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一杯のあとに、少しだけ  作者: 塵無


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女子高生 来店時刻:17時

 賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。


 今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。


 ――木製のドアベルが、からん、と軽やかに鳴りました。


「こんばんはーっ! あれっ? こんにちは? まぁいっか!」


 明るく元気な声が店内に響きます。入ってきたのは、制服姿の女子高生でした。髪はツインテール、鞄のキーホルダーがやたらと賑やかで、足取りも軽やかです。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」


「うん、今日は一人です! カフェラテ、お願いします!」


「かしこまりました」


 元気な声に対してカウンターにちょこんと小さく座った彼女は、くるくるとスプーンを指で回したり、隣の空席を覗きこんだり、落ち着かない様子でした。


「マスターって、彼氏とかいるんですか?」


 突然の質問に、マスターは一瞬だけ目を見開きますが、すぐに柔らかく微笑みました。


 年頃の女の子がこういった切り出し方をする時は、大体決まっているものです。


「私の話より、今日はどうなさったのですか?」


「うーん……聞いてくれます? 実はですね……好きな人ができたんですよ、私」


「まあ。それは素敵なことですね」


 思った通りでした。彼女は目を輝かせて、想い人を空に見つめています。


「……で、その人に告白しようか迷ってるんですけど、タイミングが全然わかんなくて」


 マスターはふわりと湯気を立てるカフェラテを目の前に置きながら、そっと問いかけます。


「その方は、どんな方なのですか?」


「えっとね、三年の先輩で、すっごくカッコよくて、ちょっとだけ不器用で……あと声が良くて!」


 嬉しそうに語る彼女の頬がほんのりと赤く染まっていて、それがまるで、テーブルに置かれたラテアートのハートみたいでした。


「素直に思いを伝えるのは、きっと勇気がいりますね」


「そうなんですー! なんか振られたらどうしようとか、空気読めないって思われたら嫌だなーって」


「でも、気持ちを伝えることで、あなた自身が少しだけ変われるかもしれませんよ」


 女子高生はカフェラテを一口飲んで、ふうっと息を吐きました。


「……マスターって、なんかお母さんみたいですね」


「よく言われます」


「……でも、そっか。ちゃんと伝えた方がいいのかな。今しか言えないし」


「ええ。思いが届くかどうかより、その思いがあるということが、きっと大切なのだと思います」


 彼女は少しの間、カップを見つめたあと、勢いよく立ち上がりました。


「よーし、やってみます! 告白、してみます!」


「がんばってくださいね。応援しております」


「マスター、ありがとーっ!」


 そう叫ぶように言って、彼女はぴょんっと跳ねるように店を出ていきました。ドアが閉まる寸前、ラテアートのハートがゆらりと揺れて、やがて溶けてゆきます。


 店内にはまた静寂が戻り、マスターはカップをひとつ洗いながら、ゆっくりと呟きました。


「どんな答えでも、その一歩を踏み出せたことが、きっとなにより尊いのです」


 今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。


 誰かのこころが、ほどけていったようです。


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