第19話 黄金のドラゴン
目が覚めた。
瞬間私は危うく耐性を崩しかける。
そう言えば火の周りの丸太に腰掛けたまま眠っていたのを思い出す。
「……何だったんだあれは……。」
私はかなり恐ろしく悍ましい夢を見た。
寝起きは悪く背中にはびっしょりと汗をかいていた。
いつもなら見た夢は起きた時にはほとんど覚えていない筈なのに今見た夢は鮮烈に脳内に焼き付いている。
『だから これからも
ヨロシクね
涼香——』
あの耳に張り付いた様に頭から離れない私によく似た不気味なあの声を思い出すだけで震えが止まらなくなる。
ソレが今、魔の本能として私の中に存在している。
「流石に人前で表に出してしまうのはまずいよな。」
早急に対処をせねばと思考を巡らせていればいつの間にか山脈の向こうから日が顔を出していた。
***
街から離れてもうじき二ヶ月になるだろうか。
長い長い山脈を進み続けようやく今回の目的の場所に辿り着いた。
そこはいかにも黄金のドラゴンの住処らしき門が控えめながらも存在を主張していた。
門の構造も最近作られたものではない事から察するに、まだファフコールがアウルム帝国だった時代に黄金のドラゴンを祀る為に作られたものだろう。
私は迷いなくその洞窟の中へと足を進めた。
薄暗い洞窟の中を進んで行く。
どうやらこの洞窟も長年黄金のドラゴンの魔力にあてられている様で山脈の魔物よりも強力な個体が多く発生していた。
私は前の道を塞ぐソイツらの急所を容赦なく狙い攻撃する。
しかしどれだけ斬撃を与えても魔法を放っても奥からゾロゾロと湧き出てくる。
「キリがないな……。」
攻撃の消耗で私の魔力が半分尽きた頃、脳内にノイズ音……否、魔の本能の声が聞こえた。
『———そこを変わりなさい———』
「っ……!」
次の瞬間私の耳元で囁く魔の声に意識が朦朧とする。
その隙を逃すまいと魔物達は一斉に私目掛けて飛びかかってきた。
私は次の攻撃に備えて構えをとった。
『これはワタシの獲物よ……!』
瞬間、私の意識は本能によって掻き消され容易く意識を乗っ取られる。
「さぁ、狩りの時間よ——」
ぼやけた意識の中私は自分でも出せない様な凄まじく速い斬撃と魔法で周囲の魔物を全て狩り尽くしていく様を目の当たりにした。
自分の身体とは思えない身のこなしと威力。
だが技も技術もへったくれもないただ力と暴力で押し切る様に命を刈り取るその様はまるで殺戮兵器の様だった。
そして本能の暴走が落ち着く頃には、あれだけ沸いていた魔物は一匹も襲ってこなくなっていた。
「はぁはぁ………少し休憩しよう……。」
私は魔力切れと疲労により今にも倒れてしまいそうな状態だった。
どうやら魔の本能は余力を残すという事ができない様だ。
私は途切れそうな意識を保ちながらまずは一匹の倒した魔物から魔核のみ抜き取りその場で食した。
「……危なかった。」
下手すればこんな危険な洞窟で危うく気絶するところだった。
使ったエネルギーは補給できる時に補給しておくのは大事な事だ。
なので魔核をとれたてのまま食すのはとても魔力効率が良い。
先程の戦闘で私はかなり消耗してしまった。
なのでひとまず休憩がてらここにある魔物の残骸から魔核だけを抜き取り体内に取り込んでゆく。
切れていた魔力は魔核を食してひと段落したが、魔核の接種で疲労は取れない。
なので襲ってくる外敵のいない今のうちに休んで体力を回復しておこうと通路脇に腰掛ける。
特にこの後何が起こるかわからない魔物の住処やダンジョンでは体力や物資は温存しておかねば命に関わる。
暫く洞窟の隅で休み歩けるくらいまで体力が回復すると、私はまた洞窟の奥へと潜る為足を進めた。
「それにしたって何も襲ってこないな。」
先程はまでは魔物の歓迎会の如く私に殺気を向けては襲いかかってきていたと言うのに……。
周囲を観察すればこの洞窟に魔物の気配はまだある様だ。
『……もしや私が恐ろしいのか?』
ふとそんな事を考える。
警戒体制は崩さず道を進んでいると道の先に大きな扉の存在を発見する。
扉はかなり重厚な造りでどうやらかなりの量の魔力が込められている様だった。
試しに魔法を扉に向かって放つがびくともしない。
「この門に拒まれているのか……?」
それとも扉の向こうに居るであろう主の力を抑え込む為なのだろうか。
ひとまず普通に力を込めて扉を押せば容易く扉は私に次の道を示した。
私は迷う事なく扉の向こうへと進んだ。
暫く歩くと大きく開けた空間に辿り着いた。
「大きいな……」
その空間の中央には大きなドラゴンが一匹中央に眠る様に鎮座していた。
私はドラゴンに恐る恐る近づく。
(貴様何者だ……?)
