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第三話 大盤振る舞い!!

 俺は気を取り直して、改めて自転車屋に向かっていた。

 道中、財布を拾ったので交番に届けてから、そのまま自転車屋でホイールとチューブの替えを買って、真っ直ぐ帰宅する。

 時刻は丁度午後十二時で、昼食にカップラーメンを食べてから、帰り道に買ったガリガリするアイスを頬張る。

 冷房の効いた室内でアイスを食べているとむしろ身体は冷えてきてしまうが、それが心地よくすらある。

 そして、最後まで食べきってからあることに気がついた。

「あれ、当たりじゃん」

 珍しいこともあるもんだ。もしかしたら小学生以来かもしれない。


            ◇


「あんな事あったら、そりゃ来るよなぁ」

 我ながら単純で、素直ないい子だなって、自分の頭を撫でくり回してやりたい。

 まあ勿論、昼間から連日ギャンブルに足を運んでるやつがいい子も糞もないが。

「もういっそ、一回転目で当たり引いて、そのまま五万発くらい出てくれねえかな」

 もしそうなれば今月のバイト代と同レベルの金が手に入ってしまうので、滞納した支払いも払えて、少しくらい遊びにも出られるんだけど。

 まあ勿論、そんな事には遭遇したこともなければ、どれだけ低い確率なんだという話だが。

 そんな風に思いながら、なけなしの一万円札を機械に投入して、貸出ボタンを押す。

 ハンドルを捻って、ヘソと呼ばれる穴に最初の玉が入った瞬間、ぽきゅーんと、人間の快楽中枢に訴える音が鳴り響いた。

「え、まじ?」

 いわゆる保留と呼ばれるものが、なんと虹色に変化する。大当たり確定の色だ、しかも、確変も確定の超激アツだ。

 タイトルも変化して、強ルートに入って、テロップも変化して、それどころか確定音も鳴り響いて。

「わ、マジで当たった」

 ボタンワンプッシュ、投資五百円、一回転目、ラッシュ突入。

 全てのパのつくカスが夢に見るような展開に、逆に唖然としてしまう。

「いや、まあ。すぐに終わったら意味ないし」

 何しろ昨日だけで十万円も飲まれているのだから、少なくとも三万発近くは出ないと釣り合いがとれない。

 引いたラッシュがすぐに終わるのではないか、自分の人生はそんなものだ。

 なんて思っていたら、あれよあれよと言う間に、機械の限界まで出続けてしまった。

 いわゆるコンプリート、三十四万円分の出玉を持って、最早唖然としながら俺は店を出た。


            ◇


「いやあ、こんなこともあるんだなあ」

 あるんだろうか、本当に。

 いや、現実に起きているのだからあるのだけれど、動画サイトで見るような、毎日のように日がな一日打ち続けている人達でも、こんな事に遭遇しているのは見たことがない。

「なんか、ちょっと怖くなってきたな」

 そんな風に贅沢なことを言っていると、電話がプルプルと着信を知らせる。

 知らない番号なのですかさずブラウザを開いて検索する。こういうのって今の時代大事じゃん?

 だって、詐偽電話とか怖いし、借金の督促はもっと怖いし。

 すると、その番号はなんと最寄りの警察署からだった。

 戦々恐々としながら、心当たりを記憶から探りつつ電話に出る。

「あ、もしもし……須野田ですけど……」

『あー、須野田さん? 先程は落とし物の届け出ありがとうございました。たった今持ち主の方が交番にいらっしゃいまして、須野田さんにお礼がしたいとのことなのでご連絡差し上げまして』

