カメラ女子 来店時刻:16時50分
賑やかな通りから一本、そしてもう一本横に曲がった先にある、小さなカフェ&バー。
今日も若きマスターがいるこの店には、ほんの少しだけ、刺激的なお客様が訪れます。
――木製のドアベルが、ころんと軽やかに鳴りました。
「こんばんはー、あ、カウンターいいですか?」
明るい声とともに現れたのは、カメラを首から下げた若い女性でした。スポーティなリュックと動きやすそうな服装、頬には日焼けのあとが残っています。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
「ありがとうございます。……カフェモカください!」
「かしこまりました」
彼女はカメラをそっと膝の上に置きながら、カウンターの隅を見渡しました。その目は生き生きとしており、シャッターを切る瞬間を逃さぬような集中力を帯びています。
「撮影帰りでいらっしゃいますか?」
「はい! 今日は近くの河原で野鳥を撮ってきたんです。あとは街角スナップも少し」
「素敵ですね。何か、心惹かれる被写体がございましたか?」
「んー、今日は偶然見かけた老夫婦の写真が一番よかったかも。手をつないでて、すごく自然で……」
マスターは温かいカフェモカを差し出しながら、静かに微笑みました。
「そういう一瞬に出会えるのは、きっと感性が研ぎ澄まされている証拠ですね」
「そうだといいんですけど……でも最近、写真が自己満足になってる気がして。誰かのためじゃなくて、自分のためだけに撮ってる感じがして、ちょっと迷ってたんです」
彼女はカフェモカをひと口飲み、ふっと笑いました。
「でも、今日あの老夫婦を撮ったとき、“この瞬間を誰かに伝えたい”って、久しぶりに思ったんです」
「それは、写真が“記録”から“贈りもの”に変わった瞬間かもしれません」
「贈りもの……いい言葉ですね、それ」
彼女はカメラのモニターを操作し、先ほどの写真をマスターに見せました。そこには、夕陽の中を並んで歩く老夫婦の後ろ姿が、あたたかく切り取られていました。
「これは、すてきな一枚ですね」
「ありがとうございます。ちゃんと“誰かに届く写真”を撮れるように、また頑張ります」
「どうぞ、ご自身の感性を信じて」
彼女は元気よく立ち上がり、ストラップを肩にかけながら笑いました。
「ごちそうさまでした。また撮れたら、見せに来ます!」
「ええ、楽しみにしております」
ドアが開き、涼しい風が一枚の写真のように店内を通り抜けていきました。
マスターは湯気の残るカップを見つめながら、そっと呟きます。
「感動を記録する手は、きっと心の奥とつながっているのでしょう」
今日もまた、一杯のあとに、少しだけ。
誰かのこころが、ほどけていったようです。




