母子 来店時刻:15時
賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。
今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。
――木製のドアが、そろりと開きました。
「……ここが、あの店ね」
入ってきたのは、少し気後れしたような表情の少年と、その手を優しく引く女性でした。母と息子らしく、二人ともやや緊張した面持ちで扉をくぐってきました。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「はい……こちら、子どもでも大丈夫でしょうか?」
「もちろんでございます。どうぞ、奥のお席へ」
「すみません、ありがとうございます」
席に着いた母子は、メニューを見ながら顔を見合わせました。
「ぼく、ホットミルクがいいです」
「じゃあ、私はカモミールティーをお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けたマスターが準備を始めると、少年はそわそわと辺りを見回しながら、小さな声で母親にささやきました。
「ママ、ここ、静かで……なんか、かっこいいね」
「そうね。落ち着いてて、居心地がよさそう」
やがてマスターが二つのカップを運んでくると、少年は目を輝かせて声をあげました。
「わっ、あったかくっておいしそう!」
「どうぞ、ごゆっくり」
カモミールの香りが漂う中、母親がふと口を開きました。
「この子、最近ちょっと元気がなくて……。転校したばかりで、なかなか馴染めないみたいなんです」
「そうでしたか。新しい環境というのは、大人でも緊張しますからね」
「そうなんです。でも、この子、絵を描くのが好きで。今日は気分転換に、ふたりで出かけてみようと思って」
「それは素敵なことですね」
少年は恥ずかしそうに俯きながらも、小さく言いました。
「きのう、お店の外の看板の絵、見たよ。お姉さんがかいたの?」
「はい。お店の雰囲気が伝わればと思って」
「ぼく、ああいう絵、好きだな。うまく描けるようになりたいな……」
マスターは柔らかく微笑みました。
「きっと描けるようになりますよ。絵は、好きという気持ちが一番の力になりますから」
「……うん!」
母親はその様子を見て、ほっとしたようにカップに口をつけました。
「なんだか、この店に来てよかったです。息子の顔が、少しだけ晴れた気がします」
「それは何よりでございます。また、いつでもお越しください」
ふたりは席を立ち、そっと頭を下げてから店を後にしました。ドアの向こうで少年が「また来たいね」と笑う声が、静かに響いていました。
マスターは空になったミルクカップを見つめながら、そっと呟きました。
「やさしさに包まれた時間は、小さな背中をそっと押してくれるものです」
今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。
誰かのこころが、ほどけていったようです。




