第3羽 『 記憶を飛ぶ』
テントの隅、淡い光を灯す瓶の中で──
レコルの手にある“空”が、ふわりと揺れた。
その瞬間、彼の視界は、色を失った。
…ざぁっ…波の音。
吹きつける潮風。
目の前に広がるのは、青くひらけた「空」と「海」の境界。
──まだ小さな頃の、自分だ。
どこかの港町。
誰かと、約束した。
「この空、いつか全部見せてやるよ!」
そう笑った自分の隣にいたのは──
「…………誰だっけ?」
記憶は、そこで途切れる。
レコルは目を覚ました。
「……ジール?」
「ああ、いる」
レコルのとなりには、心配そうなジールがしゃがんでいた。
瓶は空になっていた。
「…見たんだ、昔の記憶。オレ、誰かに空を見せたくて旅してるんだな、たぶん…でも、顔も名前も思い出せない」
ジールは少しだけ目を伏せてから、静かに言った。「それが夢なら、追えばいいさ」
「……あんた、意外とやさしいじゃん?」
「うるさい。飛べるうちに進むぞ」
テントを出ようとしたとき、店主の老人がレコルを呼び止めた。
「その瓶、…君が見た記憶の空は、まだ“終わって”いない」
レコルが振り向く。
「記憶の続きは、あの“塔”にある。
世界のてっぺんに届くと噂の、グラスの塔。
誰もたどり着けない、夢の場所さ」
「…行くしか、ないじゃん」
レコルの声は震えていなかった。
その目は、少年の頃と同じように、まっすぐだった。荒野を越え、渓谷を抜けて、二羽の旅鳥はようやく辿り着いた。
そこは、どこまでも空を突き刺すような“塔”がそびえる場所。
雲より高く、根元すら霞むような不思議な構造物──グラスの塔。
「……ほんとに、あんのかよ、あれ」
ジールが呆れ顔で空を見上げる。
レコルも思わず息をのむ。
「行くっきゃないな…って、あれ? 人影──?」
遠くから、鳥のような影が歩いてくる。
よく見ると、赤いパーカーに水色の羽。しっぽの先が、まるでペン先のように黒く染まっている。
「やっほー! グラスの塔目指してんの? 一緒だね!旅仲間!」
突然現れた陽気な声に、ジールの羽がピクリと動いた。
「……誰だお前は」
「名乗るよ!? じゃーん! オレの名はアカツキ!
夢見るフリーダムバード! んで、こっちは──」
「クロメン。……喋る必要、あるのか?」
赤いパーカーのアカツキと、青黒い体に白い翼を持つクロメン。
ふたりはどこか“アンバランス”ながら、妙に息が合っている。
「俺たちも記憶を探してんの。グラスの塔って、そういうの得意なんでしょ?」
「……ついてくる気か?」
「うん!だって絶対面白いじゃん。ほらレコルくんもジールくんも、いいコンビっぽいし?」
レコルは少し驚いた表情を浮かべながらも、苦笑い。
「くん付けやめろって…」
「じゃあ呼び捨てで!」
「それもなんか違うんだけどなぁ」
──かくして、空の記憶を巡る旅は、4羽になった。
しかしその塔を前に、誰もが気づいていなかった。
“塔は、選ぶ”。登る者を。
塔の根元には、無数の「足跡」が刻まれ、そして──
「戻ってきた形跡」は、どこにもなかった。




