第34話 堕落
日の光降り注ぐ一面の花畑に二人きり
私は一瞬で夢だとわかった
何故なら私の隣には日の元には行くことのできないユウが居たからだ
仲睦まじく手を繋ぐ様はまるで恋人の様だった
こんな夢の様な話あっていいのだろうか、いや夢なのだけれど
「涼香」
優しい声色で名前を呼ばれ私は振り返る
「 」
ユウが私の髪を優しく撫でる
ユウに口付けをされるその瞬間私の意識は覚醒したのだった。
***
目が覚めるとそこは知らない外の景色だった。
確か昨日私はユウとの話し合いが終わった後、部屋に戻る途中で意識を飛ばしてしまったのだ。
とりあえず私は状況を把握しようと起きあがれると身体に違和感を感じた。
「いった……なんだこれは——」
身体は全身筋肉痛、そして魔力切れ特有の倦怠感が私の身体を襲った。
そして身体を動かした際に体に張り付く不快感で下を見てみると服にはべったりと血痕が付着していた。
「まさか……」
私は嫌な予感がして周囲を見渡した。
そこには大量の魔物の死骸が足元に転がっていた。
そしてどの死骸も的確に急所を突かれ絶命している。
「最悪だ……。」
遂に危惧していた事態が起きてしまった。
私は本能をコントロールする事が出来なくなっていた。
「……どうしよう。」
私はこうなった時の本能の止め方を知らない。
このままではまたいつ本能が人を襲ってしまうかわからない。
『……なんとかしないと。』
もうしのごの言ってられない、こうなってしまえばどうせもう私は助からない。
ならばせめてユウやアリスには迷惑をかけない様にここから消えなくてはならない。
アリスの事はアンに任せよう、アンなら短い付き合いだが信頼できる。
ユウも昨日のあのやり取りで患っていた病は完治した筈だ。
そうなればユウは私にもう用は無いだろうし問題ない。
でもその選択を心の何処かで拒む自分がいる。
「……結局私は未練だらけのどうしようもない奴だな。」
できる事ならアリスともっと一緒に居たかった。
その可愛らしい姿が大きく立派になっていく様を一番側でずっと見ていたかった。
それにユウとだって例え妻や恋人になれなくとも側で支えてあげたかった。
その為にファフコールから帰ってきたというのに現実はなんて残酷なのだろうか。
もうあの時の様に涙は流れない。
「なんだかお腹が空いたな……。」
魔力切れでふらつく身体に鞭打って私は転がっている魔物を胸から魔核を引き摺り出す。
そして魔核を抜き取り無心で口に入れ飲み込んでいく。
『あと少し……もう少しで——
全て 手に入る の——』
私の内側で本能が囁く。
『だってアナタとワタシ
とっくの前に
一心同体 なんだから——』
なんだか本能はとても嬉しそうだった。
何を企んでいるのかわからない本能に不安が募る。
「早急に手を打たないと……。」
私は魔力補給を済ませた後、近くを流れている川沿いを辿ってセンチュラルの街へと戻った。
***
その日の晩、私はとある人物に文を綴った。
万が一私に何かあればその人物を頼らなければならなくなる。
要するにその為の保険だ。
そしてその文をアンに届ける様に頼み込んだ。
アンは空を早く飛べる故に私はよくアンを頼ってしまう。
最初は鎹代わりにされるのをかなり嫌がっていたが、私がしつこく頼んだ事もあり渋々了承してくれた。
「よろしく頼む。」
「余は高貴な存在である、故に顎で使われるのはこれっきりだぞ。」
そう言いアンはドラゴンの姿に戻り空が暗い内に屋敷を立った。
恐らく早くても戻って来るのに恐らく数日はかかるだろう。
「無事に届いてくれ。」
そうして私は再び信じてもいない神にまた祈った。
***
私はアンを見届けてから自室に戻る。
アリスは日中元気よく遊んで疲れているのか私の帰りを眠たそうに待ってくれていた。
「まだ起きてたのか。」
「だっていっしょにねたいんだもん」
あまりの可愛さに私は一瞬昇天しかけるが平静を取り戻す。
「ごほんよんで」
「わかった、今日は何がいい?」
「これ」
アリスが私に見せたのは一般的に広く知られる童話とはまた違うテイストの物語だった。
「アリスにしては珍しいチョイスをしているな。」
「きょうはこれのきぶんなの」
そう言う娘に急かされて私は本のページを開いた。
♢♢♢
— 蜘蛛と蝶 —
