ヴェルゼブブを語る人外
不穏な雰囲気で遅らせていただきます。
夜闇に見知る顔を見た。
金髪の、ちゃらちゃらした雰囲気ある今時の男性。
しかしその顔は迎だ。屋根を伝い、空を跳んで、どこかへと向かう。
(何処へ行く気なのかしら。)
こんな時間に。
本日、日中に実働任務はなく、異界らしきものを書類から発見する作業だった。
その報告を上司となったハシバミに伝え、今日は終了した。
なので任務ではない。武器も何もなく、無防備であることが何よりの証拠。
その視線がつい、と向けられ頬が歪む。ニヤリ、と笑んだ。
それは意図的なものだ。違和感どころではない。アレは迎じゃない。
双子かと考える。それならば納得いく。そうでなければ別人格?それもありえそうだ。
理屈でなくありえないのはあれが迎と同人格であるということ。
「見張りは、いないのね。」
気配はない。……例えいたとしても何もできないでしょうけど。
安心して、部屋から出る。
(わざわざ部屋の窓から見える場所を通っていった、という解釈でいいのかしらね。)
異界は眠らない。眠っていないことを前提に、見つかるようにしてきた。
人間としての体力が十分であれば、異界は休息を取る必要はない。
異界の力は根源に持つものであり、その存在そのものだからだ。
供給は無限。減る、ということは異界同士の食い合い以外には起こらない。
そういえば、迎の能力には何らかの特殊能力が付随しているのだろうか。
“異界殺し”のおかげで身体能力は人間を越え、その強度も他とは比較にならない程だ。
けれど、それによるマイナスの部分。―――鬼灯で言えば無意識下の連続性人格変化。
絶えず流れ、留まらない思考。意志を持たないが故の、輪。
迎なら、……そう、体力や精神面での極度の疲労。もしくはそれ故に別人格の発生という偶発的精神回避。
(別人格、かしらね。)
「何処まで行くのかしら?」
その背が見えるようになり、声を掛ける。
本来ならば追いつけない。純粋な能力の差に決定的なものがあるからだ。
けれど、追いつけた。つまり、そういうこと。
「場所なんて何処でもいいんだよ。ただ、お前と“二人きり”でデートできるなら、な。」
(全くの別人、ってことはないかしら。)
即座に思ったのは先ほどの双子説。いや、もっと他人でいたい。
ニヤニヤ笑いを止めず話しかけてくる迎と同じ顔の男に気分が悪くなる。
内密の話の為にこんな態度を演じてる、っていうのなら大丈夫だ。
けれど、別人格だろうとなんだろうと、迎がそんなことを言って笑っているのならば、気持ち悪い。気に食わないという以上に、信じられない。
「あなたは誰。」
単刀直入に聞く。
「そうだな、ヴェルゼとでも呼んでくれよ。」
明らかな仮名に眉が寄る。
「おいおい、追求なんてしてくれるなよ?そしたら俺は今この場であんたを殺すことになる。そしてもう二度と現れない。」
「二度と現れなくて結構。あなたに異界が殺せるっていうの?」
「そう。迎と同じように。」
(知ってる。)
やはり迎?いや、その話し方では別人格であることは間違いない。
けれど他人であるだろうか。その情報を手に入れるのは困難だ。
組織の情報の中でも迎の能力については機密事項。
下の者には異界対策能力者の内の一人として優秀であることぐらいしかしられていない。
「まあ、どう解釈していてもいい。今日のところは挨拶のみだからな。」
今日のところ、という言い方に眉が寄る。
気分を害す、ということは鬼灯には起こりえない。存在を脅かされることに限り感じる恐怖以外に感情はないからだ。
命令を忠実にこなすために異物を取り去るという意識の他は、知識に培われたほんの少しばかりの察知能力と生存本能。
「宜しくしたくないから挨拶もいいわ。消えなさい、不愉快よ。」
冷徹に告げる裏側には怖れ。この存在に対する根源的な恐れ。
勝てない。自分では抵抗すら出来ず、破壊されるだろうという確信。
「そういうなよ。重大なこと、聞き逃すぜ?」
重大なこと、とはなんだろうか。ここで言い出すということは組織に関することだろう。無視できない。異界は指示塔が必要であり、今の鬼灯にはそれがこの組織だからだ。
「連日の異界事件。あれが全て人為的創作の異界だってことに不審はないか?」
知識欲が騒ぐ。
身体は恐怖に縛られ、断ち切ることも出来ない。
(せめて鬼斬を持ってきていたならば―――)
「アレはな、組織だ。ここの真の目的はそれを失くすことだよ。自然発生的な異界には興味はない。そもそも害意を持たないんだから戦う必要もないだろ。適当に潰してるだけだ。」
この男は何故知っている?何者だ?―――どこまで知っている?
「その首謀者っていうのが、俺。」
逆に呆れてしまいそうな、呆気のない白状。告白。
普通なら、信じられないと思うだろう。しかし、この存在に対峙して果たしてそんなことを思うことができるだろうか。その実力がある者を、本気にしないでいられるだろうか。
現実的過ぎるのだ、その言葉は。
「捕まりたいの?」
私にそんなこと言って、と紡ぐ。毛頭、そんな気はない。
できないのが眼に見えている。そして未確認だが、迎との関係性。
「いいや?ただな、すぐにまた会うことになる。その時のための今日。出会いだ。」
義務的で、故意的な、けれど偶発性。必ずある邂逅のためのシナリオ造り。土台の設定。
それが今夜のヴェルゼの目的。
「またな。」
「もう二度と会いたくないって言ったこと、忘れたのかしら。」
避難する言葉は迎として他の人に見られることの危険性を知っているからだ。
それが本人だろうと、別人だろうと、不審として疑われる。迎は監視される。
「ツレナイな。まぁいいか。」
自己完結するように呟きを残し、ヴェルゼは背を向ける。
「迎と宜しくしとけよ?」
「何よ、宜しくって。」
最後まで不快だわ。
背は消えた。異界でさえ視認出来ない速度で。




