第3章 自我【7】
『この者の罪は許されざるものである』
――違う、僕じゃない。
『命を以って償ってもらう』
――違う、僕じゃないんだ。
『斬首に処する』
冷たい声と、木槌の音が、不吉に響き渡る。
――ああ、そうか。
――もう真実か真実でないかは、関係ないんだ。
急き立てる嘲笑に、意識は攫われていく。
――これで九十九回目だ。
――次の僕は、百人目の僕。
もう、どうでもいい。
――誰も僕を愛さない。
魔法はなんの奇跡も産みはしない。
祈りはすでに、意味を為さない。
ただ、この魂が尽きる日を、待っていることしかできない。
すべてを忘れよう。憶えておく必要はない。
おやすみ、九十九人目の僕。
……――
ふと、目が覚めた。部屋の中はまだ真っ暗で、朝が遠いことがよくわかる。視線を巡らせると、ベッドの上で影がもぞもぞと動いている。
「……ルビー……」
弱々しく呼ぶ声に、影が振り向く。大きな瞳がシリルを捉えた。
「どんな夢を見たの?」
「……わからない」
自分の声があまりに力なく、まだ頭の半分が夢に取り残されている。影は優しい手付きでシリルの髪を撫で、穏やかな鼻歌がゆったりとした微睡を誘う。
「……ねえ、ルビー……」
「ん?」
「……僕は、生きていけるかな……」
あの声がいまも耳の奥に残っている。それが心の隅に疑問を生じさせ、その疑問が存在を揺るがせるようだった。
「……きっと、生きていけない。生きてはいけないんだ……僕には、その価値がない……」
「僕はそう思わない。シリルがいなければ僕はここにいない」
影が優しく頭を撫でると、暗い泉から掬われるような穏やかさが広がる。ただそれだけで充分のように感じられた。
「けれど、シリルが望むなら、僕はすべてを終わらせられる」
大きな瞳がシリルを覗き込む。
「何もかも、なかったことにできる。だから、僕には何も隠さないで」
「……うん……」
「僕が、僕だけがすべてを終わらせられる。僕は、シリルのためだけの存在なんだから」
ゆっくりと目を閉じる。そうしていれば、いつか朝が来る。いずれ夜は明ける。ただそれを待っているだけでいい。
「……母様に会いたい……」
無意識に漏れた呟きに、影は大きな目を細めて微笑む。
「おやすみ、シリル。良い夢を」
いまはただ、祈り続けるほかに方法はなかった。
* * *
「どう思う?」
書類から顔を上げて問いかける。そうね、と同僚が口を開いた。
「なんとも言えないわね。原因を特定しないことにはどうにも」
「原因を特定すると言っても」と、別の同僚。「どこもかしこも反応なし。進展もなし」
「まだ結果を求める段階じゃない。少しずつでも近付いていればそれでいい」
結果に満足できていないのは全員、同じこと。それでも、彼らには他の手段がない。遅々として進展しない書類は、放ってしまいたくなるほど虚しい。
「そうは言っても」同僚が言う。「これほどまでに反応がないと、疑いたくもなるわ」
「必ずあるはずなんだ。どこかに、何かしらの形で」
「別に諦めているわけではないのよ。あたしの探求心は留まるところを知らないわ」
きっとこの同僚たちがいなければ、この書類の一枚も生まれることはなかっただろう。諦めざるを得なかったかもしれない。そう考えると、ほんの少しは進展しているのかもしれない。
「もっと別の方法を考えたほうがいいのかもしれないよ」
「別の方法って?」
「すぐ思い付かないから悩んでいるんじゃないか」
同僚たちももどかしい思いをしている。これほど尽力しているというのに、何ひとつとして結果が出ていない。成果ゼロのままでは、いずれ取り上げられてしまう。
「とにかく、可能性をひとつずつ潰していこう。そうすれば、必ず見えて来るはずだ」
「気の遠くなる話ね」同僚は肩をすくめる。「ま、それを追究するのが研究者ってものだわ」
「これ以上」と、別の同僚。「あの人の逆鱗に触れないといいんだけど」
「そのときは別の研究で黙らせればいいのよ。いちいち細かくてうんざりするわ」
「きみが気にしなさすぎるんだ」
溜め息を落とす別の同僚が、気を取り直した様子で振り向く。
「彼のほうは任せても大丈夫?」
「問題ない。覚悟はすでに決まっているよ」
「お互い潰れないようにやっていきましょ」
あとどれくらいの時間が残されているかわからない。きっとそう多くはないだろう。間に合うかわからない。だが、間に合わせなければならない。すべてを終わらせなければならない。何もかも手遅れになる前に。




