第23話 本能の暴走
あれから私は滞りなく依頼をこなし帰路に就いた。
依頼中や帰り道ですらダンジョンで出会った魔物オグレスのあの話が脳裏をよぎる。
『……どうか貴方様にこのダンジョンの王になって欲しいのだ。』
私の出した答えは今も変わっていない。
だが何故かその言葉が頭からずっと離れないまま今日の仕事は終わってしまった。
「……いや、考えるのを止めよう。」
どうせ考えたって意味はない。
私は思考を振り切り今日三人で夕飯は何を食べるかだけを考える事にした。
***
「涼香、最近無理をしておらぬか?
その調子ではまたコントロールが効かなくなるぞ。」
三人での夕食中アンは私の体調について聞いてきた。
「……いえそんな事はありませんよ。
最近は本能のコントロールにも慣れてきたので最近は滅多に表に出てきません。
それに私の体力や傷病にさえ気をつけていれば意識を乗っ取られる事も問題ありません。」
「だからこそだ。
余が授けた指輪で其方の力が抑制されているのは知っておるだろう。
指輪を過信し本能を飼い慣らしたと油断した時にこそ飼い犬に手を噛まれるのだ。」
アンの目は至って真剣だった。
しかし私自身も自分の身体がもう以前とは別物である自覚はある。
「心配をおかけしました。
私もこれからは少し自分を労る様に努めます。」
「そうか……ならば良いのだ。」
そう言って私は食器を片付け寝室へ向かった。
「正直休めるのなら休みたい。」
しかし夫のいない私は子育てだけには専念できない。
これから沢山お金がかかる事になるだろう。
食費やこの家の家賃、それにこの国に住まう以上税だって取られる。
そしてアリスはまだ二歳と幼いから何かとお金と面倒がかかる。
『おちおち休んでなんかいられない。』
今こうして動けるのは私だけだ。
今はまだ幼い娘の為仕事を早く切り上げアンと面倒を見ているが、娘がもう少し大きくなったら仕事の依頼数を増すか、もしくはもっと稼ぎの良い格上の依頼を受ける事も考えている。
「明日の依頼は早朝からだし早く寝よう。」
そうして私は疲れきった身体をベッドに投げた。
***
『ネぇ……
もう充分
我慢したでしょ?
だ
カ
ら!
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瞬間視界は赤黒く染まる
そして身体は勝手に動き出した
鈍いが床を踏む感覚が伝わってくる
おかしい夢の筈のに感覚がある
『アナタ、ワタシが表に出ていても意識を保てる様になったのね。
でもね
アナタはワタシを見くびっていた。』
そうか今私の身体を好き勝手に動かしているのは本能かと納得する。
『折角久しぶりに覚めたんですもの、何もしないで帰るなんてごめんだわ。」
本能は恍惚な笑みを浮かべた。
「そこで見ていなさい、ワタシの魔の力を!」
身体はそのまま自宅を飛び出しその脚はダンジョンの方へと進んでいく
「あと少し……あと少しで……ワタシは自由になれるの……!」
そしてダンジョンに入ってすぐ本能は戦闘を開始した
的確にターゲットの急所を貫いていく本能
そして何よりも命を狩り取るという行為に酔いしれている
一通り周囲の魔物を狩り尽くすと本能が私に話かけてくる
「アナタはワタシ、ワタシはアナタ。
ワタシがこんなに楽しくなれるのは、アナタも心のどこかでこの快感を感じているから。」
『そんな訳ないだろ。
私は無駄な殺生はしない。
何故なら命は望まれて生まれてきたものだからだ。』
そう本能に言い返せばその答えを鼻で笑った。
「じゃあなんでアナタは冒険者なんて危険な仕事をわざわざ選んだの?
それだけじゃない、一晩で村を壊滅させた癖してどの口が言える訳?」
『あの時は腹にアリスもいたから生きる為に必死だっただけだ。
それに私は村ごと潰す気は無かった、それに私の意識は途中から無かった。
村人全員を手に掛けたのはそっちの方だろう。』
そう言うと本能は嬉しそうに微笑んだ。
「だってあの時ワタシはアナタの中に生まれたんだもの。
それに——」
次の瞬間見えていた視界が更に赤黒く染まり意識が遠退く
「もう味わう前には戻れないわ!
圧倒的な力の前に消えるしかない哀れな魂達の叫びが!
全部ぜんぶゼンブ!ワタシを快楽へ導く導入剤なの……!」
本能の供述は意味不明だ
そして奥から再び湧いてくる魔物に一撃必殺をお見舞いしていく
「気持ちいい……楽しい……♡
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!!」
本能は魔物を狩りながら徐々にダンジョンを進軍していく
そしてダンジョンの第一層から第五層に魔物の気配は無くなった
「まだ……足りない……」
エネルギー切れだろう。
私の身体は地面へ崩れ落ちた。
『せめて、目の前の魔物の魔核だけでも喰らわねば……。』
魔物の死体に手を伸ばす寸前、私は本能とほぼ同時に意識を失った。
***
「……か………」
声が聞こえる。
最近聞き馴染んだ気高くも何処か天真爛漫な少女の様な声。
「いい加減起きてくれ涼香!」
『アンだ。』
その声に私の意識は覚醒する。
「……アン、おはようございます。」
「とんだお寝坊さんだな!
其方どれだけの時を眠っておったか知っておるか!?
三日だぞ!三日!アリスもめちゃくちゃ寂しがっておったのだぞ!?」
アンは今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
本当はアリスより寂しがっていたのではと一瞬考えたが心が読まれている様なので考えない様にする。
「………それはすまない。
アリスは今何処にいる?」
「ここだよ」
ベッド横からひょこりと顔を出す娘は本当に愛くるしい。
「ママだっこ」
「はいはい」
三日もの間眠ってしまった詫びにもならないがアリスが少しでも満足できる様に抱き抱える。
「また一段と重くなったな。
前はもっと軽かったのに。」
大きくなった娘の重みに何処か愛おしさが湧いてくる。
「やはりこの成長はあっという間だからな、うかうかしておると瞬きする間に大人になってしまうぞ。」
まだ小さいこの子もいずれは巣立つのだ。
そう考えると私が今までしていた事がとても惜しく感じてしまった。
「決めた。
私専業の冒険者を降りる事にする。」
「ようやくか……。」
「はい、仕事も大事ですがやっぱり変えの効かないこの子の今この瞬間を大事にしてあげたい。
そして何よりも近くで成長を見守っていたいんだってようやく気がつく事ができました。」
私はアリスの頭を優しく撫でる。
『アリスが生まれて半年ぐらいから仕事を詰めていたから貯金はまだ残っている。』
これからは今までより貧しくてももう少し穏やかな日々を過ごそうと心に堅く誓った。
しかしそんな穏やかな生活はとある人物により半年で幕を閉じる事になる。
to be continued……




