第4章 別れを告げる【2】
瞼の裏が一気に白むので意識が覚醒する。あまりの眩しさに薄っすらと目を開くと、カーテンが開け放たれている。随分と乱暴な目覚ましだ。
「おはよう、寝坊助さん」
呆れた表情のメリフが覗き込む。また寝すぎてしまったようだ、とシリルはおはようの挨拶をしながら重い体を持ち上げる。ベッドのそばにスリッパを移動させ、メリフが冷静な口調で言った。
「残念なお知らせで悪いけど、テリー・ノーマンはこの街にはいないわ」
「……そう……」
メリフは窺うようにシリルを見遣る。シリルはまだ寝覚めで頭がぼんやりしていた。シリルの様子を見つつ、メリフは続けた。
「この街の近辺にも、同姓同名すらいないわ」
「そう……わかった。ありがとう」
不意に頭の中で何かが瞬いたような気がして、シリルは顔を上げる。メリフは不思議そうにシリルを見つめていた。その視線を遮るように、アイレーがふたりのあいだに体を滑り込ませる。
「シリル様の身支度をしますので、メリフ様はダイニングへどうぞ」
「わかったわ。あとでね」
少々気圧されながらメリフは去って行く。アイレーはたまに、メリフに対して厳しいときがある。シリルのこととなると、アイレーが強気になることはよくあることだった。
「また寝過ぎたのかな」
アイレーの手を借りて身支度をしながらシリルは言った。ふふ、とアイレーは小さく笑う。
「よく寝るのは良いことです。メリフ様とロス様が早いだけですよ」
この屋敷に来てから毎朝、メリフがシリルを起こしに来ている。シリルを「寝坊助」と揶揄するが、シリルの生活リズムを把握して上で決まった時間に起こしに来ているらしい。メリフからすると、随分と余裕のある目覚ましなのだろう。
「使用人より先に起きていらっしゃるんですから」
「何でも屋は夜が遅くて朝が早いらしいよ」
「何でも屋は情報戦ですからねえ。情報は、どこで誰が握っているかわかりませんから」
貴族は噂好きで助かる、とメリフが言っていた。ふたりが仕入れた情報は、主に人から聞き出した話から生まれているのだろう。
「僕にはできない仕事みたいだね」
「必要ないですよ」
きっとその通りなのだろう、とシリルは思う。こうしてグレンジャー男爵邸別館でぼんやりしているだけの自分には、情報戦は必要ないのだろう。きっと、重要な情報すら意味を為さないのだ。
廊下には眩い陽光が射し込んでいる。目覚めたばかりの頭には眩しすぎる。朝は苦手だ。いつも寝過ぎてしまうのは、朝に迎え入れられることを無意識に拒んでいるのかもしれない。
「シリル!」
明るい声が聞こえて顔を上げる。笑みを浮かべ、軽く手を振りながら駆け寄って来るのは、グレンジャー男爵家の末妹マギーだった。王立魔道学院の制服を着ており、これから登校するところなのだろう。
「マギー、おはよう。何か用?」
「おはよう! 時間があったから、顔を見に来たわ」
マギーはいつも元気溌剌としている。グレンジャー男爵に、マギーに元気を分けてもらえ、と言われたことがあるくらい、マギーは活力に溢れていた。シリルも、その笑顔を見るだけで気分が明るくなることは実感している。
「なんだか顔色が悪いよ。ちゃんと休んでる?」
「うん、大丈夫。夜はちゃんと寝てるし、居眠りもしてる」
「あはは、そう。時間ができたらうちに遊びに来てよ。ルーカスもデュークも、シリルを心配しきりよ」
「うん」
マギーは明るく笑い、シリルの肩をぽんと叩く。シリルにその元気を分け与えるように。
「落ち着いたら、改めて誕生日パーティをしよう。今度は、みんな一緒にね」
「うん。ありがとう」
「じゃ、またね」
マギーはもう一度、シリルの肩を優しく叩く。マギーは度々こうして別館を訪れ、シリルを元気付けていく。これから王立魔道学院に登校するため、馬車は裏口に停められているのだろう。グレンジャー家の者がこの別館を訪れることはあまりないが、マギーは空いた時間にこうしてシリルに会いに来る。生きているか心配になるからだ、と誰かが言っていた。きっとその通りなのだろう。




