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鬼灯の実  作者: ロースト
17/20

能力と王の異界

 ヴェルゼがちらっとマリネを見る。それだけの視線の応酬で、けれど万全だった。

「大人しくしててね、みんな」

 指で何かをツイ、と引っ張るような仕草をすると、見えた。それは部屋中を横断し、囲いを作っていた。いつの間に作っていたのだろう、檻は眩い輝きを持つ、糸によるものだ。マリネが示した指に掛かる、煌めく白。それは眩い輝きを持つ、糸だった。

 ヤイールたちの視覚を覆いつくし、巨大な繭の状態にまで作り上げる。分厚い皮革のように、彼らを隔離し、残されたもはただ夏梅と、身体を乗っ取られた迎。そしてかつての仲間だった“敵”――鬼灯の味方は、いない。


「さあ、わかったろう。姫さん、“あんたが悪い”んだ」

「私、が……」


 糸は糸ではない。鋼糸と呼ばれる部類で、下手に触ればこちらまで切断される鋭さを持つ。また、それは白い光を纏う。紫電――それが蛇のように糸を駆け巡っている。


「そうだ。“あんたのせいで”傷つくものがいる。“あんたがいるから”傷つくものがいる」

「夏梅が傷ついたのは、私の、せい――」


 力なく、鬼斬が切っ先を下に向けた。

 夏梅は床に倒れている。血が広がる。赤いものが視界一杯に埋め尽くす。

 絶望と虚無。後悔と反省。虚ろに、鬼灯は言葉を繰り返した。




   ***      ***      ***      ***


「大人しくしなさい。この異界、触れれば消し炭になるわよ」

 目前の物体に安易に触れようとしたのか、警告と忠告を織り交ぜた言葉を放つ女はハシバミだ。幹部の一人で彼女が総括するグループにヤイールは所属する。鬼灯や迎、リンも彼女が直属の上司となっているが接点は薄い。


「……鬼斬が向こうにあるのは痛いわね。術師の方は?」

術師は首を振る。

試行錯誤しようにも、大抵のものは作用を施す為に触れなければならない。“天才”の名を冠する術師の夏梅ならばまた話も変わっただろう。防御には疎くとも、攻撃力、貫通力に関しては右に出るものはいない。その手数の豊富さからこの機を脱出できただろう。しかし、当人は向こう側にて重症の意識不明。

そしてもう一つの打開策である鬼斬は鬼灯の手にある。向こう側で一人敵と対峙している彼女とともに。実際、あれほどの切断力を持つものは他にない。

空間を繋げる能力の郵便屋も向こう。異界の影響を受けないはずの迎もどうしてか身体を乗っ取られ向こうにいる。手は、ない。

 ――歯がゆい。

 この壁の外で、ヴェルゼは鬼灯を洗脳するかのように批評する。突然現われた存在だ。ヤイールにとっても、この組織のものにとっても――しかし、鬼灯にはそうではなかったのか。むしろ、ヴェルゼから見てみれば突然現われたのはヤイールの方か。


「その刀があんたの所にあるのは嬉しい誤算だった」

 声が響く。姿は見えない。カツ――と靴音。


迎だろうか、ヴェルゼだろうか。

そこにいるはずの人物は音だけしか悟らせない。それが、憎々しい。この壁の向こうに二人がいるのはわかっているのに何をやっているのだ。

迎は何故、止めない。何故、間に割って入らない。何を、呆然としているんだ――ッ!!

「 っ!」

 怒りに繭へ触れればピリッと鋭い痛みが走る。まるで帯電をしている。触れた部分は一瞬の接触に煙を上げた。ヤイールはその腕には加護の異界がついているために大きな怪我をするには至らなかった。しかし完全に防ぎきるということも出来なかった。

 組織に入ってすぐ、腕輪は封印を施されその能力は大方落ちてしまっている。ヤイールへの牽制だ。しかし、それが今は枷となっている。

「ヤイール。あなたの異界は守る為のもの。この場では適さない」

 能力に能力で押したところで、加護の腕輪は攻勢に転じれない。

刃物に加護を加える程度で、それは物自体を丈夫にする意味しか持たない。貫通力も攻撃力も上がるわけではない。ヤイールの異界とはそういうものだ。

 あくまでもヤイールの身を守る為。それ以上でもそれ以下でもない。だが、だからこそ、今必要なのはヤイール自身が攻撃となること。抑えられた能力でどこまで対応できるか……。

(最悪、丸焦げの感電死だな)

 ――だが、今ここで命をかけなければどんな時に命を賭けられるだろうか?

