第3章 自我【4】
シリルが執務室に入って行くと、町の代表者である中年男性が立ち上がる。その手には何枚もの書類があり、話し合うことが多いようだ、とシリルは考えた。
「お待たせしました」
「どうも。お忙しいところを」
シリルが男の向かいに腰を下ろすと、ロスとトラインはその後ろに控えた。先ほどトラインから教えられた情報によると、南端の町サーティスの代表者のようだ。
シリルが思っていた通り、男は引き継ぎに関していくつか報告と要望を持ち出した。シリルが半年前に爵位を継いだばかりであることを考慮したようで、話し合いには充分な時間をかける。そうして男が持っていた書類の粗方が片付くと、男が思い出したように言った。
「護衛官の欠員が深刻でしてな」
「護衛官……」
書類に目を凝らすシリルがなかなか項目を見つけられずにいると、後ろから書類を覗き込んだロスがその箇所を指差す。数字をつくづくと見たあと、シリルは顔を上げた。
「以前の報告では充分だったようですが……」
「ええ……。昨年の疫病で亡くなった者や、後遺症で引退せざるを得なかった者が予想以上に多かったのです」
昨年、領地の南側で疫病が民を苦しめた。そのときは前伯爵がその手腕を発揮し、ウォード薬学研究所との連携でどうにか収めることができた。そのときにはそんな報告はなかったはずだ。
「なぜもっと早く申告しなかった」
厳しい口調でロスが言う。男は驚いた様子でロスを見遣るが、シリルは貴族として唯一できる微笑みを浮かべて見せた。
「彼は私の補佐です」
「あ、ああ、そうですか。昨年は疫病の対策で伯爵家の支援を賜り、そうしているうちに前伯爵の事故……。その後の処理と引き継ぎのため忙しくしており、申告するのが遅れてしまいました」
自分の処理能力の低さを痛感させられるような問題だ、とシリルは考える。父や兄であったなら、もっと早く解決できたことだろう。
「自警団を組織するための人員の確保は厳しいか?」
ロスが再び問いかけるのでシリルは顔を上げた。男は少し気圧されながらも口を開く。
「一度だけ募集をかけてみましたが、サーティスはそもそも農村。腕に自信のある者はほとんどおりません」
「では、外部から人員を募る必要がありますね……」
「ちょうどいいじゃねえか。ホーキンズ家を頼ればいいだろ」
意外とも思えるロスの言葉に、シリルは思わずきょとんと彼を見上げた。ロスは呆れた様子で続ける。
「コネクションを作る場を提供できるなら、自警団を組織するためのコネクションくらい自家で作れるだろ。伯爵家でそれをできるなら話が早いがな」
「なるほど……。そうですね。検討してみましょう。詳細が決まり次第、報せを出します」
「ええ、よろしくお願いします」
残りの細々とした報告のあと、サーティスの代表者は去って行った。シリルはソファにもたれて深く息をつく。話し合いは書類のように時間をかけられるものではなく、返答の速度を求められる。それがシリルにとっては疲労感の溜まる要素だった。
アイレーがハーブ水を持って来て、小休憩の時間を取る。応対のときはいつも肩に力が入ってしまい、それに合わせて首も凝ってしまう。体力の消耗が激しい仕事だ。
「ロスは機転が利きますね」シリルは言った。「ホーキンズ家のことは少し話しただけなのに」
「お前が利かなすぎるだけだ。ホーキンズ家とは親戚なんだろ」
「領地経営のことで頼るのは、考えていませんでした」
「叔父とは関わりが薄いのか?」
「様子を見に来てくれることは度々あります。僕がこんなふうだから、心配のようです」
「お前のことだから『心配いりません』とか言うんじゃないか?」
「そう言わざるを得ないですよ。叔父は心配性ですから」
困って言うシリルに、ロスは多少なりとも呆れたようだ。
「兄はどうした。ラト家の事業で手一杯か?」
「そちらも、父の急死による混乱がひと段落したばかりのようです」
「ひとりの急死で半年もかかるのか」
「えっと……父は魔法主義でした。科学を取り組む発想がなかったようです」
「なるほどな。魔法により構成された仕組みを解析するところからってことか」
「兄は、旧態依然とした仕組みを変えようとしていたようですが、父は頑固な人でしたから」
「では領地経営の引き継ぎに時間がかかっているのは、お前の力不足ということか」
「それは否めません。ロスとメリフの仕事の早さが羨ましいです」
自分がその域に達することは、おそらく一生をかけてもないだろう、とシリルは思う。経験値の差が大きいこともあるだろうが、ロスとメリフはそうでなくとも能力の高い人間だろう。自分より能力の低い者はいないようにシリルは思うが。




