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鬼灯の実  作者: ロースト
2/20

名もなきもの。

前回のものとは雰囲気ガラッと変わりました。

ちょいGLっぽいかもしれません。

基が短編一話なんですけど、連載してみようかな、と無理やり的にしたら、こんなんなってしもうた。

未だざわざわと話し声の止まないホームルームはこの後が帰宅となる、午前の時間帯。

平日に平常時間で授業が行われない理由。それは先ほども語られた、一人のクラスメイトに関する訃報。教室にいないのはその人物と関係者となってしまった一人のこれまたクラスメイトだった。―――ガラッ。扉が開く。

教師が入り、少女が入った。生徒の間には漣のように沈黙が広がる。

教師に促されて席に着く少女。

「大丈夫?スズっち。」

周囲の興味津々な視線から開放されてやっと席に座ることの出来た少女。彼女を気遣うように声を掛けてきたのは隣の席の志筑しづきだ。

「うん……ありがとう、志筑さん。」

「良いって。あたしら友だちでしょ!」

元気が売りの女の子である。相談をすれば親身に考えてくれるし、ノリが良く女子から信頼されるタイプの人間。ただこの時ばかりは逆効果になっていた。

「……ごめん。スズっちが大変な時、あたし冷たかったよね。」

一年間以上同じ顔ぶれのクラスメイト。けれどその間ずっと珠洲はただ一人の人物としか仲がよくなかった。

「ううん。そんなんじゃないの。ただ、カナちゃんのこと、思い出しちゃって……。」

皆が迂遠していた。嫌われていたわけではないのだがそれほどに二人の間の空気が濃密で、また主導を握る形でいた加奈の存在は強かった。

親友というよりも独占に近かった、と感じるのは志筑がこの少女に特別気を向けているからかもしれない。

「あたしと友だちになってくれる?」

「もうなってるよ。」

影を纏いながらも笑顔を向けてくる彼女に胸が痛くなる。

でも加奈に遠慮することなんてない。今度は私が、この美しい少女と親友でいる。

「じゃあ早速親交深めにデートでもします?お姫。」

でへへ。という感じの誘いにクスクス笑い出す。

(私が笑わせてるんだ。そしてこれからも、私が笑わせる。)

「何処行きましょっか!」

「志筑さんの好きなところで良いよ。」

私、遊んだことないから。と言って来る珠洲。

胸が熱くなる。加奈はそんなにも独占していた。そう思うのと同じに達成感も湧いてくる。

一番最初に遊びに行くのが自分だということに満足がいく。

「志筑ぃ。あたしらもご一緒いいー?」

「私も。大河さんと話してみたかったのよ。」

いつもつるんでる二人が来る。友香と詠子だ。が、素気無く断る。

「いやーよ。二人がいると珠洲が遠慮しちゃうじゃない。」

「私なら大丈夫。」

「珠洲が言ってもダメ。今日は二人だけなの。初遊びの記念日なんだから。」

「えー記念日なら逆に騒ごうよー!」

「友香、今日はダメみたい。また和華の頑固が始まった。」

「それと。これからは志筑じゃなくて和華って呼んでね。」

「あらあらお熱いこと。」

そうしてその日はボーリング初心者のティーチャーになり、カラオケでは可憐な歌姫のファンになった。充実し、楽しい日だった。

次の日は加奈のことで休校になったために一日をこれまた連れまわして遊んだ。服屋で着せ替え、アクセを選び、化粧を互いに教えあったし、プリクラも取りまくった。

加奈が病院で自殺した。そのことも第一発見者として珠洲が疑われていることも何も、関係なかった。私は私の中の空洞を満たすのに必死で、欲望のままに動いていた。

まるで知らない自分になったように、それまでの行動とは何もかも違っていた。それほどの執着を珠洲に覚え、そして疑問も思い浮かばないほどに夢中だった。


「ねえ、和華。あんた気づいてる?自分の行動。」

試験管をゆっくりと掻き混ぜる作業をしていた和華に友香が話しかける。

「ちょっと、今授業中。実験中よ、話してると知らないからね。」

余所見をする二人に視線も外さず注意を投げかけたのは詠子。その対岸で実験に真剣で話が聞こえてない様子の珠洲。この四人で実験のグループを組んでいる。二人の話を聞いてるものは他にいない。

