第6話 番外編
今回は番外編です。
モーエヴィンの過去編です。
私には味がわからない。
まだ両親がいた幼い頃は感じていたもののはずだ。
いつも道端に生えた雑草やゴミ残飯を漁る日々で舌は麻痺したのだろう。
今日はまともなものが食べられればいいなと考えながら妹とまた街のゴミ箱を漁る。
***
私は大陸南にある港町で育った。
とても綺麗な町でいつも市場は活気で溢れていた。
だが数年前港から入ってきた疫病で私の両親は他界した。
そして家族は私と妹リオラの二人きりになってしまう。
頼れる知り合いや親戚なんておらず食いぶちに困った。
こんな子供を雇ってくれる様なところなんて存在しない。
そもそも疫病で疲弊しきった港町ではそんな余裕のある人間の方が少ないのだ。
それから私は毎日ゴミ箱を漁って残飯で食い繋いだ。
時には盗みも働いた。
私だけではなく妹にも食わせていかねばならないのだから。
***
それはある日の夕方だった。
いつもの様に残飯を漁り町を歩いていたら港の岩陰に奇妙な人影を見つける。
シルエットは人のはずなのに下半身は魚だったのだ。
私はその岩陰にそっと近付く。
そこには恐ろしい程に整った顔をした人魚がいた。
だが様子がおかしい。
これだけ近づいても警戒はおろか反応すらしない。
そいつの背中には大きな傷痕があった。
きっと海で捕食者に襲われたのだろう。
「回復術ヒール」
可哀想だと思った私はそいつに治癒の魔法をかけた。
即死でなければ大概の怪我や病すら治すことができるが、この力はとても希少らしく人前であまり使うなと両親からきつく言われていた。
数分もすればそいつは目を覚ました。
驚いた様子で岩陰に隠れる。
動きなどに問題は無さそうだと思い私は人魚に忠告した。
「もうここには来るな人間に捕まるぞ。」
そうして私は妹の待つ荒屋へと戻って行った。
***
翌日港は人だかりで騒がしかった。
どうやら港で人魚が水揚げされたという。
私はまさかと思い人混みをかき分け騒ぎの中心へ向かう。
するとそこには昨日傷を癒したあの人魚がいた。
どうやら網に絡まり身動きが取れなくなっている様子だった。
「こんなに珍しい獲物初めて見た。」
「きっとお貴族様に献上されるのだろう。」
「売ればいくらくらいになるんだ?」
物珍しいものを一目見ようと集まる人々に人魚は怯えている。
怯えていた人魚は私の顔を見た瞬間縋る様な目で見てきた。
『そんな目で私を見るな。』
今の私にはどうすることもできない。
私は人魚から目を背ける。
すると人魚を釣ったであろう漁師が人魚の髪を掴む。
「ヒッ……」
「五月蝿いぞ野次馬共!
これは見せ物じゃねーんだ!」
そう言い野次馬を牽制する。
「俺が人魚コイツを釣ったんだ!
