が浮かぶ。


「バカだよなぁ……おれ」

 やがてため息をつくように、由井くんが笑った。

「おれさ、人からやさしくされることに慣れてなかったから……だからあの人にやさしくされて、なんか勘違いしてた」

 バタバタと生徒たちの足音が聞こえてきた。明るい笑い声が近づいてくる。

「そういう意味じゃないのに……あの人がやさしくしてくれるのは、おれがかわいそうな親戚の子だからってだけなのに」

 立ち尽くしたままのわたしに向かって、由井くんはひとり言みたいにつぶやいた。

「だけどあの家で、幸せそうな三人見てるの……けっこう……つらい」

 冷え切った体は冷たいのに、喉の奥がものすごく熱くて……背中を向けた由井くんに、わたしは何も言ってあげることができなかった。

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