昔あるところに蜘蛛がいました
その蜘蛛はいつも蜘蛛の巣の上で退屈な日常を送っていました
そんなある日蜘蛛の元に一匹の蝶が現れました
とても美しい羽を持つ蝶に蜘蛛は一目惚れをしてしまいました
蜘蛛は蝶の気を引こうとたくさんアピールをしました
だけど蝶は蜘蛛に見向きもしません
そんなある日、蜘蛛は蝶に番がいる事を知ってしまいます
それに嫉妬した蜘蛛は大好きだった蝶を食べてしまいました
そして蜘蛛はこう言いました
「これでわたしたちはずっといっしょよ」
♢♢♢
「……おしまい。」
「……スー。」
「寝たのか。」
私はアリスにそっと布団をかけ室内を照らす蝋燭をふっと消した。
『なんだか出会った頃の私とユウみたいな話だったな。』
考えすぎかもしれないがどうしてもユウと蜘蛛が重なって見えてしまう。
「早く寝てしまおう。」
最近はただでさえ本能に身体を好き勝手に動かされ疲労が蓄積しているのだ。
私はアリスの寝ているベッドに入る。
「おやすみなさい。」
そして私はアリスの額におやすみのキスをして眠りについた。
***
その日の晩だった。
私はふと目が覚める。
まだ日は登っておらず外は暗い。
寝ようにも眠れない私は喉の渇きを覚えベッドから起き上がった。
「……水……。」
私が水を飲もうと水差しを持ち上げるが容器は軽く、中には水が入っていなかった。
どうやら寝る前に飲み切ってしまっていた様だ。
私は渋々部屋を出て水を貰いに外の井戸へ向かった。
***
「よし。」
水を汲み終え屋敷へ上がろうと屋敷の方向を向くと一部屋だけ灯りがついていた。
そこはユウの寝室だった。
「今の時間は執務室で仕事をされている筈では?」
私は不安になりユウの寝室へと向かった。
不安だ。
病み上がりの身体に無理をして仕事を詰め込むユウの姿が思い浮かんでしまう。
私はユウの寝室の前まで辿り着きノックをしようと手をかざしたその時だった。
「ユウ……んっ。」
ユウの寝室の中からはシルキーの声が聞こえてきた。
そしてそれに応える様にユウの声も同じく扉の向こうから聞こえてくる。
日頃の用向きであればシルキーがユウの寝室なんて普通訪れる筈が無い。
私が扉の前でボーッと立ち尽くしていると次第に扉越しに艶かしい声が聞こえてきた。
『そうか……今私は彼らの邪魔でしかない。』
私はノックの為に構えていた手を下ろした。
「私なんて居なくてもユウはもう生きていけるんだ……。」
その現実を目の当たりにしてしまい目の前が真っ暗になった。
そしてこれ以上二人の情事の声を聞きたくない私は寝室の前から立ち去った。
『こんなのは忘れてしまおう。』
こんな醜い雑味と苦味だらけの不味くて見向きもされない醜いだけの恋心なんて。
ユウとの今までを思い出すだけで胸が締め付けられる。
あんなに嬉しく楽しかった筈の過去が一瞬で見たくもない悪夢に塗り変わっていく。
もう私の中に燻るこの感情はやきもちなんて生易しいものでは収まらない。
すると突如私の内側から脳内に直接語りかけてくる声がした。
『いいわねそういうの、ワタシだぁい好きよ♡』
「なんでこんな時に——」
どうやら私の中の獣が目を覚ましてしまった様だ。
『すごく悩んでいる様ね、涼香。
助けて欲しい?』
「もうそう言うのは沢山だ。
あんたはそう言っていつも私の周りを引っ掻き回す様な事しかしないじゃないか。」
私がそう返すと本能が口角を上げた。
『ユウの心を自分だけのモノにできる方法があるのに?』
私は反射的に本能の顔を見てしまう。
『アハハハハッ……涼香って素直なのね。
いいわ教えてあげるわ。』
そうして本能は口を開いた。
『ユウの魔核を奪って喰らうの——』
「……一体何を言っているんだ。」
『そのままの意味よ?だってユウを体内に取り込めば二人は永遠に一緒になれるじゃない!
それってとってもロマンチックでしょ?』
やはり本能の言っていることはどうかしている。
すると本能は嬉しそうにこう言った。
『安心して、涼香ができないのならワタシがやってあげるから。』
「は?」
次の瞬間私の意識は本能によって強制的に引き摺り下ろされた。
「そこでゆっくり見ていなさい、ワタシがアナタの代わりにその想い叶えてあげるから——』
to be continued……