全ての権利は俺にある!」
すると漁師は魚を捌く為のナイフを取り出した。
「これは古い言い伝えだが人魚ってのはとある国では不老不死の象徴でな。
昔は永遠に老いることのない美貌と命を求めて貴族や王族連中が乱獲していたなんて話がある。」
そういうと漁師は人魚の首めがけてナイフを振り下ろした。
「ガッ……」
一瞬苦しそうな声が上がるが漁師の腕が良いのか人魚は一瞬で絶命した。
「俺はたった今絞めた人魚コイツを食べてみようと思う。」
周りは一気にざわつく。
漁師は人魚の尾の方の肉を削ぎ口にした。
「悪くねぇ味だな。」
周りがざわつく。
「不老不死なんてそんな御伽話でもあるまいし」
「でも本当ならとっても気になるわ。」
周りの興味津々な反応を聞くな否や漁師はニヤリと笑い大きな声で答えた。
「なに独り占めするわけじゃない。
一人金貨十枚で手の平分の肉を分けてやる。
どうだ不老不死が金貨十枚で買えるんだぞ?」
男は嬉しそうに周りに人魚の肉を売り込み始めた。
その場に居た人々はざわつく。
「無くなってからやっぱり欲しかったは無しだぜ?」
「その肉是非買わせてくれ!」
「ハハッまいどあり」
最初にその肉を買うと声を上げたのはたまたま港町に来ていた貴族だった。
それから数日男は嬉々として人魚の肉を売り噂を聞きつけた富豪や貴族がそごって人魚の肉を買って行った。
そしてたちまちの間に漁師は人魚の肉で一財産を築いたのだ。
この時私は羨ましいと思ってしまった。
あの場であの人魚を助けずに絞めていればその財産は自分のものだったのにと。
私はある時その漁師の目を盗んで肉を一つくすねたのだ。
心の中で言い訳をする。
『これはあの時あの人魚を助けた自分にも分前としてもらう権利があるはずだ。』というこじつけめいた欲望が。
その日私は妹の待つ荒屋に帰り妹と共にその肉を食した。
私は久々に食事の美味しさを実感した。
妹もいつも以上にその肉に食いつき夢中になっていた。
美味しいものを家族と囲み共に食すこの瞬間が幸せだ。
まさかあんな出来事が起こるなど知る由もなく。
***
その夜全身の激しい痛みと腹痛、吐き気で目が覚めた。
「気持ち悪い……」
私は近くにあったバケツに嘔吐する。
そして妹も私と同様に目覚めたらしく用を足す為外を何往復もしていた。
数時間経ってようやく吐き気や痛みは落ち着いた。
きっときちんとあの肉に火が通っていなかったのだろう。
明日身体に良い薬草を取りに行こうと思い眠りについた。
妹の戻りが遅い事にも気付かず。
***
翌朝目が覚める。
しかしいつもは隣で眠っている筈の妹の姿が何処にも無い。
私は不安になり狭い部屋を隅々まで探すが姿がない。
そういえば昨晩何度もトイレに行っていた事を思い出し俺は外に設置されてあるトイレを確認した。
直後足元から崩れ落ちる。
妹は口から赤黒い何かを吹き出しながらトイレ前に倒れていた。
身体を持ち上げ揺すりながら名前を呼ぶが反応は無い。
身体はとっくに冷たくなっており妹の身体は想像以上に軽かった。
私はその日声が枯れるまで泣いた。
私があんなくだらない欲を出したせいで妹は死んだ。
きっと見殺しにした私を人魚が呪ったのだろう。
私は数日、何も口にすることができなかった。
***
その数日後、人魚を売った漁師は貴族により殺人の容疑をかけられた。
どうやら人魚の肉を購入し食べた者達が次々に不可解な死を遂げていた事で容疑がかかったらしい。
そして遺体の発見者は口を揃えて惨い死に様だと語った。
何故ならその者達の内臓は赤黒くドロドロに溶け穴という穴から飛び出て亡くなっていたという酷い惨状だったそう。
漁師の男は無差別殺人犯として死罪になった。
しかしその男は執行人があらゆる手を使って屠ろうとしたが死ぬ事はなかったのだ。
むしろどれだけ深い外傷を負わせても数秒で治癒してしまう。
そして死刑執行は諦めたのか気味悪がったのか分からないが城の地下牢に永久に投獄されることが決まったらしい。
それ以来人魚の肉は禁忌とされ流通は愚か食卓に並ぶことすらタブーになった。
***
そんな出来事から十年が経った。
