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第8話 すれ違う想い


あれから数日後ユウは目を覚ました。


モーエヴィンの使った治癒魔法が功を奏した様でお医者様曰く数日安静にしていればいずれ元通りの生活を送れるとの事だった。


私が彼に会う事ができたのはその日の夜だった。


私は夕食を用意し彼の元へ運ぶ。


「失礼致します。

お食事をお持ちいたしました。」


「入れ」


部屋に入ると蝋燭のみで照らされた薄暗い寝室のベッドに彼は横になっている。


顔色はまだ優れないがきっと貧血のせいなのだろう。


「今日は栄養の豊富なお食事を用意いたしました。」


私はベッドサイドにあるチェストの上に食事を置く。


「では私はこれてで失礼「待て」


私が部屋から出ようとするとユウに制止される。


「こちらへ来い」


彼に呼ばれ私は素直に従う。


きっと血が欲しいのだろう。


「はい」


私は首元をはだけさせ彼の元に寄る。


薄暗い寝室にベッドのスプリング音がやけに大きく響く。


私がどうぞと差し出せば彼は私の目をしばらく見た後首筋に齧り付く。


痛い筈なのに何処か心地良いと思ってしまう。


彼に所有されているんだという多幸感、そして私の血を求めてくれる彼に対して芽生える母性。


そしてこんな私にも優しく丁寧に接してくれる誠実さ。


実際駄目な考えだと分かっていても彼から向けられる愛情にも似た支配に私は抗えなかった。


ひとしきり血を吸うと彼は傷口に優しく舌を這わせる。


「んっ……」


やはりこのくすぐったい感じは何度経験しても慣れないものだ。


「以前とは違う味だがこれはこれで悪く無いな。」


彼は顔を上げると今度は私の唇を奪う。


「ん……はぁ……これ以上はいけません。」


私の口内を舌で好き勝手に荒らしながら彼の手は私のシャツの下へと伸びていく。


流石にこれ以上はマズい。


「ユウ様駄目です。

今は安静にしなければならないとお医者様に言われているでしょう。」


彼の胸板を強く押せば彼は正気を取り戻した様で私の上から退いてくれた。


「すまない、つい久しぶりでブレーキが効かなかった……。」


そう言いながら恥ずかしそうに赤面する彼の姿がとても愛おしいと感じてしまう。


「いえ、でも食欲はある様で安心致しました。」


私がそう返すと彼は何処か淋しげな表情を浮かべた。


「涼香こそあんな事があった後なのにすまなかった。」


彼は私を優しく抱き寄せる。


分かっている。


私は彼にこんな事をしてもらっていい立場の人間では無い。


頭では理解している筈なのに、心の何処かでこの瞬間が永遠になってしまえばいいのにとすら思ってしまう強欲な私がいる。


でもずっとこのままじゃいられない。


私の中にある意地汚い欲望を押し込めいつも通りの使用人の涼香に戻る時間だ。


「私こそありがとうございます。

一端の使用人にもこんなに気にかけてくださる優しい主人を持てて私は幸せ者です。」


名残惜しいが私はユウから離れる。


「ではそろそろ私は失礼いたします。」


私ははそう言い彼の寝室を出た。



***



あの出来事から一月が過ぎたある日。


私の元に一通の手紙が届く。


私はこの国では見かけない便箋にもしやと思い血の気が引く。


内容はこうだった。


『氷宮涼香これを読んだのであれば直ちに村へ戻ってこい。

家の事について話がある。』という内容だった。


よくもまあ人の命を狙っておいてよくこんな手紙が出せたものだ。


だが今までの様に問題を放置しこの屋敷の者達にこれ以上の迷惑をかけてしまう訳にもいかず私は手紙の通りにするしか無かった。


今から帰る旨を手紙に綴り便箋を運んできた伝書鳩の足に括り付け空へ解き放つ。


『彼には何と言って暫くの間休みを取ろうか。』


モーヴィにだってまた今までの負担を担わせてしまうし申し訳が立たない。


そしてきっと彼はこの事を聞けばごねてしまうかもしれない。


私は少し重い足取りでユウの元へ向かった。



***



「別に構わないぞ」


「……よろしいのですか?」


「嗚呼、寧ろ少しの間という不確定的な雇用をしていたくらいなのだ。

久々の休暇だ、楽しんでくるといい。」


彼は想像していたよりもあっさりと休暇を承諾してくれた。


「ご厚意に感謝いたします。」


私は彼の前から引き下がる。


そのまま自室に帰り私はベッドに飛び込む。


「私は何を期待していたんだろう。」


私は引き留めてもらえなかったという事実に相当にショックを受けているらしい。


結局はただの勘違いだったのだ。


あの日起きた夢の様な時間も彼からの気持ちも本当に夢だったのかもしれない。


だけどよく考えれば気付く事だ。


彼はよくシルキー様とよくお茶やデートをして休日を過ごしたり贈り物を送りあったりするが私に対してその様な事をしてくれた事は無かった。


それに決定的なのは私に今まで『好き』や『愛してる』という言葉を言った事が無かった。


『あの時嘘でも私達は夫婦の関係だと言ってもらえたのが凄く嬉しかった……。』


私はジクジクと痛む胸を押さえる。


でもここが私の引き際かもしれない。


このままでは私は彼の生涯にとってノイズになってしまうから。


