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星屑の伯爵と昔日の双子は世界崩壊の幻想(ゆめ)を見る  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第4章 別れを告げる【3】

 シリルがダイニングに行くと、ロスとメリフは話し合いをしているところだった。シリルに気付いたふたりは話すのをやめ、シリルに視線を遣る。

「おはようございます。お待たせしました」

「いいのよ。どちらにせよ、互いに報告が山ほどあるわ」

「何か新しい情報はある?」

 椅子に足をぶつけないよう慎重に座りながら問いかけたシリルに、そうだな、とロスが口を開いた。

「ウォード薬学研究所について軽く探ってみた。特に変わった研究をしているということはないな。至ってまともな研究所だ」

 シドニー・グレンジャーが所属するウォード薬学研究所のことを、シリルは何も知らない。薬学研究所と言うからには薬に関する研究をしているのだろうと思っているが、その実、なんの研究をしているか聞いたことはなかった。

「その中でシドニー・グレンジャーがどういった立ち位置にいるかも探ってみたが、表立った功績は特になく、目立つ研究員というわけでもないようだ。だが、若い割に良い評価を受けているらしい」

「シドニーは王立魔道学院でも優秀な成績を残しています。僕と関わらなければ、もっと伸びたはずです」

 王立魔道学院に通っていた頃の記憶は曖昧だ。学院生活をどう過ごしていたかはよく憶えていない。だが、周囲にどう言われているかは知っていた。それについてシドニーがどうこう言っていたことはないが、ぼんやりしたシリルでも気にはなっていた。

「シドニーがどういう人間かはわからないけど」メリフが言う。「シリルを放っておけなかったんでしょうね」

「そうかな……」

「シリルは放っておいたらどこに行っちゃうかわからないもの」

 苦笑いを浮かべるシリルに対し、メリフは真面目な表情をしている。この数日で、シリルに対する評価はある程度、決まっているようだ。それはロスも同じことであるらしい。

 トラインとアイレーが食事を運び込む中、またメリフが口を開いた。

「グレンジャー男爵領は、いまはラト伯爵家が管理しているんでしょ?」

「そうだね」

「グレンジャー男爵は更生したみたいだし、男爵領はグレンジャー男爵に返還されるの?」

「そうなると思う。いまのラト家は他領地を統治する余裕もないし……」

 領地の返還については、父の生前から話し合われていたことだ。グレンジャー男爵は父の信用を得るくらいには働いた。返還が妥当であると判断が下される直前の事故であった。現時点でシリルにはどうすることもできない話である。

「僕は伯爵領の経営で手一杯だし……兄の判断で返還されると思うよ。男爵もそれを望んでいると思うし」

「シドニー・グレンジャーは男爵領の経営には携わらないのかしら」

「どうかな……」

 シリルは曖昧に答えるしかない。それでも、ロスとメリフはすでに慣れているらしい。冷静な表情でロスが口を開いた。

「シドニー・グレンジャーは爵位を継がないんだろ。次男に爵位を譲る以上、経営に関わるつもりはないんじゃないか」

「情報は集まっていないんですか?」

「有益な情報はないな」

「男爵家に忍び込めれば話が早かったのにね」

 残念そうにメリフが呟く。収集した情報を武器とする何でも屋であるふたりがグレンジャー男爵邸に忍び込むことができれば、有益な情報はいくらでも転がっていることだろう。

「やっぱり男爵家には入れない?」

「ええ。伯爵家に負けず劣らず、守備の硬い屋敷よ。グレンジャー男爵家はシリルを保護している分、特に硬いでしょうね。そうでなければ、あなたは暗殺されていてもおかしくないわ」

「暗殺……」

 シリルには実感の湧かない話だ。自分はただ、父を失いグレンジャー男爵を頼っているだけ。グレンジャー男爵がシリルについてどう考えているかはわからない。それでも、守られていることだけはよくわかっていた。

「伯爵位を奪うなら、頼りないシリルが預かっているいまが好機よ。お兄さんは事業に手を取られているし、伯爵家は混乱の中にある。混乱のときほど好機なのよ」

「そうであっても、お前に脅威の手が届くことはないだろうがな。お前の使用人の目を掻い潜るのは相当に困難なことだ」

 爵位を狙う者が現れることは、兄からも忠告されたことだ。現在、グレンジャー男爵邸別館に在籍する使用人は七人。たったそれだけの使用人で暗殺を防げているのなら、兄が選んだ使用人たちは相当の精鋭なのだろう。

「特に」ロスが言う。「バルコニーにいるルビーという魔法使いは、アリの一匹も通さないだろうな」

「その話が本当なら、兄の慧眼は確かということですね」

「ええ」メリフが肩をすくめる。「できれば敵対したくないものだわ」

 ふたりがそう言うなら、きっとその通りなのだろう。手練れの何でも屋が敵対したくないのであれば、並み大抵の暗殺者では太刀打ちできないということだ。たった七人だとしても、シリルはこの屋敷にいる限り、安心してもいいようだ。



 今日の情報収集にはロスが向かって言った。二階のバルコニーから出て行くロスを見送ると、メリフがシリルを見上げる。

「今日もシドニー・グレンジャーは寝室にいたの?」

「どうかな……。起きたばっかりのときは、ぼーっとしてるからよく覚えてないんだ」

「なるほどねえ。これほどまでに掴めない人間は初めてだわ。ほんとに人間なの?」

 疑いに目を細めるメリフに、シリルは苦笑いを浮かべた。

「たぶん……。シドニーとは小さいときから付き合いがあるけど……。あと……」

 最後の言葉を口の中で呟いたあと、シリルは首を傾げる。

「あれ……何を言おうとしたんだろう……」

「まだ寝惚けてるの? ま、とにかく、今日もちゃちゃっと片付けちゃいましょ」

「うん」

 シドニーのことは、シリルもよく知らないのかもしれない。小さい頃から付き合いがあり、シリルを気に掛けてくれていることは認識しているが、それでもシドニーのことを説明する言葉が見つからない。シドニーがあまり自分のことを話さないからかもしれない。シドニーの関心は、いつもシリルに向いていた。




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