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鬼灯の実  作者: ロースト
18/20

愛しさと憎悪の狭間に眠る者

 鬼灯はその時のことを忘れることはないだろう。ヴェルゼは兄弟と言った。憎しみと悲しさを交えた瞳がそこにはあった。親しみはない。けれど、何ともいえない愛しさがあった。離れきれない、諦めきれない未練。鬼灯に未練を捨てろと、組織を抜けて仲間へと唆した彼がそれを抱えているのだろうか。そんな人間的な部分……。

――ヴェルゼは人だろうか?それとも異界?

 鬼灯には判断が出来ない。ヴェルゼがどういう存在なのか、何を考えているのかも、何もかも、知らないのだ。ただ、数回言葉を交わしただけでしかない。

(違う。ヴェルゼは敵。情をかけてはいけない。その思考を考える意味はない)

 けれど、彼の本心はどこにあるのか。

 異界を作って、組織と敵対して、異界を協力させる――迎を兄弟と、そして妹がいると言った。助けてやりたい、とも。人の側に着く理由を尋ねた。そして鬼灯を“こちら側”と称した。

(それはヴェルゼが人の側にいないということ。けれど、それならば迎は?“妹”は?)

 決して異界側だとは言わない。けれど、少なくとも人の味方ではないだろうヴェルゼ。

 敵対する迎とヴェルゼ――。


「もともと、現象であるだけの異界が能力を抑えようとするから問題だったんだよ。……ま、そうでもなきゃ人間の器に入れるわけがない、か」

 ……俺も同じだな。

 ヴェルゼの呟きは意味深で、とても穏やかだった。

 状況を勘違いしそうになる。親が子供に指摘するような、正しいことを正しいと認識させるための、厳しくも優しさの伴うそれ。鬼灯への言葉のように聞こえて、その実、ヴェルゼを身に迎えていた迎への労わりのようにも聞える。

「ヴェルゼ、あなたは本当に――」

 組織の者たちが戦っている最中に、敵の心情を考えるなどという馬鹿なことをしてしまっている。“普通”の人は避難し、異界対策の集団は異界で対応し、異界の依り代や異界は組織のために戦う。相手の駒が薄くとも、実力で考えれば防戦一方に見えて、実際はヴェルゼ側の方は余裕でこの“話し合いの場”を作り上げている。鬼灯はそれでも、彼を理解したいと思っていた。子憎たらしい笑みを浮かべたのではなう、表情を削ぎ落としたようにただ感情もなく膝を着き静かに内省へと語りかけている迎を見下ろすヴェルゼ。異界を嫌いといい、その存在を滅ぼすために在るように振舞う迎。

(……よく、似た兄弟だ)

 向けられた気配に、鬼斬を構え直す。チャリ、と音を立てて一度は鞘に戻した鬼斬をすぐさま引き抜ける体勢に持ってきておく。カウンター狙いの抜刀術――居合。

けれどそれは次の瞬間、憂慮に終わる。


「――違う。俺は、俺には兄弟なんていない」


 それはとても小さく、けれど底冷えのするような声だった。

 漸く整えた息で、しっかりとした声で、その言葉を発した。だからこそ、狂気の走っているかのように感じた。その声音には嘘偽りなく、厳然とした事実を語る。けれど、戸惑いはあった。混乱と疑問。けれど自分にとっては代わらない現実だとする言葉。

 ――迎に兄弟はいない。少なくとも、彼にとっては。

「……ああそうだな、お前にとっては兄弟なんていないも同然だった」

 対するヴェルゼは肯定した。現状をわかっていた、というように、迎の否定を――のレジ新の存在の否定を受け入れる。


「お前には見えなかった。いつでも否定してばかり、受け入れようともしなかった――ッ!」

だから、だから――っ!!

