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鬼灯の実  作者: ロースト
3/20

彼のもの名付け

(トレーニング室……ねぇ?)

部屋の名が刻印のされたプレートは白い壁に打ち付けられていた。

触れた手はざらりとしたコンクリートの感触、無生物の冷たい温度を感じ取る。

それらは彼女には初めての体験だった。しかしそこには感動はない。

彼女は知っていた。血となり肉となった他人。己の身に仕込まれた。

記憶、経験、感情、そのどれもが彼女にまとわり、干渉し、感傷を抱かせ、擬似体験させる。彼女は何一つもっていないのに、何もかもが既知として所有が出来ない。それだからこそ何も得られない。

「いいですかー?」

暢気な声が機械を通して部屋中に響く。見知らぬ声、だ。

もっとも、この場において彼女が知っているものなど余りに少ない。

ここはいままで彼女がいたのとは別種の空間。

化け物として生き、化け物として寄ってきた餌を捕食するだけ。

「―――。」

「返事がないようなので肯定とさせていただきますぅ。」

そこから抜け出て学校生活なんてものを送った時期もあった。しかし、行くべき場所はそこでもない。ここでも、ないのだろう。

「3・2・1―――開始!」

だらんと垂れた手に瞬間的に力が入り、握られたそれを構える。

一瞬の判断の基に獲物を定め、引き金を引く。撃轍が落ちる。

「撃ち方止め!」

合図の時、狙うべきものは既になかった。

だらん、と腕が落ちる。手に握られた武器自体、投げ落とす。

「ふぅー初心者なんですよねこの人ぉ。感情の欠片もないって言うかぁ……これが“ふつー”って感じですぅ。慣れてますねぇぇ。」

トレーニング室で流れているこの声の人物は操作室にいた。他に二人、彼女の知る男女だ。

「迎くん。」

「……。わかった。」

彼女は窓の下から見ている。口元の動きで何を言っているのか、それがわかる。

そうして、暫くすると“迎”が現れたのだから、その正確さも信頼が置けるというものだ。

「次は俺が相手をする。」

その言葉に彼女は表情を歪ませた。楽しげに、哀しげに、そして慈しみの感情を表す。

「嗚呼、あなた迎っていうの。教育実習の時の名前と一緒。本名だったのね?」

素早く距離を取り、攻撃を避ける。迎は素手だ。彼女も素手。

「よくしゃべるわね。人形なんじゃなかったの?」

拡声器を通された言葉は先ほどの馬鹿っぽい声なんかじゃない。あのルージュに似た、コードネームも知らない美しい紅の女。

戦いは止まず、二人は動き続ける。

「人形よ。でも人間以上に人間らしい、ってところかしら?私の中にはみんなの願いと想いが一杯詰まっているもの。」

彼女は答える。言葉にも表情にも感情が込められているのに、自身を人形と否定する。

それは彼女の内に幾つもの人格が、人が、魂が、込められているから。

「でも、そうね。今のベースは加奈。この前までは珠洲だったけど、次は何がいいかしら?」

大河珠洲の身体であり、彼女は大河珠洲ではない。複合した“何か”。

彼女は受け入れ続ける入れにんぎょうである。

加奈から出てきた“何か”は同時に、あの鬼灯の種子。鬼灯に吸収された、人の想いであって“人”に成り代わった泥人形。人の身体に潜む、“怪異”そのもの。

「固定は出来るけど、私には選べない。人形に意思はない。流れのまま回転サイクルしていくだけよ。」

“現象”は留まる意思なければ絶えず“変化”が行われる。

これは役作り(ロール)ではない。複製であって、再現だ。

彼女の動きは大河珠洲の身体能力を超えている。そしてそれは人間、の枠内に留まるにしても相当な強さを感じさせる。知識が、頭脳が、体が、彼女の思考によって思念の渦から引き出され、適宜使用されているためだ。

対して迎。これは既に人間の動きではない。その枠内を越えた、異質なもの。それこそ“怪異”を呼び込みかねない。……この組織にいる、理由。彼のこの能力が関係するのだろう。

「なら、私が決める。迎くんの前では戦闘に適した性格を。他では……そうね、主張の少ない子。それでいいかしら?」

女の、壁を置いたままの命令に彼女はそれに当てはまるものを導き出す。

「なら今は加奈ね。それ以外は珠洲。この二人は正反対で、扱いやすい。」

「なら、早速初任務でも行ってもらおうかしら。」

彼女の言葉にすぐさま女は次の指令を与える。

実力試し、はこの言葉により終了した。

「迎くん、武器管理庫に案内してあげて。」

「その前に、」

迎が背を翻し、女が興味を逸らす。その僅かな隙間の時間だった。

「私の名前、付けてくれる?あなたの名前も教えなさいよ。」

「ハシバミ。それが私のコード。」

女の唇は紅い。ハシバミ、と口の中で女の言葉を繰り返す。けれどやはり、ルージュの方が似合いそうだ、と感じた。

「あなたは、名付けるまでもないわ。―――鬼灯の実。」


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