OL 来店時刻:20時
賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。
今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。
――木製のドアが、ばたんっと勢いよく閉まりました。
「はぁ〜……もうダメ、限界……」
そう言いながら入ってきたのは、スーツ姿の若い女性でした。ヒールの音もどこか投げやりで、肩の力が抜けたままカウンターへと向かってきます。
「こんばんは。お疲れのようですね」
「ええ、そりゃもう。白ワインください。甘めのやつで」
「かしこまりました」
マスターがボトルを選び始める間に、彼女はため息混じりにスツールへ座り、手鏡を出して前髪を直します。
「今日は、お仕事が長引いたのですか?」
「ううん、定時には終わったんですけどね。……あの男に会っちゃって」
「と申しますと?」
「元彼です。しかも、新しい彼女連れて歩いてて、こっちチラ見してきたんですよ! 信じられます? 自意識過剰すぎるっての!」
白ワインがグラスに注がれ、テーブルの上に置かれました。彼女は勢いよく一口飲み、少しだけ目を細めます。
「……ん、おいし。癒やされる……」
「お口に合ってよかったです」
「ていうか、何が『君とは価値観が合わない』よ。新しい子は同じ部署の後輩で、どうせ若い方がいいってだけでしょうが!」
「なるほど。それは、おつらいお気持ちでしたね」
「マスター、聞いてくれてありがとう。誰かに話したかったんです」
「どういたしまして。ここは、そういう場所でもございますから」
「それにしてもマスターって、聞き上手ですよね。なんでそんな落ち着いてるの?」
「生まれつき、なのかもしれません」
彼女はふっと笑い、グラスの中の白ワインを見つめました。その表情はさっきまでの怒りとは違い、少しだけやわらかさが戻ってきたように思えます。
「でもまあ、もう吹っ切れたかも。……ていうか、あんなのに未練感じてる自分がイヤだし」
「過ぎた関係は、時として後から気づきを与えてくれるものです」
「気づきね……そうかも。次は、ちゃんと私のことを大事にしてくれる人がいいな」
「きっと、そのような方と巡り合えますよ」
彼女はグラスの残りを飲み干し、すっくと立ち上がりました。
「マスター、ありがと。また愚痴りに来てもいいですか?」
「ええ、いつでもお越しくださいませ」
「ふふっ、なんかスナックのママみたい。じゃ、また!」
ドアが開き、涼しい夜風が店内に流れ込みます。その風に吹かれるように、マスターはそっと髪を撫でながら呟きました。
「自分を大切にすることが、きっと次の幸せにつながっていくのです」
今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。
誰かのこころが、ほどけていったようです。