淡々としていた様が徐々に熱がこもり、最後には言葉に詰まる。

その様子が酷く切羽詰っているのだと感じさせる。ヴェルゼも冷静にはなりきれないほどのものがそこにはある。それこそが、二人を兄弟だと、語っている。

「存在を否定されるのは辛ぇ。胸が張り裂けそうだった」


「……そんな、嘘だ」

 迎は信じない。兄弟だというヴェルゼに仇敵を見る目を向ける。

 ヴェルゼは語る。敵としながら存在しながら、兄弟だと迎へ畳み掛ける。


「俺はお前なんて知らない」

「まだ認めないつもりか」

 互いに主張を捻じ曲げるつもりも、撤回するつもりもない。真正面からぶつかり合う。

 そのどちらが真実とは誰にも判断ができない。それを知る者はここにはいないのだ。当事者二人が互いに違うことを言っているのならば、当事者をもう一人連れてくるしかそれを確かめる術はない。……両親・姉妹兄弟。――“妹”

 けれど、迎はその存在を認めないだろう。兄弟を認めず、兄妹も認めない。

 では親は?――人の世ならば離婚した両親に一人ずつ引き取られた結果、兄弟の存在を知らされた者と知らされなかった者。妹の存在を迎が知らないのならば彼が引き取られたのは父、ヴェルゼは母の元。妹は離婚後に生れた。……そんな話は人の世にいくらでも転がっているだろう。しかし、これはそうではない。

“異界”に深く関わった話だ。異界の気配が各所に散らばるか。それとも“核”となったか。

 ――簡単に済む話ではない。


「まぁいいさ、もう意味はない。迎、お前は用済みだ」

 先ほどまでの乱れようとは打って変わり、ヴェルゼは常のニヤけた笑みを浮べて目的行動へと移る。警戒に鬼灯は背後へと足を引き、距離を取った。戦況の変化を読んだのか、周囲で戦っていた者たちも集中をコチラへ向け始める。フィアと戦っていたヤイールも互いに牽制しあいながら、こちらへと遠慮して一旦距離を取った。――戦況は混雑極まりない。

 ヴェルゼと鬼灯、迎が中心に。その傍にヤイールとフィアが応戦。他の異界がマリオと多勢に無勢ながら力の均衡を保つ。

 けれど、そんな中、ヴェルゼは笑っていた。

「体はもう、いらない。――来い、鬼斬」


「――っ!?かは……」

その声音にブワッと総毛立つ。身体の奥底から、耐え難い、抗えない想いが沸いてくる。同時に、異界の力が暴れだした。身に掬う、暴力を押さえつけるように、膝を落とした。胸が苦しい。息が荒くなる。狂戦士(ジャンキー)が無理に出ようとした時よりも激しい衝動。

堪らず、身体が床へと転げまわる。放出できない熱を逃がしたい。痺れるような感覚だ。

「っく……!!」


そんな中、掌に収まっていた鬼斬が身震いする。カタカタ、と鳴るのはまるで歓喜のようだ。手の中で暴れ、押さえつけられることを厭い、――それほどまでにヴェルゼに焦がれる。

 仮主の、鬼灯の手を赤に染めて、ヴェルゼの元へと飛んでいく。

「王の名に惹かれるか……っ!!」

 片腕で身体を起こし、憎々しく鬼灯は毒づいた。傷つけられた腕から血が流れ、体温は下がっていく。頭の方も冷めた。疲弊と貧血で鈍くなった身体に衝動は逆らえない。身体の支配権が戻りつつある。

ベルゼブブ――バアル・ゼブル。

かつては嵐と慈悲の神として尊称を受け“気高き主”と呼ばれていた。にもかかわらず悪魔とされ、罪深き戦者になった。七つの大罪の一角、暴食(グラトニー)の名も冠す。


 ヴェルゼは鬼斬と手にし、嬉しげに告げる。

「さあ、生贄は捧げられた。開くぞ、――扉を」

 ひゅん――っと切っ先を鬼灯に向け、


「“異界の王”“異界の愛し子”――止めなさい」


「――っ!?」

(いつの間に……!?)