「守りたいものを守れなくて、どうする……っ!」

 ヤイールは掌を触れさせた。皮膚の焼ける匂い、爛れる肌。けれど、力を入れ、繭へと手を押し付ける。




   ***      ***      ***      ***


「鬼斬は異界斬りの剣だ。“だから”あんたに濃縮され納められていた異界も暴発するように出てくる」

 どれだけ制御を他人に預けたところで、意味がない。

 鬼斬は暗い輝きをその場に灯す。強弱をつけるようなそれは何かを伝えるようにも思える。

 ――そう、鬼灯は一人じゃない。

 鬼灯の中にはいつだって、他がいた。珠洲も加奈も、殺人鬼も、いくらだっている。鬼斬は鬼灯の補助としていつでも一緒にあった。組織に入った当初からのパートナーだ。よくよく考えれば迎よりもよっぽど相棒らしいじゃないか。

 それに気づき、薄く俯いたまま微笑を浮かべた。鬼斬を握る手に力が戻る。



「待ち遠しい。どれだけ願ったことか。さっさとこの世界に来いよ、異界」

 誘うその声に、鬼灯は手を取ってしまうのか――?

 そんな不安に後押しされるように理性が弾けとんだ。

「ッ!ここを突破するぞ――!!」

 ヤイールは歯軋りしながら叫ぶ。不満が爆発するのと同時、拳を叩きつけた。

 己が傷ついたって関係がない。ただ、彼女をとられたくない。


――ふいに風が吹き込む。

「――ッ!」

 素早く距離を取り、見据える前には、……光が見えた。




   ***      ***      ***      ***


「鬼斬――!」

 鬼灯は一瞬で踏み込み、ヴェルゼに――駆け込んで間に入ったマリネ諸とも迎へと剣を着き立てた。追撃に備えるように飛び退る二人を追い縋ることはせず、踊るように翻り背後の繭へと傷を刻み込む。――分厚い殻は割れ、中身がトロリと出るように中に閉じ込められた人達が出てくる。


「――無茶をするっ!」

 指された部分に手をやり苦々しい表情を浮かべるヴェルゼ。油断していたのか。予想外の攻撃だったのか。どちらにしろ、ダメージは受けたようだ。

「そうかしら?鬼斬の性質を知っていれば当然のことでしょう」

異界封殺の剣――それは逆に異界以外に作用をなさない。人には攻撃ができない。


「感情が出てきたと思ったら次の瞬間には仲間を躊躇無く攻撃する冷徹さ――少しぐらいは動揺したらどうなんだ」

「信じてるの。私は私の仲間を」

 一瞬。その隙が欲しかった。だから、迎へと攻撃した。その攻撃が通るかどうかは賭けだとしても、死には至らないだろうと考えた末だ。鬼斬は迎を気に入っている。だから、“間違え”ない。


人質がいては分が悪い。夏梅のことも気に掛かる。――そのことに焦りが生まれたのは事実だった。けれど、瞳は一瞬たりとも逃さなかったはずだ。

なのに、

「調子に乗るなよ、鬼灯」

 声をかけられて、初めて首筋にある感触に気づいた。咄嗟に動こうとした手は拘束されている。抵抗は無理。反撃のチャンスを――

「無駄だ」

「がは――ッ!」

 地面に叩きつけられる。脳を揺さぶられ、腹部を靴底で圧迫され、両手を串刺しにされた。

 人の身体であっても中身は異界。痛みは感じない。はずだ。今までだってそうだ。

 なのにこの違和感は、身体を苛む。衝撃を受けたように上手く動かない。

 ――感情が開いたに応じて脳が怪我を痛みとして認識してしまったのか。

(こんな時に――っ!!)


