第36話手紙(アンside)
それはある日の昼間、共に暮らしていた涼香が余に頼み事があると一通の手紙を差し出してきた。
「よろしく頼む。」
娘はまるで死ぬ事をわかっていて尚、逃れられない運命に身を任せ戦地へ赴く兵士の様な表情をしていた。
『こんな表情を見たのはどのくらい前だっただろうか。』
昔、友人でもあり相棒でもあった男が似た様な事を言っていたなと思い出す。
この国の事、民の事あとは任せた——
『思い出すのは止めよう。』
あの出来事は思い出しただけで気分が悪くなる。
涼香はそんな余の様子など知る訳もなく、とある人物にこの手紙を届けて欲しいと言ってきたのだ。
これを宛先の人物に渡せという事だろう。
本当にこの娘は余をなんだと思っておるのかと問いただしたくなる。
「余は高貴な存在である、故に顎で使われるのはこれっきりだぞ。」
悪気もない涼香から文を預かると余は宛先に書いてある人物の場所へと向かった。
『片道数日と言ったところか。』
昔と地形などが変わっていなければ、目的の場所に行くまでに高い山岳地帯に囲まれた雪山を数日かけて越えねばならい。
その雪山は知識のない者が登れば半数が命を落とす死の雪山とも呼ばれている。
その山さえ通り抜けてしまえば、あとは数時間程飛べば目的の場所へ辿り着く事ができる。
『相変わらず暴力的な寒さだな。』
古い地図の記憶を頼りに雪山を通り抜けて行った。
***
「やっと着いたぞ、技術大国ノエル。」
ノエル国、それは大陸北部に位置する国で年中雪の降る極寒地帯だ。
だが私が用のある場所はノエル国でも最南端にあるこの街だ。
ここに今回の目的の人物がいるらしい。
できれば渡してすぐにでも帰りたいのだが、いかんせん七百年間遺跡に引き篭もっていたせいか昨今の文明や情勢にはあまり詳しくない上にノエル国に来たことすらない。
何故ならドラゴンは寒暖差にとても弱いからだ。
それ故に年中程良く暖かいファフコールにずっと居座り続けていた。
それが今は寒空の下人探しをしている。
保温魔法で体温を保ってはいるがそれでも寒い。
「何処にいるのだ……。」
そうして街を歩き回っていると背後から声をかけられた。
「そこの小柄なお嬢さん!僕とお茶しない?
できれば二人っきりになれるトコロで♡」
「フム……余を誰と存じて声をかけておるのだ、元勇者よ。」
「あ……。」
その瞬間その場の空気が凍った。
「丁度其方を探しておった所だ。
よい、余に茶を振る舞え。
二人きりになれるところでな……。」
元勇者に向けて舐められない程度にオーラを振り撒く。
「わ、わかったよ……。」
やはり軽薄な男だ。
恐らくこんな調子で色々な娘に声をかけては火遊びをしておるのだろうなと勘ぐる。
「少し釘を刺してやらねばならないとな……。」
『なんだが悪寒がする……。』
そうして元勇者を引き連れて人の出入りの少ない茶屋へ入った。
***
店に入り店の者に個室を用意させ通してもらう。
余が席に腰掛ければ反対側に元勇者が恐る恐る座った。
「何故黙るのだ?何か申せ、もしくは芸でもして余を楽しませてみよ。」
そう言うと元勇者は口を開いた。
「あの……どうしてわざわざ僕のいる国までいらっしゃったのでしょうか……?」
「この手紙を其方へ渡す様に涼香から頼まれたのでな。
友人の頼みだ、さっさと受け取れ。」
そうして余は元勇者の前に手紙を差し出す。
「要件は以上だ。
もう貴様と話すことはない。」
そうして余が席から立ちあがろうとすると元勇者に引き止められた。
「待ってくれ、折角お店に入ったんだから何か食べて行ったらどうでしょう……?
ここのお店前に来たことあるんだけどすごく美味しいんだ……ハハハハ……。」
元勇者の顔からは相変わらず緊張が抜けていない。
まあそうだろう、かつて余は目の前に座るこの男アイル・ルーン・ヴァーミリアンと敵対していたのだから。
ヴァーミリアン家、今も尚国の政治の中核にいるエリートの家系だが、その先祖であるヴァーミリアン宰相は運の悪い奴だった。
宰相はとても頭の切れる男で皇族と貴族の中立派として振る舞っていたが、階級の高い貴族から税を多く取る政策を考案して以来彼は貴族派の連中の反感を買ってしまい目の敵にされていた。
そんなある日、宰相は貴族派の連中の一人から死角を向けられた事により生死を彷徨った。
結果的に近くを通りかかった始祖の吸血鬼に血を分けてもらう事により生き永らえた。
そしてその息子であるアイルはその戦争で武勲を挙げ勇者として祭り上げられたのだ。
だが話はそこで終わらない。
二百年前、ノエルという男が革命を起こし余が長らく苦楽を共にした皇帝やその身内を全て処刑したのだ。
そのうえ皇族の墓を暴きその遺骨を魔の森へと撒いた。
そしてソイツに手を貸していたのがヴァーミリアン家の者達だった。
中立派がなんと言われてノエルに丸め込まれたのかとかはどうでもいい。
ただこの悲しみと怒りの炎は余の命が尽きるまで燃え続けるであろう。
「ずっと話しかけても無言だし、料理勝手に注文しちゃっても大丈夫かな?」
「……元勇者、この店で最も美味いものはなんだ?」
そう言うと彼は返事をした。
「ハイ、これなんてどうでしょうか。
女性からはとても人気らしいですよ……。」
「フム、肉ではなく甘味か……ならそれにする、店の者を呼べ。」
「わ、わかりました……。」
全く他の娘の前ではすぐにでも宿に連れ込む機会を伺っていそうな目をしているヤツも今はとても大人しい。
「其方はまるでうさぎの様だな。」
「うさぎ……?僕が……?」
「嗚呼、繁殖力が高くて常に発情している、其方にぴったりではないか。」
余がそう笑うと元勇者は渾身のジョークを半笑いで透かしてきた。
「はぁ……つまらぬ反応をするな。
もっと余を楽しませよ、退屈など身体に毒だ。」
そうして余はアリスと涼香以外の者と久々に食卓を共にしたのだった。
to be continued……




