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第21話愛飢病(ユウside)

シルキーとの結婚から一年、そして涼香が屋敷を出てから三年が経とうとしていた。

俺の妻となったシルキーとの間にはもうすぐ一歳になる双子の長男と長女がいる。


長男はアデル。

母親に似て凛々しい顔つきをしている。

将来はシルキーの叔父の様な勇ましい剣士になるだろうと身内には騒がれている。

そして長女はマルグリット。

俺によく似た娘で幼いながらも高い魔力を持って生まれてきた為将来は有望な魔導士になるだろうとこちらも期待されている。


俺をこんなにも想ってくれる妻、そして子供達がいるのにいつも俺の心はいつも満たされず乾いたままだった。

涼香が俺の前から消えたあの日からずっとずっと……。


涼香が屋敷を去った少しの間はまだ耐えられたのだ。

シルキーの前でだって普段通りに振る舞い取り繕えた。

だが今は夢に出てくる程に涼香の存在を欲してしまっている。


『嗚呼、今すぐにでも彼女(涼香)を探し出して首筋に歯を突き立てたい……。

今まで我慢してきた分、血の一滴すら余さず枯れ果てるまで飲み干してしまいたい……。』


最近はふとした時にいつもこんな風に考えてしまう事が増えた。

そんな俺でも唯一安らげるのが食事の時間だった。

モーエヴィンが出してくれる涼香直伝の料理は暴走した吸血本能を鎮める事ができた。

そして彼女を思い出すことの出来る唯一の時間だ。


しかしある時、それをよく思わなかったシルキーが俺の唯一の生き甲斐であるあの料理の材料である彼女(涼香)の血の瓶を全て捨ててしまったのだ。

その日から俺は仕事すら手に付かない廃人に成り果ててしまった。

仕事は日を追うごとに溜まり遂には国の重要な会議にすら赴けなくなってしまった。

まだ息子や娘も幼いというのに妻にこんな心労をかけてしまう情けない主人で申し訳が立たない。

一時期は政治家生命を終わらせる事も考えていた。


そんな俺の様子を心配したモーエヴィンが医者を寄越してくれた。

どうやら有名な医者で様々な種族の治療を行ってきた名医らしい。

医者の問診の後俺に告げられたのは吸血鬼にとって絶望的な病だった。


「今のユウ様の状況や状態を鑑みるに愛飢病を発症している様ですね。」


そう診断を下され俺はこんな自分を呆れて笑うしかできなかった。


愛飢病(あいがびょう)


吸血鬼が稀にかかるとされている精神病のひとつ。

症状は恋した相手の血しか飲めなくなり他の者の血は一切受け付けなくなるというものだ。

そしてそのまま放置すれば、やがては吸血鬼としての力を発揮出来なくなり死に至る。

確実に治す方法は一つだけ。

一つは恋の対象となる相手と結ばれ血を分けてもらう事だ。


俺は決してシルキーとの結婚生活を不満に思っているわけでもないのに、こんな風になってしまったのはそのせいだったのかと納得した。

医者が帰った後俺はモーエヴィンを呼び出す。


「いかがなさいましたかユウ様。

何か必要な物でもございますか?」

「ああ、今すぐ此処にシルキーを連れてきてくれ。」

「……かしこまりました。」


モーエヴィンが部屋から去った後俺はベットに倒れ込む。

もう涼香は俺の手元には戻ってきてはくれないと諦めた結果がこれだ。

だがやり場の無いこの想いは日が経つ程に積もり積もって俺を苦しめる病魔となり俺の身体を蝕んでしまっている。


「涼香……」


結局俺は皆の前で強がっていただけだった。

あの日涼香に行くなと引き留めていればまだ彼女は側に居てくれたかもしれない。

そしてうじうじ悩まず彼女(涼香)にプロポーズをしていればよかった。

そうすればプロポーズを受け入れてもらえずとも俺のこの胸に燻る想いを弔ってやれた筈だった。


「でも次は逃してやらない……。

どんな手を使ってでも必ず手に入れてみせる。

……例え既に他に愛するものが居たとしても。」


俺は暗い天井に拳を突き上げた。


「ユウ私です、シルキーですわ。」


すると外からシルキーの声が聞こえてきた。


「入れ。」


俺は寝室にシルキーを招き入れた。

シルキーは不安そうに俺の顔を見つめる。


「モーエヴィンから伺いました。

ユウに病が見つかったと……。」

「……心配をかけてすまない。

またいらない心労を君にかけてしまった様だ。」

「そんな事は気にしないでください!

