赤い靴の自殺と鏡の蜘蛛の物語
長さ的な問題で二つの話が入ってます。
タイトル通り、前回に示した『踊り続ける赤い靴』と『透明な姿見』の収集です。童話から異界として伝承に引っぱりましたが、どうにもその感が薄い。――ご赦免を。
少しばかり、伏線が入ってますよ。分かりやすすぎて何ともいえないですが。
「まずは『踊り続ける紅い靴』ね。」
今回は徒歩だ。お店で通常の売り物として出していた靴が曰くつきということで店に置かれたままなのだ。扉を使ってはいきなり街中に出現することになる。だから本部から直接、問題の店へと行く。遠ければ道をつなげればいいのだが、近隣なので電車を乗り継いで向かう。それが“普通のこと”のようで、鬼灯は落ち着かない気持ちになった。捨てたはずの人間性を人格が叫ぶ。その変な感覚を珠洲は首をかしげて表す。
(迎さんが隣にいて、電車に乗ってるなんて……なんだか、面白い)
一般人のように平和な光景に迎がいる。そのことが珠洲には珍しく、微笑ましいものに思えた。そして、感覚と経験で思う。電車は、初めてだ。鬼灯は知識が豊富だけれど、経験は少ない。何故なら木だったから。木だったから、経験を得ることがなかった。
(でも今は、歩けるんです。鬼灯にとっての経験はあの時から。私に入ってから)
珠洲の身体に異界が入り込んで、そこからは初めて続き。それがいいことだったのかはわからない。鬼灯の本体は無くなった。残された子どもである鬼灯しか今はいない。他の子どもがいるのかどうかも分からない。鬼灯は鬼灯の木の一部でしかない。その統合機関、親はいなくなったのだ、意識も記憶も共有は出来ない。
何も知ることが出来ないという状況で、経験を得る事は鬼灯の欲を満たす。存在意義を成り立たせるものである。だからこそ、鬼灯は一つの個体として活動する。
「大きさは使用者に合わせて変わるから問題はないな。」
確認するように迎は言った。
店で試した時は抜群に心地よく、試着者はその魅力に取り付かれたように買っていく。けれど、それは数日も立たずに戻ってくるらしい。持ち主がその靴を穿いて歩くと、例外なく事故が起きる。交通事故、線路転落、陥落事故。悉く、足が歩いていってしまうように飛び出す。
「なんだ、普通に穿けるじゃない。何が問題なのかしら?」
赤い靴を穿いた少女は薔薇の中に突き進んだが、鬼灯にはそんな力が現われない。異界であることは穿いてみてわかったが、その能力は低い。誘発的に出来事を呼び寄せることと瞬間的な能力行使以外、極めて低い能力。
「上位の異界には効かないってことなんだろう。」
そう、結論付けて迎も解決の判を下す。
*** *** *** ***
「『透明な姿見』に正面から映された者は透明になったように行方不明となる……ね。」
またもや電車かと思えば車の出迎えがあった。老舗のお嬢さまが姿見に映された者らしい。その親が依頼人。物語は白雪姫。その中に出てくる魔法の鏡がこの異界。
「鏡は元々“向こう側”に繋がりやすいからそのまま引き摺りこまれたのか、と思ってたんだけど、そうでもないらしいわね。」
応対して異界を分析する。一応、迎にはすぐ対応できるように鏡の後ろに待機してもらおうと思ったのだが、そんな必要もなかったらしい。封鎖された部屋に浮ぶ、霊体の意識。彼女はどこに行っていない。ここにいるが、見えなくなってしまっただけ。
「影を引っ張られて、本体が向こうに行ってしまった。入れ物のなくなった心はこちら側では見えなくなった。」
「救出法は?」
「影を引き出せば本体は帰ってくる。でも、魂との鎖が劣化したり遠くに行き過ぎて千切れていたりする者は、無理でしょうね。」
けれど彼女には鎖がついている。それを引っ張って、強度を確かめる。劣化とは言わないまでもあまり新しいものじゃない。丁寧にゆっくり、そっと扱わなくてはならない。
「鏡よ鏡、一番美しいのは誰?」
見通す先、鏡の内部に捕らわれた少女の体が映し出された。
「引っ張り出してくるから、出てきたら鎖を切ってくれる?」
鬼斬を手渡しながら言った。迎に鬼斬を預けることには未だ抵抗があったが、鬼斬はこの手の異界と相性が良すぎて一撃にして消滅せしえるだろう。勿論、内部のものも含めて。そして他に方法を探ろうにも、外からの攻撃では鏡が壊れてしまう。潜入は必須だった。
(人間の身体で、いつまで入りこめるかしら?)
