第20話 アリス
私は産気づいてから一人で必死に痛みに耐えた。
その時の私は必死のあまり後の記憶が曖昧でよく覚えていない。
だが足元から何かが出てくる感覚で一気に現実に引き戻された。
遂に生まれたのだ。
腹から出てきたばかりの我が子が息をしているか様子を見ようと起き上がる。
しかし私は生まれた我が子を見た瞬間フリーズした。
何故ならその子からは何処かで感じたことのある不気味で強力な魔力の波動を感じたからだ。
そして髪は白く顔立ちも何処か夢や幻覚で出会ったあの少女を連想させた。
だがそんなそんな事を考えている場合では無い。
まずは産声を上げてもらわねば安心できない。
慎重に赤子を持ち上げ背中を呼吸を促す様に摩れば我が子はすんなりと産声を上げてくれた。
「よかった……。」
元々一人で産むつもりだった為出産についてある程度勉強していて良かったと感じる。
私はまだへその緒のついた我が子を清潔なタオルで包む。
生まれたばかりで真っ赤な肌は健康的で愛くるしい。
目はまだ空いていないが何処かユウに似てまつ毛も長く顔立ちも整っている。
「これが私の子……」
一瞬の間でもユウと結ばれ授かった正真正銘私の子だ。
『これは彼が私にくれた最初で最後の贈り物だ。
何があっても大切に育て守らねば。』
そんな事を考えているとアンが様子を伺いながら部屋に入ってきた。
「涼香無事か!?」
「はい、無事産まれました。」
「そうか!とりあえず無事で何よりだ。」
「ありがとうございます。」
アンは私の腕の中にいる我が子を覗き込む。
「……やはり生まれる前から感じてはいたが、この子は特殊な子の様だ。
生まれたばかりというのにこの魔力量、将来が楽しみだな。」
そしてアンは我が子の額に手をかざした。
「汝、この子が病魔や悪意を退け健やかに育つ様我アウルム・オールドラゴンの名において加護が在らん事を——」
すると我が子は一瞬身体が黄金の光で包まれた。
「これで良い。
其方の子にはドラゴンの加護を授けてやった。」
アンは我が子の顔を覗き込む。
薄々感じていたがアンは人間や子供に対してかなり友好的なドラゴンなのだろう。
普通のドラゴンならば人間を食い物か害虫程度にしか思っていない事の方が多い。
だからこそ人類はアウルム・オール・ドラゴンを神獣として崇めているのかもしれない。
「して其方、自身の子に名は付けたのか?」
「ええ、ちゃんと考えています。」
「ふむ、ではその名余に申してみよ。」
「名前はアリスにしようと思います。」
「ふむ其方の母国華都国の形式ではなく大陸式の名付けにするのか。」
「ええそのつもりです。
いずれは神名も授けてもらうつもりで付けました。」
この大陸はアウルム帝国時代からの習わしで十二歳以上になると名前の後ろに神名が授けられるのが通例になっている。
だが華都国にはその風習がなく代わりに名付けの際、家や一族間で共通の文字やフレーズを入れるのが一般的だ。
「それはつまり其方はこれからは娘と共に大陸の者として生きていくという事だな。」
「はい、そのつもりです。」
そう返せばアンは私の頭を撫でる。
「よかろう、只今から涼香とアリスをこのファフコールの一員として余が迎え入れてやる。
光栄に思うが良い。」
「……ありがとうございます。」
その日私と娘アリスはファフコールの住民となった。
***
娘が生まれてから二年が経った。
私は時間の殆どを育児をして過ごしていた。
時折アンや親切なこの街の人々が娘の面倒を見るのを手伝ってくれるのでとても助かっている。
だがそろそろ私も働きに出る事を考えなければならなくなってきた。
既に私一人で生活していた時代に貯めていた貯金はもう雀の涙程しか手元に残っていない。
「どうしよう……。」
既に乳離れをしているとはいえまだまだ手がかかる子供だ。
アン一人に任せきりにさせる訳にもいかない。
私が頭を抱えていると外から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやらアンとアリスが帰ってきた様だ。
「只今戻った!」
「ただいま」
手には今夜の夕食にするであろう食材が握られていた。
「おかえりなさい。
その手の食材はなんだ?」
「これか?街でアリスと買い出ししていたらおばちゃんから少しだけオマケしてもらえたのだ!」
ドヤ顔で褒めてと言わんばかりのアンは本当にこの国神獣なのかと疑わしく感じる。
『なんだか犬みたいだな。』
「おい今とても失礼な事考えただろ!」
「いえそんな事ありませんよ。
では今夜は少し豪勢にしましょうか。」
「やったぞアリス!今夜は宴会だぞ!」
「えんかい?」
「宴会じゃありません、夕食です。
娘に変な事吹き込まないでください。」
ふと窓の外を見れば日は傾いている。
そろそろ夕飯の支度をせねばいけない様だった。
「夕飯今から作る。
二人は食器を準備して待っていてくれ。」
「気を遣うな余も食事くらい自分で準備できる!」
「そう言って肉をブレスで炭にしたのは誰だ。」
「……はい、すみません……。」
下拵えは終わらせていた為直ぐに夕食にありつける。
夕飯はいつも通り三人で食卓を囲む。
普段ならパンと近くの山で取った魔物や動物の肉にスープが精一杯だが今日はなんとデザート付きだ。
楽しそうに食事をするアンに私は意を決して話題を切り出した。
「そろそろ私も働きに出ようと思う。」
そう言うとアンは食事の手を止めた。
空気を読んだのかアリスは静かになる。
「構わぬぞ。」
「え?」
「最近町に行っては魔物の毛皮等を売っていた事は知っておる。
それにこれからアリスが大きくなれば今まで以上にお金がかかることになるだろう。」
「意外にあっさりしてますね。」
「気にするな、明日にでも町に行ってくるが良い。
アリスの面倒なら余が直々に見てやる。」
「有難いですがくれぐれも娘の安全第一でお願いします。」
「任せておけ。」
すっかり娘の事を気に入ってしまったアンは最近色々なところにアリスを連れ回している様だった。
稀に一緒にダンジョンへ赴き高ランクの冒険者ですら手こずる魔物を狩って帰る事も増えた為あらかじめ釘を刺しておくに越した事はない。
その日の晩は明日の準備の為早めに就寝した。
ずっと娘とこんな風に穏やかに生きていける様にもっともっと私が頑張らねば。
だがこの時の私は知らなかった。
ユウが私を探し周辺国を調べ上げている事を。
to be continued………




