第33話 負けヒロイン
「なにをしてるの?」
本能がユウの首に噛みついた瞬間、その場は凍りついた。
何故ならこの場に居る筈がないアリスがユウを襲わんとする本能の姿を目撃していたからだ。
こう言った光景は教育上あまりよろしくない為普段は子供が寝静まった時間にするもの。
しかし今は本能の制御が効かなくなっており更に危険度が増している。
暫く固まっていると本能はユウから口を離し、いいところを邪魔されつまらなさそうな態度を惜しげもなく表に出した。
「お子ちゃまの癖に勘がいいわね……流石は神の生まれ変わり……なんて大層な事を言われるだけの事はあるようね。」
そう冷たく言い放つと本能は興が冷めたと私の内へと戻って行った。
「……あぶなかった」
アリスは私の元へ駆け寄ると床に落ちている指輪を拾い私の手に指輪を握らせる。
そして私はようやく正気を取り戻した。
「……ありがとうアリス間一髪だった。」
そう言って私は娘の頭を撫でる。
すると放心していたユウが口を開いた。
「……今のはどういうことだ?」
そしてまた気不味くなる空気。
「それは……後程追って説明させて頂きます。」
それよりまずは起きてしまったアリスを寝かさなければならない。
私はひとまず床に散らばった自分の服に袖を通しアリスを私達の寝室へと連れて行く為に手を引く。
「ママ、いっぱいごほんよんで」
「わかった、後でいっぱい好きなの読んであげるから。」
そう言ってアリスの手を引いて私は一度用意してもらっていた寝室へアリスを寝かせに行った。
***
「先程は大変お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。」
私はアリスを寝かしつけた後、ユウの寝室へ謝罪しに戻った。
「涼香に幾つか聞いておきたいことがある。
隠し事は無しだ、いいな?」
「……わかりました。」
ユウの私を見る目に先程までは無かった疑いの色が混じっている。
今からユウに言いにくい事を沢山聞かれるのを身構えているせいか私の背は小さくなろうと縮こまってしまう。
「まずは俺に襲いかかった時のアレは何だ?」
「……それは……。」
言ってしまってもいいのだろうか。
私の脳裏に本能に見せられた記憶がフラッシュバックする。
ユウにあんな醜態を晒しておいて今更だが、ユウはあの記憶の様に私の事を怪物だと怖がってしまうのではないかと不安で押しつぶされそうになる。
でも仕方がない、私はそれだけユウに迷惑をかけてしまったのだから説明する義務がある。
「それは……私の中に住まう魔の本能です。」
そして私は重たい口を開き、知っている限りの事をユウに説明した。
「今まで隠していてごめんなさい……。」
「……。」
私が説明し終わりユウからの反応を伺うが、彼は一向に私の話に返事をしてはくれなかった。
『終わった……。
結局私の思う良い未来になんて変えられない。
どうせ私がどれだけ頑張ったって、私はシルキーみたいにはなれない……。』
視界が霞みユウの顔がぼやけていく。
そして瞳から溢れ出た雫が頬を伝って溢れていく。
私はずっとシルキーが羨ましかったのだ。
美人で人望にも厚く、気品もあって場を明るくさせる社交界の華、そして沢山の人々に愛され意中の人と結婚し、可愛い子供達に囲まれて幸せに生きる彼女。
対して私は一族内では異端児、忌み子と嫌われ愛される事なく育った。
故に私は他人の視線ばかり気にしていた。
無意識に人を寄せ付けない様に取り繕っては行く先々で逃げてきた。
どうしようもならなくなれば自分の都合でたくさんの人を切り捨てた。
そんな私が今更ヒロインヅラしてユウの前に出てきたところでそもそも釣り合うわけがないのだ。
拭っても拭っても涙は止まってくれない。
ユウも私をただ見つめるだけで手を差し出して来る事はなかった。
「涼香にもう一つ聞く。
あの子供は君の子か?」
泣いている私とは対照的にユウは何処か冷静だった。
「……はい、そうです。
アリスは私と血の繋がった実の子です。」
無意識だが声色に愛情が滲み出てしまう。
当たり前だ、アリスは魔王に堕ちた私をまだ理性ある者たらしめてくれる存在であり、ユウから貰った唯一の宝物なのだから。
その宝物を守る為なら私は例え死んだとしてもそれを守り通すとアリスが生まれたあの日に誓ったのだ。
例え私が理性なき怪物に成り果てたとしても——
「そうか……。」
そう言うユウは私に質問を続けた。
「無粋だが、その娘の父親は誰なんだ?」
ユウのこちらを見る視線が刺さる。
私を問い詰める様はまるで犯した悪事を吐き出せと罪人を鞭打つ拷問官の様な顔をしていた。
そんな顔で問い詰められると私の後ろめたい所を全て暴かれてしまいそうな気がして落ち着かなくなる。
「………言いたくありません。」
「先程も言っただろ、この屋敷の門を跨いだ時点で君に無理ですや言いたく無いですは通用しないんだ。
俺が優しい内に白状したらどうだ?」
ユウの絶対零度の視線に私はどうしようもないと悟ってしまった。
言うしかないのだろう。
だが万が一、ユウがアリスを受け入れられずに酷い扱いや攻撃的な態度を取るのなら、私が過去に想い愛した人でも容赦無く手に掛けてしまうだろう。
そこで私は一つユウに条件を呑んでもらうことにした。
「……では一つだけ約束してください。
この話を聞いた後、私の娘に対して何もしない事を誓ってくださいね。」
そう言うとユウは唾を飲んで私の交渉に頷いた。
そして私は口を開く。
「あの子の父親は……今、私の目の前に居ます。」
一瞬にして空気が固まる。
ユウは目を見開いていた。
当たり前だ、だってこの空間には私とユウの二人しかいないのだから。
「………俺の子なのか?」
「……はい、困惑するのも無理はないでしょう。
でも、一瞬の間でもユウ様と愛し合うことができて私は幸せでした。
あの日の思い出と、その結晶であるアリスが居てくれるだけで私はこれからの長くない人生を精一杯生きようと思えました。」
私が話終わるとユウは先程とは違って優しく鼓膜を揺らす穏やかな声で話に相槌を打つ。
「そうか、そんなにその子が大切なのだな。
涼香が魔王に堕ちてしまう程に……。」
私は反射的にユウの顔を見た。
そしてユウの顔は何処か悲しそうな顔をしていた。
「そんな顔、貴方がする必要無いんです……。」
私は両手でユウの頭を優しく包み込み私とユウの額をくっつけ視線を合わせる。
「私はユウ様に愛してもらえる様な価値など無い女です。
貴方にはシルキーの様な可愛らしくて真っ直ぐな、しっかり者の高貴な女性がとてもよく似合う。」
だから
「もう私の事で苦しむのはやめましょう。」
私はユウの唇に小鳥の様なささやかな口付けをする。
そしてユウは私の唇を抵抗もせず受け入れてくれた。
「貴方を今でも……愛しています。」
to be continued……




