閑話休題2 黒猫と夜の不思議な約束 21時50分
話の度に異なるジャンルなので、合わない方もいるかもしれませんがご了承ください。
賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。
今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。
……けれどその夜、訪れたのは『お客様』ではありませんでした。
「……あら?」
閉店後、掃除を終えて裏口に出ると、そこにちょこんと座っていたのは、艶やかな毛並みの黒猫でした。
首輪もなく、目だけがやけに澄んでいて、まるで何かを語りかけているようです。
「迷い込んだのですか?」
そう問いかけても、猫は何も答えず、ただじっとマスターを見つめるばかり。
ふいに視線を逸らしたかと思うと、くるりと身を翻し、足音もなく歩き去ろうとします。
「……少しだけなら、お茶でもいかがですか?」
マスターが冗談半分にそう声をかけると、黒猫はぴたりと足を止め、今度はそのまま店の中へと入っていきました。
「……ほんとうに?」
返事はありません。でも、それで充分な気がしました。
その夜、黒猫はカウンターの上に静かに座り、マスターの動きを見つめていました。
湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ、程よく温めたミルクを浅めの皿に淹れ、そっと横に添えます。
「このお店を始めてから、不思議なお客様には慣れてきましたけれど……あなたは、なかなか上位に入りますね」
もちろん、猫は何も言いません。
けれどその瞳の奥には、どこか懐かしさにも似た、深い静けさが宿っているようでした。
「……もしかして、誰かの生まれ変わりだったりして」
そうつぶやいてから、マスターは少しだけ、照れたように笑いました。
ありうるかもしれない。そう思ったからです。
けれど猫は、ふっと瞬きをして、まるで肯定するように静かに首を傾げました。
その夜、黒猫は何も言わずに、しかしまるで誰かのように、マスターの言葉を最後まで聞いてくれていたのです。
そして店じまいの時間、そっと外に出ていったかと思えば、もう姿はどこにもありませんでした。
「……また、来てくださいね。紅茶の温度は、ちょうどあのくらいが良さそうでした」
言葉に返事はありません。でも、あのぬくもりは、確かにそこに残っていました。
今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。
心と心が、静かに通じた夜のことでした。
伏線その2です




