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一杯のあとに、少しだけ  作者: 塵無


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24/28

母子 来店時刻:15時

 賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。


 今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。


 ――木製のドアが、そろりと開きました。


「……ここが、あの店ね」


 入ってきたのは、少し気後れしたような表情の少年と、その手を優しく引く女性でした。母と息子らしく、二人ともやや緊張した面持ちで扉をくぐってきました。


「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


「はい……こちら、子どもでも大丈夫でしょうか?」


「もちろんでございます。どうぞ、奥のお席へ」


「すみません、ありがとうございます」


 席に着いた母子は、メニューを見ながら顔を見合わせました。


「ぼく、ホットミルクがいいです」


「じゃあ、私はカモミールティーをお願いします」


「かしこまりました」


 注文を受けたマスターが準備を始めると、少年はそわそわと辺りを見回しながら、小さな声で母親にささやきました。


「ママ、ここ、静かで……なんか、かっこいいね」


「そうね。落ち着いてて、居心地がよさそう」


 やがてマスターが二つのカップを運んでくると、少年は目を輝かせて声をあげました。


「わっ、あったかくっておいしそう!」


「どうぞ、ごゆっくり」


 カモミールの香りが漂う中、母親がふと口を開きました。


「この子、最近ちょっと元気がなくて……。転校したばかりで、なかなか馴染めないみたいなんです」


「そうでしたか。新しい環境というのは、大人でも緊張しますからね」


「そうなんです。でも、この子、絵を描くのが好きで。今日は気分転換に、ふたりで出かけてみようと思って」


「それは素敵なことですね」


 少年は恥ずかしそうに俯きながらも、小さく言いました。


「きのう、お店の外の看板の絵、見たよ。お姉さんがかいたの?」


「はい。お店の雰囲気が伝わればと思って」


「ぼく、ああいう絵、好きだな。うまく描けるようになりたいな……」


 マスターは柔らかく微笑みました。


「きっと描けるようになりますよ。絵は、好きという気持ちが一番の力になりますから」


「……うん!」


 母親はその様子を見て、ほっとしたようにカップに口をつけました。


「なんだか、この店に来てよかったです。息子の顔が、少しだけ晴れた気がします」


「それは何よりでございます。また、いつでもお越しください」


 ふたりは席を立ち、そっと頭を下げてから店を後にしました。ドアの向こうで少年が「また来たいね」と笑う声が、静かに響いていました。


 マスターは空になったミルクカップを見つめながら、そっと呟きました。


「やさしさに包まれた時間は、小さな背中をそっと押してくれるものです」


 今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。


 誰かのこころが、ほどけていったようです。

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