だって私達は夫婦なんでしょ?」

「ありがとうシルキー。

私はたくさん君に支えられてきた。

だけどこれからシルキーに話す事は君にとっては酷な話かもしれない。

それでも聞いてくれるかい?」

「勿論ですわ。

だって私はユウの妻ですから。」


そう言う彼女の瞳はあの時と変わらずに真っ直ぐな目をしていた。

そんな目で見つめられてしまったら、俺がシルキーに今までしてきた後ろめたい事が白日の元に晒された様な気分になる。

それでも俺と婚姻関係にある以上言わなければならないのだ。

俺は意を決してシルキーに向き合った。


「順を追って説明するよ。」


それから俺はシルキーにこれまでの出来事、そして俺の身体を蝕む病の事、そしてそれに対して有効な治療法の事を隠し事なく全て話した。

そして話終わった後、シルキーを見れば彼女の顔には一切の表情が無かった。

てっきり泣かれるか不貞野郎と罵られるものだと思っていた。

暫くの沈黙の後シルキーは深呼吸をした直後口を開いた。


「……やはりそう言う事でしたか。」

「怒らないのか?」

「ええ勿論怒っていますとも。

そもそも私と言う妻がいながら何の相談もせずに抱え込むだなんて何をお考えになっているのかしら?

そのせいで貴方の命綱であり症状の緩和剤でもあったあの血(・・・)を捨ててしまった私はまるでヒールじゃない……!」

「……相談もせず隠していたのは謝るよ。

だからこそ君には理解(わか)って欲しいんだ。

この病を治す為の方法も……症状を良くする為の特効薬がなんなのかも……。」

そう言うとシルキーは手を振り上げ俺の頬にビンタをかました。

「……。」

「はぁスッキリした!」

「……。」


俺はジンジンと痛む頬をさする。


「ユウって頭は切れるのにこう言う事には本当に鈍いわね。

別に他の人を好きになるなとは言っていない。

ただ、私が正妻であり愛人にばかり気を取られるなと言っているだけですの。

血を捨てたのだって貴方が食事中私の会話に耳すら傾けないからちょっと懲らしめてやろうと思ってやった意趣返しですわ。

……まぁ結果的に大惨事になってしまいましたけどね。」


そう言って俯くシルキーの頭を優しく撫でる。


「ごめんよシルキー。

俺には勿体無いくらいにいい女なのにそんな人を悲しませてしまった。」

「フフ、褒めたって何も出ませんよ。」


そしてシルキーは俺の頭に手を回し胸元に引き寄せられる。


「ユウ様が生きていてくれるなら隣に他の女が居ようと、妾を作ろうとも私は構いません。

ですが……最後まで正妻として隣にいるのはこの私ですから。」


久しぶりにシルキーの顔をちゃんと見た気がする。

いつの間にこんなに見違えたのだろう。

あどけのない少女はいつの間にか背も伸び顔もすっかり女性らしくなっていた。


「シルキー……綺麗になったな……。」


頬に手を伸ばせば絹の様に滑らかな肌の感触を感じた。


「……っ!?

い、今はいけません!

まだ体調は万全ではないのですから今日は早くお休みくださいませ!」


そう言うとシルキーは弾かれた様に俺の寝室から早々に出ていってしまった。

結局この日は伝えたい事を伝えられず大人しくベッドで就寝したのだった。


***


「……ううう」


シルキーは部屋に戻った後一人声を殺して泣いた。

今まで愛し合っていた夫に二人目の女の影があった事、そしてそれが原因で病まで発症してしまっている事。

正直憎くないといえば嘘になる。

でももうあの頃の私ではない。

まずはユウの愛した女が誰であったかを徹底的に調べ上げる必要があった。


「必ずユウの病気を治して一緒に幸せになってやるんですから……。」


そう決意するシルキーの目には強い意志が宿っていた。



to be continued……

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