人間の身体を引き込む鏡だからそんなに心配もいらないだろう。時空に迷うまでに相手から誘いに乗ってくれるとうれしいんだけど。
鏡の異界に触れれば、身体が沈みこんだ。鎖を辿って目的の場所へ向かう。
(どうやら、相手方は出かけているみたいね)
こんなところで戦闘になっても困るんだけれど。さっさと抜け出しましょう。
影を拘束する荊を加工された異界の短剣で切る。
しかし
(早いわね)
呼び鈴みたいなものでもついていたのか、随分と察知するのが早い。その素早い動きでどんどんと距離を詰められる。細かく動く手と大きく空けた口。ネバつく口内と鋭い歯を見せ付ける。幾つもの赤い瞳の一つと目が合い、不快を感じて鬼灯は短剣を放つ。
蜘蛛の複眼にそれはずぶり、と刺さり込む。随分柔らかく入ったように見えたのは短剣の性能特性によるものだ。痛みに奇声を上げて怒りの度合いを上げてゆくその生物から逃げるように背を向ける。鎖を掴み、少女の身体と固定されているのを確認した。
(強度は十分。後ろのあれに鎖を噛み切られないよう、注意しなくちゃいけないわね)
少女の身体はこの空間内のせいか、魂の重みがないせいか、ずいぶんと軽い。けれどその分意識もないので先に行くように促して自力で脱出させることも叶わない。鬼灯自身が荷物のようにつれていかねばならないのだ。
少女の身体を担ぎなおし、鎖を巻き取り回収しながら進む。道に迷わないよう、慎重に進みたかったのだがこれでは無理だった。すでに蜘蛛は回復し、こちらに向かってきている。
武器となる短剣は蜘蛛の眼に刺さったままである短剣一つのみ。あの蜘蛛ならば鬼灯の方が上位格であるが、異界の攻撃なら絶対防御が出来ても物理攻撃になってしまえば鬼灯の方が圧倒的に不利だった。体格もそうだが、この空間の支配権は向こうにある。身体能力が上がったところで所詮は人の身体。ただの暴力には人間の体は耐え切れない。
(直接戦闘は避けるべき、なのよね。もしくは超近距離で応対すれば小回りの聞くこっちの方が有利なはず)
蜘蛛は遠距離攻撃に糸しか持たない。しかし、それが何の有利になることか。
「火遊びは好きかしら?」
懐に忍ばせておいた紙。夏梅の作った札である。炎を起こす術式の書かれたもの。本来、異界には扱うことの出来ない異界対策用の戦闘用具である。それを、封印の施された――紐で縛られた――状態で持つ。そのままでは発動しない。
すでに鏡の出入り口は視界の先にある。鎖を通して空間を繋いだままの状態で、蜘蛛の異界が形成したこの世界へと清浄なる光を降り注ぐ。
鬼灯は少女の身を置き、その場から離れるように蜘蛛へと向かう。かの異形からは一瞬としか思えない速度で近寄るが、蜘蛛は条件反射か動体視力か、その動きに動きで持って対応する。頭上近くに取り付く鬼灯に向かい腕は振り上げられ、糸は空にばら撒かれた。目的を持つように鬼灯へと迫るが、それはかわされる。着地の姿勢から素早く立ち上がり、疾走すると前転するとその眼に突き刺さる短剣へと手を伸ばして掴む。それを支点に地面へと前転するようにして着地。腕の攻撃はバランスを崩させ、糸は自身を拘束するように蜘蛛の身体へと張り付く。
「哀れなものね……。」
無様な姿に背を向けて、避難した。
と、キオオオオオオ!!!と蜘蛛の奇声が背後に上がる。炎上する。
(早く出なければ……)
空間を形成していた主が消えたのだ、現実でも異界でもないこの空間はただ歪み、消滅する。
「 っ」
一瞬の判断で少女の身体を鏡の向こうへ突き放す。