「抑制された能力じゃない、異界としての能力を今ここで!曝け出せよ!」

「ッッッッ!!水球!」

 ヴェルゼの言葉は煽る為のものだ。揶揄するようでもある。鬼灯は散らばる思考を集中させ、螺旋を描くように水を作り出し、放弾する。だが、それは届く前に破裂する。マリネだ。


「マリネは操り人形(マリオネット)。痛みも感じない。もう忘れちゃったぁ?」

 ヴェルゼの後ろから顔を出すように這い蹲る鬼灯へ問いかけた。

“私ぃ、鬼灯と同じなんですぅ”“おにんぎょさん”――つい先日聞いたばかりの言葉だ。忘れるわけがない。

(本当に、そうね。同じ、人形)

彼女に感情は、ない。糸を使って見せても、彼女自身が糸に操られ、命じられるままに動く。不屈の兵士。よく、人に擬態している。柔らかい肌、よく変わる表情、違和感のない動き。けれど、成長までは誤魔化せない。組織で働いていたその間に年を取ることは無かったのだろう。

「――でも違う。私の主は私よ。あなたのように他人に思考を預け停止したりしない」

私は自動人形(オートマティ)だ。自分で歩き始めた。


「……それ、挑発なのかな」

 低い、声だった。口調は同じでも、いつもとは違う。明らかに気分を害したと表情で語る。雰囲気で怒りを表す。ヴェルゼは動けない鬼灯を他所に、足を退け、マリネへと場所を譲った。


「――私ね、あなたの代わりなんだよ?」


 言葉は空気を揺らし、言霊となった。強い視線には憎しみがありったけ込められている。鬼灯の身体を蹴り、踏みつけ、気持ちまでを踏み躙らんと行動する。叩き込まれる攻撃よりも、彼女の感情の方が鬼灯を突き刺していた。

「あんたのために、私は生まれた!あんたがこちら側にいないから、私は作られた!実験体!」

 鋼糸の異界を使ったマリネは、人形だ。けれど異界でもある。

 人形の身体に埋め込まれた異界が意志を持った形――それがマリネ。

それはどこか鬼灯に似ている。人の身体に入り込んだ異界である鬼灯と相似なのだ。ヴェルゼが鬼灯を必要とした、理由。けれど、それは紛い(マリネ)では足りなかったのだ。

 ――人の中に異界、という形が理想。


「ねえ、何とか言ったらどうなの!それとも、話す価値もない?こんな状況で?」

 彼女は意志を持っている。

 それは中に埋め込まれた異界の特性か、それとも彼女が時間をかけて芽生えさせたものなのか、鬼灯は知ることはない。けれど、どちらにしても結果は同じだ。

 彼女は思考を放棄した。“主”にすべてを託してしまったのだ。それがどんなことかも、考えずに。

「自分を捨てきることは出来ない。だから、放棄なんて死ぬまで出来ないのよ――っ!」

 床に貼り付けられ、身動きできないままに鬼灯は叫んだ。途端、身動きしなかった四肢を動かし、跳ね上がる。縫い付けていた楔は鏡の能力で別次元に飛ばした。狙う先は、

「――ヴェルゼ!」

 組織の輩を抑えてヴェルゼと鬼灯の話す場を作り上げていたフィアの声が上がる。

けれど、ヴェルゼ避けることもせず、ただ暗く俯き、只管に何かを耐えるようにしたかと思うと、

「もう、用はない、か」

 突き出した腕で全ての飛来物を掴み、握った。パキッと乾いた音が誰の耳にも届く。

開いた先に異界の産物であるナイフが粉々に砕けていた。それは明らかに人の力ではない。そして、迎の顔には面影の似た青年が重なって見えた。

「金髪――ヴェルゼ!」

 ゆっくりと、分離をする。まるで幽霊にでも離脱されるような、不思議な光景。重なった二人が顔を明確に別個にし、腕が増え、胴体が離れる。ペラリ、というように前のめりにもう一つの身体が剥がれた。

 しっかりと実体を持って足を着く片方とは別に、抜け殻となった身体は糸の切れた人形のようにぺシャンと倒れかけ、迎はよろけるようにたたらを踏み後、膝を着く結果に留まる。

「フン――ッ」

 見下し、分身である迎をヴェルゼは笑う。そして、郵便屋の身体に入り込む。

「……久しぶりだな、兄弟?」

 郵便屋の姿形が、ブレて一瞬。金髪の迎――ヴェルゼがいた。


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