 背後からの声に、ヴェルゼは鬼斬を一閃させて飛びのくが、それは掠りもしなかった。

 その姿は瞬き一つの間に消えている。

「やあ、こんにちは。お父さん登場です」

 鬼灯の目の前、蹲る彼女にしゃがみこんで、挨拶をした。

 驚き、何もいえない鬼灯を気にすることなく、“お父さん”は手を差し伸べてくる。

 言葉を紡ぐ気力もなく、勿論手を伸ばされたところで体を持ち上げるほどの体力もなく、鬼灯はその手をただ見つめた。けれど、“お父さん”は鬼灯の手を掴み、その身体を引き寄せた。

「 っ」

(なにを――!?)

 身体はあっけなくその腕の内に入る。

 性的なものでも、暴力的なものでもない。それはまるで、保護するかのような、接近。

それに、安心した。身体が動かなくなってさえも解かれずにあった緊張が緩む。

(知っているような気がする)

 既知が安堵をもたらすのか。

……わからない。けれど分からないことに対する不安もない。

 鬼灯はこの状況で、何故か親を見つけた子供のような安心感に包まれていた。鬼灯の木がなくなって、ずっと感じていた寂しさと恐怖が埋まっていく。


「久しぶりー息子ども」

 男は言った。

 鬼灯をその胸に抱きとめ、やる気のない声で対峙する二人に手を振る。挑発のようにヒラヒラとされる手。

「そろそろ喧嘩止めたらどうだい?――っと、そのために出てきたんだった」

 にこやかにそう言って、けれど自身を振り返るようにする。それはコミカルさがあって、この場の雰囲気にそぐわない。

「僕の家族が迷惑かけまして、皆さん本当にごめんなさい」

 男はその場にいる者たちに頭を下げて“困った顔”“申し訳なさそうな顔”で謝った。

始終、渋面を作る迎。始終、ニヤニヤ笑いを浮べるヴェルゼ。始終、マイペースに表情豊かな“お父さん”。

「な、にこれ」

 叫んだ喉は嗄れて、音を紡ぐ。その場の誰もが抱えた疑問だった。



「君とは前々から話したかったんだよね。いよっ!息子どもをたぶらかした魔性の姫君っ!もてもてだね!」

 その声は部屋全体に響くかと思われるほど大きく、明るく、影のないもの。


「――あなたが“異界”?」

 その時の鬼灯は既に気付いていた。暖かく、胸に込み上げる気持ちは懐かしさ。

 この存在は――異界の、親。それは世界を内包する存在。

 こことは別の次元の存在。それは正しく、“異界”――“異世界”。世界そのもの丸一つ。


 けれど、男は鬼灯の問いかけを無視した。

「“妹”と“君”が似てるから。だから、惹かれるんだろうね」

 状況さえも忘れて問いかける鬼灯よりも、まったく状況を視界にさえ入れていないこの男は、何を言ってるのか。悪女の如き皮肉の次には“彼らの妹に似ている”などと――。

「……どれだけ失礼なのかしら」

 若干体力の戻ってきた鬼灯は憎まれ口を利いた。

 けれど、その隣で感謝する。男に接触した辺りから身を裂くような衝動が無くなっている。鬼灯の中にあった異界の暴走は沈静化しはじめた。親に窘められた子供だ。

「家族喧嘩だよぉ?人と結婚した僕と、双子の息子に身体の弱い娘の五人家族です!奥さんはねぇー随分前に死んだけど、二人は長生きだからね。異界に気に入られて人の身でありながら異界の能力を扱う双子は、人間の体に異界を持つ妹に二つの見解を出した」

 一テンポ。二テンポ遅く、最初の問いの答えが返る。返答を気にしていなかった、ただの感想のような疑問。降って沸いたそれを口にしただけであるというのにそんなところだけ律儀だ。

