第35話 庭園にて
あの出来事から数日、本能の様子は落ち着いており穏やかな生活を送れていた。
この日はアリスと共に庭に出ていると頭上にいる大きな影がかかる。
私は上を向くとそこには見覚えのある黄金のドラゴンの姿があった。
『ただいま戻ったぞ!』
「おかえりなさい。」
「おかえり」
アンはドラゴンの姿から少女の姿に変化していく。
「言われた通り荷物を届けてやったぞ。
余の働きに感謝するがよい。」
私はアンの元へ駆け寄る。
「ありがとうお陰ですごく助かったわ。」
「本当にこれで良かったのか?」
「……。」
アンはとても心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。
恐らく手紙の送り主伝に内容を知ってしまったのだろう。
「それとアンに話しておきたいことがあるの。」
そして私はアンに私のこれまで身に起きた出来事とこれから起きるであろう最悪の事態の対処をアンに一通り話した。
「其方は自覚が無いのだろうが、涼香は面倒ごとを更に面倒にしている自覚を持て、決断は尚早だ考え直せ。」
「でももう私にはゆっくり考える時間なんてもうないんから……。」
「……。」
アリスが不安そうに私を見ている。
その時私の背後から声がかかった。
「お取り込み中すみません。
涼香、主人様がお呼びです。」
「モーヴィ」
そして私はユウからの伝言と言われモーエヴィンから小さな紙切れを手渡された。
紙切れには伝言が書かれていた。
内容は『今晩十二時、屋敷の外にある国立庭園へ来てほしい』というものだった。
「存外私の主人様は欲深い方の様だ。」
「?」
何をするのかはわからないが、とりあえず指定された場所へ向かわねばならないというのは伝わった。
その日の夜、私はアンにアリスの面倒を任せて屋敷の外の指定された庭園へと向かう事となった。
***
「綺麗……。」
その日の深夜、伝言の通り庭園に着くと色とりどりの花が私を迎え入れてくれた。
私自身花にあまり縁のある生活を送っていなかった事もあり、あまり詳しくはわからないが少しの花の名前、あとは綺麗で香りが良いくらいは知っている。
そして私は夜空を見上げながら街灯だけが頼りの薄暗い庭園を暫く歩いた。
庭園を照らす月は何処か優しく私の醜い本性を優しく鎮めてくれている気がした。
『とても落ち着く……。』
これが花の効能なのかはよくわからない。
今は春先で春の花は少しずつ蕾を膨らませてきている。
随分と庭園を歩いた頃、庭園のテラスに腰掛ける見覚えのある人影を見つけた。
「ユウ様」
私が声をかけるとユウは私に気付いた様子でこちらに近付いてきた。
今日はいつものシャツとベストではなく何処かのパーティにでも行くのだろうか、ユウはシワ一つない綺麗なタキシードを着用していた。
そしてその手には白薔薇の花束が握られている。
「待っていた。」
「こんな場所に呼び出すなんて珍しいですね。」
私がそう返すとユウは答えた。
「それについてはこれから話す、聞いてくれるか?」
「はい」
そう返すとユウは私の前に跪いた。
「涼香、これからは俺と対等な立場でずっと側にいて欲しい。」
「対等……ですか。」
「そうだ。」
ユウは手に握られていた花束を差し出した。
ユウは私をまっすぐな目で見つめたまま目線を逸らさない。
だが私はユウの目を見ていられなくなり目を逸らした。
「これは都合のいい夢なのでしょうか……?」
「ちゃんと現実だ。」
ユウは私の呟きに即答する。
「無理です……私が側に居ればいずれ理性が朽ちた時、またユウ様達を傷つけてしまうかもしれない。
それにもう……貴方には……」
「構わない。」
私は反射的にユウの顔を見る。
「そんな理由で涼香を諦められる訳無いだろう。」
「酷いですね……。ユウ様には既にシルキー様やその子供達が居ると言うのに……。」
「この国では複数妻を娶ること自体なんの問題もない。
あとは涼香次第だ。」
ユウは視線を逸らす事なく私を見続けている。
「俺は涼香の思っている以上に君を愛している。
その内に宿る本能ですら恐ろしい程に綺麗だと感じてしまう程に。」
「……っ。」
ユウは私の言い分をあっさりと切り捨て絆そうとしてくる。
私の手は震えていた。
だがどれだけ私が駄目な理由を並べたって覚悟の決まっているユウに対抗なんてできるが訳がなかったのだ。
昨日シルキーとの営みに出くわしてしまった後という事もあり私の中での嫌な先入観は拭えない。
しかし私の本心はユウの手を今にも取ってしまいたいとすら思ってしまっている。
でも私にそんな選択肢は存在しない。
世間は想像以上に残酷でとても冷たい。
故に私が万が一ユウの手を取ってしまえばユウは周囲の者達から最悪なレッテルを貼られてしまうだろう。
そうならば本能に無理矢理見せられたあの夢の様になってしまいかねない。
それに私より先にユウと結婚したシルキーやその子供達はどうなる。
『私は……これ以上何も傷つけたくない……。』
私は乾いた喉から声を絞り出した。
「プロポーズはすごく嬉しいです。
私は今にでも貴方の手をとってしまいそうな程、心からユウ様をお慕いしておりますから。」
「!?……では俺と——」
「ですがごめんなさい。
私は貴方に相応しくありません。」
私はユウからのプロポーズを断った。
『これでいい……。』
すると先程まで跪いていたユウがスッと立ち上がり私の肩を掴んだ。
「何故だ?お互いに想い合っているのに……涼香は何故俺の事を受け入れてくれない。」
私は顔に氷の面を貼り付けた様に冷ややかな表情を作りユウに答えた。
「分かっているでしょう。
私はもう四年前のあの頃とは違うんです……。
今の私にはそんな資格なんかない。
だって……私は……
勇者に消される存在になってしまったのだから。」
瞳が熱くなって涙が溢れてしまいそうになる。
泣くな、私なんかにそんな権利はない。
そして私は放心するユウの手を払う。
ユウに愛していると言ってもらえたその記憶だけあればそれでいい。
それだけで私はこれからの短い余生を生きていけるから。
そうして私はユウの目の前から去ろうと後ろを向こうとしたその瞬間自分の身体が言う事を聞かなくなる。
「でも……一つだけ貴方と一緒に居られる方法があるわ。」
ユウはその言葉に反応する。
「何をすれば良いんだ?」
「簡単な事よ。
貴方の魔核ワタシに頂戴——」
to be continued……




