賄賂
古代中国の殷の三仁と呼ばれる微子啓が主人公です、 群像劇になるので微子啓が登場しないエピソードも有ります、よろしく。
微子の憂鬱 第1話 ――なぜ、私が王ではないのか。 商の王都・朝歌の天を仰ぎながら、微子は胸の奥でそう呟かずにはいられなかった。 彼は先代の王、帝乙の長子である。本来ならば、彼こそがこの大国の頂点に立つはずだった。しかし、運命は非情だ。母の身分が低かったという、ただそれだけの理由で、微子は王位を継ぐことができなかった。 現在、玉座に座るのは、正室の子である弟の帝辛。 兄でありながら弟に仕える身となった微子だったが、決して腐っていたわけではない。彼は商という国を、この美しき故郷を心から愛していた。与えられた任務には、常に身を粉にして邁進してきた自負がある。 だが近年、微子が担当する「西方」の情勢は、不穏な影に覆われていた。 西方の諸侯、西伯の「周」――その勢力の伸び方は、もはや看過できないほど急速だった。(叔父上は、あのように見事になされているというのに……) 微子は、北方を担当する叔父・箕子の姿を思い浮かべる。 箕子は北の異民族や諸侯を見事に慰撫し、地域の安定をもたらしていた。その功績により、商王朝への支持は大いに高まっている。 それに比べて、自分はどうだ。 微子は人一倍努力した。手を尽くし、策を練り、眠る間も惜しんで西方を抑え込もうとした。しかし、結果は残酷だった。周の伸長を止めることはできず、勢力図は日ごとに塗り替えられていく。 そしてついに、恐れていた事態が起きた。「微子! 一体、西方の手綱をどう握っているのだ!」 執務室の扉が激しく叩きつけられ、堂々たる体躯の男が踏み込んできた。 叔父であり、商の宰相を務める比干である。その眼光は鋭く、声音には隠しきれない怒りと焦燥が満ちていた。「周の姫昌が着々と力を蓄え、西の諸侯を糾合しているという報告が入っている。お前の人一倍の努力とやらは、一体どこに消えた? このままでは商の威信が揺らぐぞ!」 比干からの痛烈な叱責。 真っ当な正論だからこそ、微子の胸に深く突き刺さる。言い訳の余地などなかった。叔父が去った後、静まり返った執務室で、微子はただ拳を握りしめ、冷や汗を流すしかなかった。(……これ以上、周の増長を許せば、私は本当に居場所を失う) 精神的に完全に追い詰められた微子は、ある「劇薬」に手を伸ばすことを決意した。 彼は己の蔵を開き、蓄えていた財貨を惜しげもなく掴み出した。目も眩むような黄金や宝玉の山。それを手に、微子が向かったのは、弟である王(帝辛)の寵臣たちの元だった。 飛廉、そしてその息子の悪来。今の微子にとっては、王の耳を傾けさせられる唯一の手段だった。「これを受け取ってほしい。そして、大王(帝辛)に進言していただきたいのだ」 微子は息を呑み、自らの退路を断つように言葉を紡いだ。「西伯・姫昌を、この王都・朝歌へと招聘するように、と……」 敵の首領をあえて懐に呼び寄せる。それが商を救う一手となるか、それとも己を滅ぼす罠となるか。微子の危うい賭けが、今、始まろうとしていた。(第1話 終)




