表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一杯のあとに、少しだけ  作者: 塵無


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/28

OL 来店時刻:20時

 賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。


 今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。


 ――木製のドアが、ばたんっと勢いよく閉まりました。


「はぁ〜……もうダメ、限界……」


 そう言いながら入ってきたのは、スーツ姿の若い女性でした。ヒールの音もどこか投げやりで、肩の力が抜けたままカウンターへと向かってきます。


「こんばんは。お疲れのようですね」


「ええ、そりゃもう。白ワインください。甘めのやつで」


「かしこまりました」


 マスターがボトルを選び始める間に、彼女はため息混じりにスツールへ座り、手鏡を出して前髪を直します。


「今日は、お仕事が長引いたのですか?」


「ううん、定時には終わったんですけどね。……あの男に会っちゃって」


「と申しますと?」


「元彼です。しかも、新しい彼女連れて歩いてて、こっちチラ見してきたんですよ! 信じられます? 自意識過剰すぎるっての!」


 白ワインがグラスに注がれ、テーブルの上に置かれました。彼女は勢いよく一口飲み、少しだけ目を細めます。


「……ん、おいし。癒やされる……」


「お口に合ってよかったです」


「ていうか、何が『君とは価値観が合わない』よ。新しい子は同じ部署の後輩で、どうせ若い方がいいってだけでしょうが!」


「なるほど。それは、おつらいお気持ちでしたね」


「マスター、聞いてくれてありがとう。誰かに話したかったんです」


「どういたしまして。ここは、そういう場所でもございますから」


「それにしてもマスターって、聞き上手ですよね。なんでそんな落ち着いてるの?」


「生まれつき、なのかもしれません」


 彼女はふっと笑い、グラスの中の白ワインを見つめました。その表情はさっきまでの怒りとは違い、少しだけやわらかさが戻ってきたように思えます。


「でもまあ、もう吹っ切れたかも。……ていうか、あんなのに未練感じてる自分がイヤだし」


「過ぎた関係は、時として後から気づきを与えてくれるものです」


「気づきね……そうかも。次は、ちゃんと私のことを大事にしてくれる人がいいな」


「きっと、そのような方と巡り合えますよ」


 彼女はグラスの残りを飲み干し、すっくと立ち上がりました。


「マスター、ありがと。また愚痴りに来てもいいですか?」


「ええ、いつでもお越しくださいませ」


「ふふっ、なんかスナックのママみたい。じゃ、また!」


 ドアが開き、涼しい夜風が店内に流れ込みます。その風に吹かれるように、マスターはそっと髪を撫でながら呟きました。


「自分を大切にすることが、きっと次の幸せにつながっていくのです」


 今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。


 誰かのこころが、ほどけていったようです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