ならばいっそ……


私は氷魔法で小さな短刀を作り自分の長かった襟足をばっさり切り落とした。


未練たらしく伸ばしていた髪を机上に置き私は彼らに向け置き手紙を綴る。


『この気持ちは捨てねばならない。』




その晩私は独り彼を想いながら涙が枯れるまで泣き明かした。


未練の一滴すら残さぬ様に。


***


次の日私は早朝に部屋を出た。


最後の仕事になるかもしれない。


私はその足で屋敷のキッチンへ向かった。


少し少ないかもしれないが以前使っていた小瓶に私の血液を数日分ストックしている。


キッチンにもそれらを使ったレシピを書き記したノートを置いてきているので食事に困る事はないはずだ。


そして私は彼の寝室へと向かう。



部屋の前まで着くが今の私に部屋の中に入る勇気はない。


一呼吸置いて私は彼の居る扉に向かって頭を下げた。


「今までお世話になりました。

貴方の幸せを私はずっと願っております。


お幸せに——」


最後は上手く礼を述べることができてきたのかわからない。


段々と涙が込み上げてくる。


いけない、ここで泣いてしまう訳にはいかない。


私は急いで彼の部屋の前から去った。



***


俺が目覚めてすぐの事だった。


涼香は休暇が欲しいと言ってきたのだ。


そういえば最近は少し彼女に頼り過ぎている節がある。


私の食事の事や屋敷の管理までここにやってきてからの二年毎日休む事なく俺に尽くしてくれている。


そんな彼女からのお願いなのだ。


仕事の心配なら問題ない。


以前の様にモーエヴィンに頼りきりになってしまうのは致しかない。


最近の彼女は俺ですら不安になる程実家の騒動によりかなり疲弊している様に見えた。


「別に構わないぞ。」


きっと息抜きも必要だと思い彼女の休暇の提案を飲んだ。


「よろしいのですか?」


涼香は少し困惑している様子だった。


「嗚呼、寧ろ少しの間という不確定的な雇用をしていたくらいなのだ。

久々の休暇だ、楽しんでくるといい。」


「ご厚意に感謝いたします。」


そう言って彼女は引き下がって行った。


「これは涼香が少し落ち着いたらでも良いのかもしれない。」


俺は引き出しの中に忍ばせていた小箱を手に取る。


中には彼女に贈る為の指輪が入っている。


指輪の中央には俺の瞳の色と同じルビーが埋め込まれている。


俺にはシルキーが居る為彼女を正妻として迎え入れる事は叶わないが第二の妻として彼女を迎え入れるつもりだ。


この国では男が女を養っていけるのであれば一人に限らず婚姻を結ぶ事が可能なのだ。


だがルカン神聖国とは風習の違いがあるのでシルキーとは揉めないのを願うしかない。


そんな事を考えながら指輪を見上げる。


カーテンの隙間から漏れる微かな光ですら反射して指輪は控えめながらも綺麗に輝いていた。



***



次の日俺は執務に取り掛かっていた。


俺が倒れている間にかなりの量の仕事が溜まっている。


最近矢鱈と街や村に魔物が出没する様になっているらしい。


そして二日前、東の国ファフコールでここ最近では類を見ない程の魔物の大群が目撃されたそうだ。


ファフコールだけではない。


徐々にだが大陸の東から横断する様に魔物が進行してきている。


このまま放置すればこの大陸は魔物の大陸となってしまうだろう。


俺はそれらの問題処理や対策を練るので殆ど眠ることすらできなくなっていた。



***


三徹目にして俺の仕事はようやく片付いた。


食事を抜いてしまったせいなのか身体に力が入らない。


「何か胃に詰めなければ……。」


俺はそそくさとキッチンへ向かった。



「おやユウ様御公務お疲れ様です。」


そこにはモーエヴィンが立っていた。


「食事三日も取ってくださらないので私心配しましたよ。」


彼は私を強制的に椅子に座らせる。


「とりあえず何か口にしましょう。」


「いや、俺は血が飲めればそれで……「食べましょうね」


「はい。」


こういう時モーエヴィンの押しが強く俺は負けてしまう。


いつも彼の作る料理は俺からしたらゲテモノでしかない。


レシピ通り作るのであれば食えなくもないのだがアレンジを効かせると途端に食えたものじゃなくなるのだ。


そんなモーエヴィンの久々の食事に俺は警戒心を解ききれない。


「召し上がれ。」


目の前に出されたスープは何処か馴染みのある香りがした。


俺はそれをゆっくりと口にした。


「……これは……。」


「お気付きになられましたか。

それは休暇前に涼香が残してくれたレシピで作ったんですよ。」


俺は無我夢中でスープを胃の中に流し込んでいく。


「モーヴィはアレンジをせずここに書いてある通りに作れとレシピ帳に書かれていましたね。」


彼は嬉しそうに涼香の事を話しているが俺にはそんな余裕は無くなっていた。


「早く彼女の作るスープがまた食べたい。」


「欲しくなったら私がいつでも作ってあげますよ。」


「お前に言ってない。」


こんな和やかな空気久々かもしれない。


やはり俺は彼女が居ないと駄目な様だ。



to be continued……

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