第6話 偏食
今回は番外編です。
モーエヴィンの過去編です。
「ユウ様お久しぶりです。」
「シルキー嬢久しいな。
今日は君が好きな茶葉を取り寄せている。」
「あの時のお話覚えていてくださったのですね。
嬉しいです!」
あれから三ヶ月が経った。
久しぶりにいらしたシルキー様は少しだけ大人びてきた気がする。
「今日はユウ様にお話したい事たくさんあるんです!」
彼の手を嬉しそうに繋ぐ彼女は恋する乙女の顔をしていた。
「失礼致します。お茶の準備ができました。」
「入れ」
私は二人に淹れたての茶を配膳する。
私は二人の会話の邪魔にならない様そっと部屋を出て行った。
「ユウ様なんだか以前と雰囲気が変わりましたね。」
「そうでしょうか?」
「えぇ!私としても婚約者がどんどん格好良くなっていくのはやはり嬉しいですから。」
そう言いながら微笑む彼女の瞳に揺らめいているのは淡い乙女の恋心と独占欲の滲む女の本能だった。
***
最近涼香に避けられている気がする。
ユウはふとそう感じる事が増えた。
あの日からシルキーの牽制でユウは今までの様に血を摂取する事が叶わなくなった。
これくらいの我慢今までなら当たり前の様にしていた筈だ。
また乾きを覚えるならまた市場へ行ってまた血を買えばいい。
だがユウの我慢の限界はもうすぐそこにまで来ていた。
早速昨晩鮮度の良いという血を市場で買って来たのだが酷く雑味のする酷いモノだった。
「チッ……気娘の生き血と言うのは嘘かあのペテン師め……。」
どうやらその辺りで適当に血を寄り集めて詰めていた様だ。
「あーあー……。
喉が……気持ち悪い……。」
早く上質な血で喉を潤さねば……そうあの使用人の女みたいな綺麗で穢れを知らない気娘の血を……。
「ヴェッ」
俺はあまりの気持ち悪さに血を吐き戻してしまった。
『嗚呼……こんな事になるくらいなら最初からあんな面倒な約束するんじゃなかったな。』
屋敷に帰宅しフラフラと廊下を歩いていると向かいから誰かが近づいてくる。
「旦那様!?」
「モーエヴィン……」
「大丈夫ですか!?
今お水を持って参ります。」
助けてもらっている身で贅沢にも何故ここで涼香が来てくれないのかと思ってしまう程にユウは……。
「……涼香を呼んでこい。」
相当に飢えているらしい。
***
「ユウ様!」
私はユウの側に駆け寄った。
彼の顔はあの日見た顔よりも明らかにやつれておりどうやらもう起き上がる程の体力も残っていないらしい。
「どうしてそんな風になるまで我慢なんてしたのですか!?」
問いかけるが返事はない。
きっとこの様子だと自力で血を吸う力はあまり残ってはいないだろう。
「……ユウ様、私の無礼をお許しください。」
ユウを床に仰向けで寝かせる。
あまりこの様な真似はしたくないのだが致し方ない。
私は親指の先端を噛み切り自分の血を口に含む。
そしてユウの口から漏れない様口移しで血を少しずつ流し込んでいく。
すると流し込んだ血液を味わう様に彼はゆっくりと嚥下した。
一通り血を飲ませた後、呼吸や状態が安定しているのを確認する。
「よかった……。」
どうやら大事には至っていない様だった。
私はそのままユウを抱えて寝室まで向かう。
「まだ体調は万全ではないので今日は安静になさってください。」
ユウの寝顔はとても穏やかなものだった。
『まさかユウ様がシルキー様との約束でこんなにやつれてしまう程の偏食だったとは……。』
最近は食事の見直しなどを行なっていたのだが、まだまだ改善が必要な様だ。
私はまた今後の対策を考えながらユウの部屋を後にした。
***
ユウはここ最近この館の当主として恥ずかしいところばかり見せてしまっていると感じた。
モーヴィや涼香にも気を使わせて本当に不甲斐なさで死にたくなってしまう時がある。
だがそんなユウが最近気になって仕方がない事があった。
あんなに味のしなかった食事からとても良い匂いがする様になったのだ。
口に運べば普通の食事だが、やはり今までに食事では感じる事がなかった良い香りに鼻腔が刺激される。
ユウはそれ以来食事を残さずに食べる様になった。
何故こんなに美味しいと感じてしまうのかはわからない。
「モーエヴィン少しいいか?」