「っあああ――!」
一瞬後に襲う痛み。身体がバラバラになるかという衝撃に鬼灯の体は空間を転がった。蜘蛛の異界の一撃が鬼灯の身体を撃った。
「っごほ」
腕を支えに体を起こせば唾液と交じり合った血が空気とともに吐き出される。身体は動く。しかし、その動きはどこか鈍く、先ほどまでの素早さは完全に消え失せていた。
一方の蜘蛛は炎に身体を焼かれ、今にも命尽きんとしながら瞳をぎらつかせて鬼灯を見ていた。それは怨恨。赤い色彩で照る眼には同じ異界ながら脆くひ弱な存在の内側に寄生した同胞。自らを滅ぼさんとした、上位者。
「己――許さんぞ……っ!!」
その弱者なる肉体で見下す上位者に向かい蜘蛛は言葉を吐き出した。そのことで鬼灯の誤解も解ける。なぜ、あの獄炎で息絶えなかったのか。甘く見すぎていた。実力を分かりやすく数字で表すとレベル5の自分が居てレベル1の相手を倒そうと思っていたらレベル3だった、というぐらいだろうか。その驚きに値する。尤も、どちらも低次元だということには変わりない。
「話せたのね、あなた。勘違いして油断しちゃったわ。」
口元に残る血の痕を無造作に拭い、しかし身体は力が抜けたまま鬼灯は蜘蛛と正面に相対する。逃げられない状況。瀕死なのはどちらも同じだった。
痛覚はない。負荷がかかっている為に動けないだけだ。指令に順じて回避運動を行動しようとする身体は身を起こそうと何度も手と足で自らを支えようとする。しかし、どうにも上手く行かない。神経系に衝撃が走ったのか、立ち上がる行動が出来ず四つん這いからずしゃり、と地面にぶつかる行動にしかならない。
(もう、駄目ね――)
笑顔で、眼を瞑る鬼灯。小者、と油断していたのはこちらだった、と反省する。異界としての本能はこの危険に身を震わし、警告を発するが、人間の体は動きそうもなかった。
己の命を諦める思考をしながら鬼灯は己を支配し始める不穏なものを理性で押さえつけていた。破裂しそうなほどの衝動は動かない身体を動かそうとして、無茶な指令を飛ばす。
――――殺せ。
蜘蛛の攻撃、猛打が始まろうとしていた。
――――殺せ。
恨みを持った瞳は血のように赤く、蜘蛛の身体は焦げ臭かった。その無数の腕が振り上げられている。今にも放たれんとする。
――――殺せ。
鬼灯は本能から来る指令に、自身の意識が飛ばされそうだった。
「遅い」
一閃。
白刃が煌く。そして、鬼灯の目前、蜘蛛がズレた。
「せっかちねぇ……」
苦笑する。その身は動かないまま、表情だけは浮かんだ。
悲鳴すらを残さずに消え失せた蜘蛛。現れたのは迎だった。その手には鬼斬が握られている。鞘という封が着いたまま、それを振るったそうだ。威力は抜き身より減退しているが、その異界の猛威は十分に振るわれているだろう。すぐさま出なければ時空の狭間に閉じ込められしょう滅してしまう。その出入り口はすぐ背後にあった。
「彼女は?」
「もうすぐ眼が覚めるだろう」
迎は鬼灯に近寄ると、無造作に抱き上げた。一瞬驚いた顔をした彼女だが、じっとして迎にしがみ付く。
鏡の膜は粘つくように二人の身体を包み、やがて世界を白く埋め尽くす。余りの眩しさに眼を閉じると、違和感。不快な圧が消えていた。
目を開ければ部屋に戻っていた。主は未だ眠りに着いたままである。穏やかな呼吸が静寂に満ちている。
「姿見、は手鏡に加工してもらいましょう。その方が持ち運び便利よ」
鬼灯は回復してきた身体を確認しながら笑顔で提案した。




