遺書
「一つ明言しておきたい、私は今から君達のことを一切考えない。これは私が私であるためにする行動であり、遺書である」くるくると人差し指を動かし舞台上に立つ男は観客のいない客席の方へと喋り出す。空虚な劇場には男の他には誰もおらず、そんなに声を張っていない男の声が分かりやすく響いた。
「そう、これから舞台上は私の独壇場となるだろうそして不可解なことがどれだけでも起こるそれが舞台上という異界である。客席は別世界と認識するべきだ君達がなんと言おうとそれは変わらないし絶対の規律なんだ」
〇暗転
赤いゴワゴワとした生地のソファに木目が鮮やかなウッドテーブル、所謂ありふれたカフェという印象だ。照明は勿論セピア色だ。
「在り来りだと思うかい?けれどね、私にとっては特別な場所なんだ何が食べたい?普通のトースト?それともパフェかい?はたまたココアとか珈琲の飲み物かな?」
首を横に振ると男は怪訝な顔をして「ふむ、
そうかカフェとは本来会話をする場所なのかもしれないね、一人でも勿論楽しいのだがカフェでする小声の会話というのは何故だか彩りを感じるものだ」
「確かに、カフェでの思い出は誰かと一緒ですもんね」男の隣にはボブヘアの女が立っている。デニム生地のエプロンに名札が着いているが名札の名前はぼやけて読めない。字が潰れている訳ではなく視界を合わせると滲むようなイメージだ。
「そうそう、だからこそ私は未だに出かける時は誰かとじゃないと寂しいんだ」
「別に一人でも最近出かけてるでしょう?」
「それでも寂しいものさ一人はね」
〇暗転
夜の散歩とは良いものだ。匂いがしっかり感じ取れる気がする。都会でも田舎でも何となく夜の方がいい。音だって騒がしい喧騒もなく夜の音を感じ取れる、歩いているだけで夜にしか見せない顔をあっさりと街は見せてくれる。
「今日はこっちに行こう」いつも通っている道を左に曲がる、確かこっちにはコンビニがあったはずだ。
暫く歩いていると少し広い公園を見つけた。背の高いジャングルジムにそこにくっついている日焼けした滑り台、それにシーソーと謎のステッカーが側面にビッシリと貼られた自販機がある。
「こういう所にもステッカーはあるんだな」
「集めてるのか?」
「ああ手軽にコレクションできて安いからな」
「そうだよなあ、だからお前は薄っぺらいんだ」
「そうだな、集めてる俺が好きだから」
「つまんねえ男だな」
「俺なんて薄っぺらいよ」
「自分で言うのは否定をして欲しいからだな」
「ああそうさ、自分で自分の証明は出来ない」
「どんな天才も証明できない」
「「評価を決めるのは何時だって他人だ」」
〇暗転
呪い(のろい)とは、人や霊が物理的な手段を用いず、精神的・霊的な力によって、他者に悪意や災い、不幸をもたらそうとする行為やその術のこと。
「人を呪うとは何かな」男は縦になった棺に入っている。後ろにはとても大きく、逆さまになった十字架が吊り下げられていた。厳かなパイプオルガンが響くそれでも男の声は確かに届く。
「呪う側と呪われる側に分かれる、そして呪う側は意図的か事故かに分かれる呪われる側も善か悪か分かれる様々なパターンがある」
「教会に来たことはなかったけどいいな、導かれる感じがする」曖昧な考えを一つずつ言語化していく。彼を、彼の難儀な心を読み解く時間である。教会は何者も拒まない。
「他人の期待って呪いに近しいと思うんだ、一方的に贈るもので祝福にもなる。呪いだってそうだ。酒に煙草、ドラッグ人にとって呪いであるのに依存する祝福そんなものは世の中にごまんとある」男の棺がバタンと閉じられ空へと吊り上げられていく、棺があった位置に火が灯った。
「私もきっと誰かを呪ってるのかも、私が勝手に誰かの望む私になるように、勝手に何かに成ろうとするように、応えるように私は私では無い何かになっていくんだ世界は呪いに満ちている私も既に呪物なんだ、私は既に死んでいる」
棺を繋ぐワイヤーが大きな音を立てて切れた。重力に引っ張られ火の中へと沈み棺はただ静かに燃えている。
〇暗転
「今宵の舞台は如何でしたか?」
「実に難儀だ、凡人には理解し難いものばかりだ」
「人とは難儀極まるモノですが、今宵は特に矛盾を帯びています」
「それが君の感想か」
「いえ、見た人は皆そう言うから」
〇暗転
人は皆、自由らしい。だって生きて考え行動するから。
「今何人の人が思考することをしているのか、私は生きているのか」
〇暗転
観客はまだ誰もいない。いつかここにも人が溢れるのか、はたまた私が最期の観客であるのか。
〇幕を下ろす エンドロールは私だけ。