俺は使用人ギルドで使用人見習いとして務め先が決まり仕事で忙しい日々を過ごしていた。
だが私の若いまま老いる事も成長することもない姿が不気味だったのだろう。
その港町では妙な噂が立ってしまい町に居づらくなったは私はいくつもの場所を転々としながら働いていた。
そんな最中に私を専属の使用人として雇ってくれるという人物が現れたのだ。
それがアウルム帝国の初代国王ヴァレリアン・オール・アウルムだった。
それから私はアウルム帝国の滅びるまでの五百年一日たりとも休まずに使用人としての職務を全うした。
そしてアウルム帝国が五つの国に割れた約二百年前、国民により討たれた王に代わって貴族の中でも中立派だったヴァーミリアン家が国民の船団に立ち民主主義国家センチュラルを作り上げたのだ。
センチュラルができた当初はヴァーミリアン家は狡猾だとか粛清するべしとの声も多かったがその当時まだ現役だったヴァーミリアン家の先代当主は切れ者で国内の争いを身内の兵に鎮めさせ紛争で飢えた民に施しを職を無くした者にも国の復興の為に働き口を紹介し各方面に恩を売っていたのだ。
そしてそんな先代当主を手伝い紛争を鎮圧したのが当時20歳になられたばかりのアイル様だった。
それから国は徐々に安定し三十年後に先代当主は当主の座をユウ様に譲り奥方様と共に田舎の別荘に隠居した。
そしてアイル様は隣国のノエル国に婿入りが決まったのだ。
私もユウ様に仕えてもう二百年が経とうとしている。
だがこの世界は瞬く間に移り変わる。
死ぬ事はもうできないがこの世界が滅びる日まで私はこの世界を彼らと共に見て感じて歩んでいきたい。
「何をボーッとしているのだモーエヴィン。」
「いえ、少し考え事をしておりました。」
だってこの人達の元に居れば私は退屈なんてしないのだから。
***
【おまけ】
「買い出しお手伝いありがとうございます。」
「いえ、丁度私も買いたい物があったのでついでですが、私こそいつもモーヴィ一人に任せてしまってすみません。」
私とモーヴィは本日の昼、街に買い出しに来ていた。
街はすっかり聖夜祭が近づき露店が立ち並んでいる。
「それよりも涼香は最近とても嬉しそうですね。
何かいい事でもあったのですか?」
「いい事とは?」
「もしや恋人ができたとか?」
私は照れくさくなり顔を背ける。
「こ、恋人とは限りませんよ。」
「ハハ〜ンこのモーエヴィンを欺こうなど千年は早いですよ。」
どうやら最近話題に飢えているのか矢鱈と首を突っ込んでくる。
「私は長年様々な数々の人間を見て来ているんですよ、故に誤魔化せるとは思わない事ですね。」
フフフとドヤ顔で笑うモーヴィだが彼の発言は見た目に反してかなりお爺ちゃん臭いというか何というか。
「モーヴィは時々生きた化石みたいな事言いますね。」
「今ストレートに失礼な事言いましたよね?」
私の返答にモーヴィから綺麗なツッコミが入る。
この際だと思い私は少し踏み込んでみる。
「年齢は私と対して変わらないくらいなのに矢鱈と商店街のお爺ちゃんお婆ちゃんとも顔見知りですし。」
「それは私が単にお年寄りに人気なだけかと。」
ドヤ顔で見下ろしてくるモーヴィに私は追撃する。
「ですがこの間なんてアイル様のオムツ替えをした事があるなんてユウ様の前でポロッと零していたのでつい。」
するとモーヴィは急に黙り込んでしまった。
何か地雷を踏んでしまったのだろうか。
流石に年齢に関する事だ。
ヴァーミリアン家の七不思議と言っても過言ではない彼の素性に関する事をこれ以上掘り下げるのは失礼だろうと思い私は謝る。
「すみません前々からつい気になってしまっていて、つい詮索してしまう様な事を言ってしまいました。」
私が謝ると彼はフッと笑いいつもの調子で話し始める。
「別に構いませんよ。
聞かれて困る事でもありませんから。」
空も少しずつ日が落ちていく。
「さて早く戻らねば夕食の時間が押してしまいますね。」
「今晩は腕によりをかけて作ります。」
「楽しみにしておりますね。」
まだ屋敷までは距離がある。
モーヴィと同じ屋敷で働く者としてこれからも仲良くやっていければ良いなと思う。