「はい、いかがなさいましたか?」
ユウはモーエヴィンから聞き出してみる事にした。
「この料理はモーエヴィンが作ったのか?」
「いえ、今の食事当番は全て涼香が担っております。」
「そうか……。」
ユウは何処か引っかかった。
涼香に遠回しに避けられているのと何か関係があるのかもしれない。
「一体どんなスパイスを使ったんだろうな。」
「それは企業秘密だそうです。」
モーエヴィンはにこやかにそう答えた。
***
私はあれ以来、ユウがまた倒れてしまわない様に料理に少量ずつ血を混ぜる様になった。
最初は動物などの血を混ぜたり肉を血抜きせずに出していたがモーヴィの言う通り偏食なのは本当の事らしく、全く手をつけてくれなかった。
なので私の血を予め抜いて瓶詰めにしておく。
そしてそれをわからない程度の量を毎食に混ぜて出す事にした。
そうすればユウは驚くほど食事を食べてくれる様になったのだ。
「そうだ……これでいい……。」
気が付けば私の手は切り傷まみれになっていた。
そんな手をいつも手袋で隠して今日もまたユウの糧となるべく手指にナイフを滑らせる。
「涼香は主人想いの良い従者ですね。」
「ありがとうございますモーヴィ。」
「まあ程々にしておかないと駄目ですよ。
なんせ涼香が倒れてしまったらまた私の仕事が増えてしまう。」
「はい、気をつけます。」
モーヴィはいつもこんな感じではあるが私の事を心配してくれる。
ユウの食料でもあるが同時にこの屋敷の使用人でもある為、無茶をしようものなら凄く怒られてしまう。
「涼香の様な人間なかなか見つからないうえに居たとしてもこの屋敷には来てくれないんです。
なのでしっかり食べて寝てそして働きなさい。」
「はい。」
こんなに自分の身体や体調を気にかけてくれた人は今まで居なかった。
自分の身体なんて大切にした事なんて無かった。
だからついつい無茶をしては怒られるを繰り返してしまう。
だがそんな私の不摂生な生活がある日ユウにバレてしまった。
「涼香、今日厨房に入ったらこれを見つけた。
これは一体なんだ?」
『面倒な人に見つかってしまった。』
それは昨晩朝食に使おうと瓶に詰めた自分の血液だった。
「血液です。」
「それは見れば分かる。
誰の血なのかと聞いているんだ。」
単なる好奇心にしては表情が怖い。
「私のものです。
最近ユウ様は血の摂取を避けておられるのでユウ様の身体が辛くなってしまう前に料理に混ぜて出していました。」
ユウはそうかと呟くと私を壁に追い込む。
「あの、ユウ様。」
「そんなのは今更だろう。
成り行きとはいえあの晩俺の唇を奪った癖してよく言う。」
「……あれは救命措置であって接吻ではありません。」
覚えていたのか。
私は気まずくなり目を背ける。
「使用人が主人に口答えするんじゃない。」
瞬きする間もなく私の口はユウの唇で塞がれる。
だがあの時とは違いユウは私の口を強引にこじ開け口内を舌で蹂躙する。
逃げようにも頭を押さえつけられ引き剥がすことすらできない。
気が済むまで口内を蹂躙するとユウはようやく解放してくれた。
「ハァハァ……」
「すまない、もう我慢できそうにない……。」
回る視界。
彼の高揚した頬。
抑えられない欲望を孕んだ瞳に囚われて身体がまるで床に縫われた様に動かない。
私は本能で理解した。
私はこの人に骨の髄まで喰らわれるのだと。
ユウは私の衣服を包装紙の如く剥ぎ取りお構いなしに首筋に喰らいつく。
もうユウに噛まれるのは何度も経験しているのに催眠無しだと痛くて苦しくてたまらない。
私はユウの身体を押すが押しても踠いても彼は一向に離してくれない。
段々と視界が霞み歪んでいく。
嗚呼私はここで死ぬんだな。
ならばせめて——
「残さず私を食べて」
「……!」
するとユウは顔を上げ私を見下ろす。
「貴方には既にシルキー様がいらっしゃるのは理解しています。
無茶な願いなのも承知です……。
今晩だけで良いのです、私を貴方だけの特別にしてくれませんか?」
「……涼香がこんな男垂らしだとは思わなかった。」
「……貴方にだけですよ。」
そう言い私はユウの唇を奪う。
私からした最初のキスは少し鉄錆の様な味がした。
to be c continued……