すると頭の中に知らない声が聞こえてくる。
恐らくこの洞窟の主の声だろう。
「初めまして私は涼香、様々な国を旅をしている者です。」
(ここに訪ねてくる者がまだ存在したのだな。
まあよい、名を名乗ろう。
余はこの地アウルムの主、アウルム・オール・ドラゴンである。)
まさか本当にまだ実在したのかと私は少し驚く。
アウルム帝国が滅びた二百年程前から姿を見せなくなった為、もうこの世には存在していないものだと言われていたが、まさかこんな窮屈な場所に居たとは。
(余も好きでずっとこの様な場所に居る訳ではない。)
どうやら私の考えている事はこのドラゴンにはお見通しの様だ。
(戦乱でこの大陸が分断されてから余は完全に過去の遺物に成り果てた。
幸いこの地の民は余をとても慕ってくれている様でな、この山脈の奥地に見つからぬ様匿ってくれたのだ。
故にこの空間は悪意や害意のある者は入って来れぬ。)
だからあんなに魔力を帯びた扉にこの空間は隔たれていたのか。
仕掛けがわかると妙に納得してしまう。
魔法攻撃で傷一つつかないあの扉が押しただけで開いたのもそういう事だろう。
(一つ其方に聞いておきたいことがある。)
「はい、なんでしょうか。」
(其方は何者なのだ?)
「……先程も申しましたが私は旅人です。」
(ただの旅人ではあるまい。
他の者を欺けたとして余の目はそうはいかんぞ。)
そうドラゴンに凄まれ私は一つ思い当たってしまう事があった。
「貴方様にはわかるのですか?
私の内いるナニかが。」
(やはりそうか……。
先程から妙な胸騒ぎがしたものでな。)
やはり魔物や神獣はこういう妙な感覚を本能的に感じ取れるのだろうか。
「実はその件で私は貴方様の元を訪れました。」
(成程な。
発言を許す申してみよ。)
それから私は今まで身に起きた出来事を事細やかに説明した。
(そうであったか。
だとすれば其方、早急に対応せねばそのまま行くといずれ自らの力の暴走で身を滅ぼすぞ。)
そうドラゴンに告げられ私は身体に自然と力が入る。
(見たところ其方の腹には子がいる様だ。
少なからず生まれてくるであろう子にもその本能は影響を与えるだろうな。)
「それはどういう事ですか。」
(そのままの意味だ。
其方の膨大な魔力と体質は腹の子に絶大な影響を与えておる様だ。
それに其方は気づいていないのか?)
するとドラゴンは大きな爪で私の腹部を指差す。
(おかしな魔力の動きに。)
確かにそうだ。
体調が悪いことは度々あるが、それ以外の生活や戦闘などでは今までの様に過ごせている。
「……それとこれに関係があるのですか?」
(嗚呼、少なからずな……。
これは憶測に過ぎぬ話だが聞いておくと良い。
恐らくだが其方の腹の中では神に近い存在が育っている。)
私の子が神に近い存在と聞かされ話のスケールのデカさに頭がパンクしそうになる。
(まあそれもこれも其方の膨大な魔力を吸い上げているが故だ。
心配するな恐らく赤子ば無事だ。)
そう言われて私は何処かホッとした。
(そういう訳だ、故に今の其方を野放しに放浪させておく訳にはいかぬ。)
するとドラゴンの身体はみるみるうちに小さく変化していく。
(それ故其方をこの余が直々に監視してやる。
光栄に思うが良い。」
そしてドラゴンは少女の姿に変化した。
「という訳だ、これからよろしく頼むぞ涼香。」
何か面倒くさい奴に絡まれたとこの時私は思った。
***
「うおぉぉぉぉ!久しぶりの外出だぞ!!!」
さっきまではあんなに恐ろしくも神々しかったあの黄金のドラゴン様は今少女の姿をして私の横を歩いている。
「ところで其方はもう子の名前は決めているのか?
こんな風にずっと旅をしていて大丈夫なのか?