「片や見捨て、片や命をかけて守ろうとする。ヴェルゼは後者で、異界を人の世に呼び寄せればいいって案を出してあげたら、すぐに呑んだよ」

 あっさりとバラス、ヴェルゼの目的。

 どこまでが信用できるのかは分からないが、実際に二人は男の命令に大人しく従っている。――父親である事は免れようもなく、子であることも免れない。

 “異世界”“世界”――この男から異界は生れる。造られる。

 けれど、それとは別に、人でもない彼の血の繋がった子どもがいる。

――迎、ヴェルゼ、妹。“妹”は見たことがない。けれど、少なくともヴェルゼも迎もただの異界ではない。どちらかと言えば人に近い存在。それはつまり、

「どういう、ことだ――」

 ヤイールの声が飛ぶ。視線をやれば、戦いなんて、そこにはなかった。

 皆が停止するように静止し、攻撃の意志もない。異界はすべて、男の統率下に入った。

「ねえ。始まりはなんだったか――君はもう、知っているでしょう?」

 人差し指がコツン、と鬼灯の額に当たった。

 思い出す。

「“恋”――そして感情が生まれた?」

 あの時、珠洲と鬼灯が己の内面世界で会った時、この男は珠洲に会っている。

人差し指が額に、知識を与えられた。今まで空白だった、“異界”に関する知識。

不自然なほどにまっ白だったそのページは本来ならば鬼灯が真っ先に求めるものだった。

けれど、それにもかかわらず、無意識下で起源を探ることを止めていた。止めさせられていたのかもしれない。

 “異界”は“人”と出会い、感情を持ち、“個”を得た。そして恋をし、会いを知って、子が出来た。現在の始まりはそれだった。


「そう、出会いは運命に変わり、必然は恋を呼んだ。でもさ、それって間違いかな」

 純粋な疑問。異界は異界であるが故に答えられない。答えを出すことが出来ない。判断がつかない。そして鬼灯もまた、答えはない。けれどそれは本人にしか出せない唯一の“答え”だ。


「始まりが恋ならば、終わりは――なんだと思う?」

 疑問。問いかけ。

 男は鬼灯になおも問いかける。人に一番近いからこそ、彼女しかいないのだ、と。


「“愛”――あなたは、誰が好き?」

 今度は鬼灯が問いかけた。異界は目を丸くして驚く。

こんなにも人らしいのに、余りにも存在は人から逸脱している。

 だからこそ、悲しい。人に焦がれ、人を真似て、けれどそうして近づいても得たのはニセモノばかりで、だからこそ余計、人から遠くなる。


異界(じぶん)が好きさ。そして人も好きになった。でも、それだけじゃ足りない。僕は餓えている。教えてくれ、何が足らない?」

 それは答えに覚悟の必要があった。

 全てが沈黙する中で、鬼灯だけが発言を、言動を許されている。

 だからこそ、違えてはならないのだ。瞳を逸らすことも、偽ることもなく、胸を張って、ただ述べる。


「もう一度、好きになる勇気」


「失うことを恐れて、失ったことから眼を逸らして、……今のあなたはただ、絶望しているだけだわ」




「ねえ、異界。あなたは彼女を愛していたんでしょ」

 問いかけに、男は答えた。


「もちろん。愛していた」



「今は?今も愛してるんでしょう?」

 問いかけに、男は答えなかった。


「……」

 自信なく、困った顔で、眉を寄せ、悲しげな表情を作るだけだった。



「――今も好きで、愛していて。それでも愛は芽生える。愛は一つじゃないから。大切なものは幾つあってもいいから、だから、無理に忘れようとしないで」

 男が答えないから、鬼灯が答えた。そのことに男は泣き笑いを見せた。その顔はやはりヴェルゼに似ていて、やりきれない様子はどことなく迎に似ていた。


「理想、だね?」

 鬼灯は頷いてみせる。

 大きく、肯定を返して、その戦いは幕を下ろした。


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