「何よ。行動って。」

この試験管はもう反応が出ている。中身を取り出してから水を底に当てて温度を下げる。

「……加奈に似てきたんじゃない?」

「何ソレ。」

私が加奈を嫌いだったことを知っているくせに、ということを含ませて言う。

そう、私は加奈が嫌いだった。自分の存在を脅かすようで怖かった。

人からいとも容易く羨望を集める容姿。器量の良さ。そして綺麗好きだった。

その偏屈な部分は彼女を孤立させ、しかし同じに気に入ったものを独占するという結果をもたらしていた。そして一年半以上、加奈の興味を占めていたのが珠洲だったのだ。

珠洲を孤立させた。その可憐さが引き立てられたけれど、しかしいつでも哀しそうで寂しそうだった。控えめな笑顔で加奈の隣に立つのが常だった。

「スズっちの特別扱い。独占してるよ?」

「へ……?」

思わず向けた視線が不自然にかち合う。

自分の名が出たから顔を上げた。ただそれだけのことなのだろう。でも私は、

「―――いたっ!」

「和華っ!!」

動揺し、手元が狂った。

試験管の破片に傷付いた指が赤い血を流す。

「貸して。」

黙っていた珠洲がすべらかな白い手を伸ばし、私の指を口元へ運ぶ。

「っ珠洲!」

驚いたのは私だけではなかったけれど、口をついた言葉は私以外の何者でもなかった。

それは悲鳴のような、歓喜の叫び。

柔らかで温かい、舌。気持ち悪さなんて感じない。

その滑りに心が高揚して、硬直し、同時に立っていることさえ辛くなる。

このちょっとした事件に周囲の視線集まってる中、頬が染まるのを感じた。

(もう……無理―――っ!!!)

そして

「もう、大丈夫だよ。ガラス、取れたから。」

舌を見せてくる姿は先ほどの行為に邪な事などまるでない、陽だまりの笑顔。

その舌には残酷なまでにガラスを証明し、一つ一つ、それをティッシュに包む姿。

「あ―――」

足から力が抜け、そのまま気絶した。


「起きた?」

柔らかに微笑む珠洲に、無心のまま言葉を出す。

「私たち、親友になれたよね……?」

珠洲は微笑んだその顔を私に向ける。

「加奈以上に、私は仲良くなれたよね……?」

笑顔で、しかし無言だった。

「私、加奈に負けてないよね……?」

「―――和華ちゃんは、カナちゃんが怖かったんだね。」

その言葉にドキッとしながらも私はただ白い保健室のベッドに横たわったまま。

「和華ちゃんはカナちゃんが大好きだったんだね。」

この可憐で綺麗なクラスメイトに言われて、漸く私は自分を認められた。

私もまた、加奈に憧れ、近づきたかった。その一人でしかなかった。

彼女に認められたかったから嫌いな振りして、突っかかって。珠洲(お気に入り)を取りたかった。故に執着していた。

けれど、それ自体が加奈に似ているというのなら。私はもう、その時点で加奈に怯えることなんてなかった。存在が消される?今がそうだ。自分の存在意義がなくなって、自分が自分じゃなくなってる。私は未だ、加奈に捕らわれている。

幻影に。虚妄に。気にしないようにして目を反らし続けた、加奈の死というものに。

「わたし、行くね。」

「……珠洲。」

「じゃあね。」

それが、最後だった。



「あなたが大河珠洲さん?事件の事は知っているわ。ご友人、失くされたそうね。」

「……。」

二人が並ぶ。

かつてみた、ルージュの人と同じ。

まったく同じ、別の人。

そして、あの女の人の傍にいた青年。教育実習生。彼がいた。

「わが組織にようこそ。非凡を見抜かれた平凡の子よ。」

そういって迎え入れる彼女はやはり、ルージュと同質でどこまでも“同じ”だった。

「―――ねえ珠洲さん。本当はあなた、」

思いついたようにいりだした話題に立ち止まり、振り返る。

「もう大河珠洲ではないんでしょう?」

歪む唇に、漸く一言。少女は言葉を交わす。

「名もなきものよ。それ以外の何物でもない、人形。」


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