子育てはどうする気なのだ!?」
『唐突に姑みたいな質問してくるなこのドラゴン。』
「決めていないのであれば余が名付けてやろう。
男ならドラ◯もん、女ならド◯ミなんてのはどうだ!?」
「ご遠慮しておきます。」
「何故だ!?素晴らしい名前であろう!?
知名度も抜群だぞ!?」
黄金のドラゴン様はどんな能力にも長けたいわば全知全能の神に等しい存在らしいが、ネーミングセンスだけは壊滅的らしい。
そんな話をしながら出口を目指して歩いていれば洞窟の外へたどり着く事ができた。
「さて、ここからの旅路は長いですからここで一つ休憩にしましょう。」
私は食事の準備を始めようマジックバックを漁ろうとすれば彼女に止められる。
「何を言っておるのだ。
このまま一気に首都オールへ行くぞ。」
「何を言ってるのです?
ここから首都まで一ヶ月以上はかかる距離です。」
そう言うとドラゴンはドヤ顔でこう答えた。
「チッチッチ、何を言っておるのだ。
余を誰と思っておる、アウルム帝国のシンボルである神獣アウルム・オール・ドラゴンであるぞ。
空を飛ぶなど初歩の初歩に決まっておろう。」
「えっと……でもなるべく身体に負荷はかけたくないので。」
「阿保、身重の癖にこんな乾燥した山脈を一ヶ月以上もかけて歩いておった其方の方がどうかしておる。」
それはごもっともなので否定はできなかった。
少女の姿をしていたドラゴンは再び元のドラゴンの姿に変化する。
私は言われるがまま黄金のドラゴンの背中に乗った。
(一応空気抵抗を減らす魔法はかけてやるが、しっかり捕まっておるのだぞ。)
そう言うとドラゴンは上空へと飛び立った。
「凄いですね、どんどん洞窟が遠のいて行く。」
(そうだろそうだろう!
余にかかればこの様な事造作でもないのだ。)
暫くすると山脈の間から首都の城壁と建物が見え始める。
(見えてきたぞ。)
「本当に早く着きましたね。」
私達は城壁から少し離れた森林に降り立った。
そしてドラゴンは少女の姿に再び戻る。
「うむ、完璧な変装だな!
あとは首都まで徒歩で参ろう。」
そう言い先導してくれるアンの背後をついて行く。
「それとだな涼香、今から余の事はアンと呼べ。」
「……成程、神獣の名を名乗る不届者と思われない為ですか。」
「そうだ、こんな神々しい余が町中に現れたとなっては騒ぎになるやも知れぬからな。」
まあある意味騒ぎにはなりそうだなと心の中で考える。
「それと其方はこれからはこれを必ず身につけておく様に。」
アンは私に指輪を渡してきた。
「其方の魔力は膨大でありそして異質だ。
この指輪は魔力をコントロールしやすい様にサポートしてくれるものだ。
だから少しでも一般人として馴染める様に着けておく様に。」
「ありがとうございます。」
私は受け取った指輪を左手の中指に通そうとする。
「小さいな。」
生憎サイズは中指に嵌る事が出来ず、次に丁度良さそうな薬指に装着した。
「しっくりくるな。」
暫く歩けば城壁の検問所が見えてきた。
私とアンは荷物や身体検査を済ませた。
そして城壁の検問は問題なくクリアできたのだった。
「ようやく首都オールへ到着したぞ!
では早速だが宿を探さねばな。」
そう意気揚々と町をふらつくアンの後を追う。
するとアンの腹から怪獣でも飼っているのかと思う程の腹の音が鳴る。
「……だがその前に腹ごしらえをしよう。
流石の余も腹が空いた。」
アンは売店の串焼き肉に一直線で走って行った。
『私の何倍も生きている筈なのにまるで祭りではしゃぐ子供の様だ。』
私はそっと自身の腹に手を当てる。
腹こそ大きくはなっていないがもうそろそろ出てきてもおかしくはない月齢だ。
「はやく君に会いたいな。」
その言葉に答える様に私の腹を蹴る感覚がした。
***
その日の晩だった
私はまた奇妙な夢を見た
いつもの暗い空間に目の前に佇む白髪の少女
ここまではよく見る夢だった
しかし今日は違った
おもむろに少女は私の側に寄って手を握ってきた
「……アナタにこうしてあげられるのは今日で最後。
あとはアナタ次第。」
そして少女の身体は白い光を放ち始める
そして少女は私の身体に馴染んで溶けて行く様に吸い込まれていった
「これからは一番側で見守ってるから——」
そうして少女は完全に姿が消えてしまった
その直後、私は今までに感じたことのない激痛で目が覚めたのだった。
to be continued……




