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一杯のあとに、少しだけ  作者: 塵無


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閑話休題1 静かな午後とはじまりの記憶 13時30分

閑話休題にのみ、前書き後ろ書きを添えています。

 賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。


 今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。


 けれどこの時間帯、まだ“お客様”の姿はありません。


 カップに注がれるのは、自分のためのコーヒー。


 ミルで挽いた豆の香りが立ちのぼると、マスターはふと、カップを見つめながら小さく笑いました。


「……自分の店、か……。試しにとはいえ、持ってみるものですね」


 少し前まで、彼女は別の仕事をしていました。正しくは今も、ですが。


 上の人の機嫌を損ねないか、また見限られる同僚を見て「次は自分かもしれない」と思ってもいました。


 そんな中、唯一の慰めだったのが、たまに立ち寄る、この小さな喫茶店でした。


 カウンターの向こうにいたのは、今の自分よりももう少し年上のマスター。


 彼はいつも変わらず、静かに、ただ静かにコーヒーを差し出してくれました。


「あなたが飲む時、どんな顔をしてるかを想像しながら淹れると、味が変わるんですよ」


 そう言って微笑んだ、あのときのマスターの顔を、今もよく覚えています。


 ある日、その店が突然閉店したことを知り、彼女は大きな喪失感を覚えました。


 何かが欠けた気がして、自分のなかにぽっかりと空白ができたような。


 それはただの“通い慣れた場所”を失っただけではなく、静かな居場所を奪われたような感覚でした。


「じゃあ、作ればいいのかもしれない……私だけの、静かな場所を」


 それが、すべての始まりだったのです。


 店の名前も掲げず、看板も控えめに、場所もわかりづらく。


 でも、必要とする人にはきっと届くように。


 そんな願いを込めて、彼女はこの店をつくりました。


 思ったように静かでひっそりと、でもお客様は来てくれる。彼女の思った通りのお店となりました。


 最近は上の人から懇意にされているようで、より生活しやすくなったそうです。


 コーヒーをひとくち口に含み、彼女はふっと微笑みました。


「……さて、そろそろ、誰か来てくださる頃でしょうか」


 今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。


 誰かのこころが、ほどけていく準備が、できたようです。


最後への伏線をさりげなく入れています。

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