「え、いや、お礼ですか?」

『はいはい、まあ一応お財布の場合中身の一割前後を渡すことが通例なのですけれど、よければ先程の交番まで来ていただけませんか?』

 これは、なんとも棚からぼた餅。徳は積んでおくものだなあ、なんて思いながらも、申し訳なくなって一応固辞の姿勢を示しておく。

「いやあ、お礼が欲しくてやったわけではないですので」

『それがですね、落とし主の方からもどうしてもということですので、一度お話ししてあげて下さい。ご予定あれば後日でも構わないと仰ってますが』

 これ以上の固辞は、むしろ失礼に当たるかもなあ、と考えて、俺はパチ屋から出た足でそのまま交番へ向かっていった。


            ◇


「あらー! あなたが拾って下さったのね、ほんっとうにありがとう、助かったわ~!」

 交番につくと、元気のいいご婦人が俺を迎えてくれる。

 「いえいえ」なんて謙遜しながら話を聞いていると、どうやら中身以上にこの財布自体が大事だったようで、亡くなった旦那の形見なんだそうだ。

 財布自体がかなりの値打ちものなので、もう戻ってくることはないと思っていたところを、それどころか一度も開かれもせずにそのまま交番に届いていたことに感動したらしい。

 まあ確かに、人によっては中身も外身もまるっと自分の物にしてしまうやつだっているだろうが、俺みたいな人間だってそこまで珍しい訳じゃないだろう。

 なので、そんな大層なことはしていないですよ、なんてちょっと気まずくなりながら話していたら、そんな態度すらご婦人のお気に召してしまったようだった。

 そして、そのまま中に入っていた百万円のうち、半分の五十万円を俺に渡してくれた。

「え、本当にいいんですか……?」

「勿論よ! わたしお金には困ってないの、旦那が資産家だったからね!」

 おば様のウィンクはぎこちなかったが、今まで見た誰より魅力的に見えた俺は大分ゲンキンな人間だと思う。

 すると、そんなやり取りをしている交番の前に警察官と、それに連れられた男たちが数人やってきた。

「ほら、大人しくして!」

 何やらやらかしたらしい男たちは風貌からして柄が悪く、ご婦人も少し怯えている。

「出ましょうか」

 俺はご婦人にそう伝えて、頷いた彼女を連れて外に出ようとする。

 そして、すれ違いざまに連れてこられた連中の顔をよく見てみると、そいつらにはよくよく見覚えがあった。

「あ、テメェ昨日の……!!」

 大柄なタトゥー男が俺の顔を見るなりそんな風に睨み付けてくる。

 そうだ、こいつらは昨日俺を路地裏でリンチしてきた連中じゃないか。

 どうやら昨日のそれとは違い、今度は警察の目からは逃れられなかったらしい。

「なに、知り合いなの?」

 目ざとく聞き付けたお巡りさんが、リーダー格のタトゥー男に厳しい声で問いかける。

「いや、別に……」

「そうだな、別にちょっと、路地裏でリンチしたのとされたのとってだけだよな」

「な、テメェ!!」

 リーダー格が俺に食って掛かろうとしたところを、彼を連行していたお巡りさんが肩をぐっと抑えて止めに入る。

「詳しく聞かせて貰いましょうか」

 何しろ、証拠となるような傷は一日程度では綺麗にならないようなものが全身についている。

 俺はご婦人に別れを告げて、事情聴取のためにパトカーに乗って警察署まで向かうこととなった。


            ◇


「パチ屋で勝ったのと、ご婦人のご厚意と、これから入ってくる示談金と……合計でゆうに百万以上あるな……」

 流石に、おかしいと思う。

 いくらなんでもこんなこと、立て続けに起こるだろうか?

 不意に手に入る事となった大金に、俺はむしろ恐怖すら感じていた。

 だが、安物の薄い財布に入りきらずに輪ゴムで止めてカバンに入れていた札束を目にしていると、段々そんな事はどうでもよく思えてきた。

 これだけあれば、欲しかったものなんて粗方買えるんじゃないか?

 そう考えると、何やらむくむくと興奮のようなものが沸き上がってきて、俺は思わずすくりと立ち上がり、部屋のなかで独り小躍りを始めた。

 だって、だってさ、こんな大金今まで持ったことねえもん!

 貧乏暮らしのフリーターがさ、しかもギャンブル趣味の浪費家がさ、持てる筈ねえ大金だぜ!?

「ふ、ふふ、ふははははは!! ひゃっほーーーーーう!!」

 思わず快哉を叫びながら、札束を片手に勝利のビクトリー。

 なんて素晴らしいんだ人生、捨てたもんじゃねえな人生、ていうかどうしたんだ俺の人生。

 すごい、すごいぞ、私にも金が見える。

「はあーあ……」

 ベッドに倒れ込んで、天井を見上げながらこの事実を噛み締める。

 汗だのヤニだの染み込んでまっ黄色のこのマットレスだって、これだけの金があれば買い換えられるじゃないか。

 この喜びを誰かと分かち合いたい、どうにかして誰かに伝えたい。

 そう思って俺は、スマホを取り上げてメッセージアプリの連絡先を眺める。

 一瞬、昨日別れを告げられた新鮮な元カノの顔が浮かんだが、すぐに頭から追い出し、適当な人物に声をかけた。

 すると、メッセージの内容を読んでか、連絡した相手が通話をかけてくる。

「あ、もしもしクラモトさん? お疲れっすー」

『いや、お疲れってお前、さっき言ってたのってマジ? 流石に嘘過ぎるだろ』

「いやいや、信じられないのなんてむしろ俺の方っすよ、とにかく見てくださいこれ」

 なんて言って、札束を写真に撮ってクラモトさんに送る。

 ちょっとの間無言になったクラモトさんは、写真に既読をつけてからこう返した。

『よしお前、飲み行こうぜ』

「そうこなくっちゃ」

 そんな風に約束して、俺は日の暮れ始めた街へと繰り出していった。

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