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第二話 熱中症のカミサマ

 数時間の仮眠を取って、俺は一路、自転車屋を目指して歩いていた。

 貧乏人にとって自転車は相棒だ、なくては生活に多大な支障が出る。

 昨日の大負けで所持金は心許ないが、流石に自転車の修理部品を買うくらいの余裕は残してある。

 そのため、ひしゃげたタイヤのホイールや、パンクしたチューブを新しくするために、歩いて自転車屋に向かっているところだ。

 正直、もう色々なことが面倒になりつつあった。

 自分の無目的な人生をこれ以上引き伸ばすことに何の意味があるのか、なんて事を考え始めていると、馬鹿馬鹿しくて乾いた笑いが浮かんでしまう。

 だが、実際のところは乾くどころか汗だくだ。

 今日の気温は、まだ七月の始めだというのに三十五度を越える猛暑日で、下手をすれば人が死ぬ気温だった。

 途中コンビニで、冷凍のスポーツドリンクと、そうではない普通のスポーツドリンクを二本買っておく。

 自転車屋まではまだ距離がある、節約したいのでちびちび飲むつもりだった。

 すると、前方にふらふらと歩く女の姿が見える。

 女といっても、まだ高校生くらいだろうか。

 平日のこの時間に、私服で出歩くその年頃の少女は、まるで漫画のヒロインみたいなワンピース姿で、ゾンビのようにふらふらと歩いていた。

 そして、ふらふらと車道に傾いていった。

「ば────危ねえ!!」

 クラクションを鳴らすトラックすれすれに少女の手を引き、自分の側に引っ張る。

 一瞬痴漢とか、変質者なんて言葉が浮かんだものの、流石にこんな場面でそうした冤罪を叫んできたりはしないだろう。しないよね?

「は、はにゃあ~」

 ワンピースの少女はそんな風に腑抜けた声を出しながら、引っ張られた流れのまま力なくしなだれかかって来た。

 はにゃあて、俺が根っからアニメ好きの高校生ならぐっと来たかもしれないが、この歳になってからそんな声を聞かされるとむしろひっぱたきたくなる。

「おい、お前……大丈夫か?」

 少女は「うー……」と唸りながらも、力なく頷いて見せはする。

 だが、流石にそれを信じるのは無理があるだろう。

 ひとまず両手をひっつかんで彼女を背負い、すぐそばにあった公園の日陰のベンチにそのまま寝かせた。

 水場でタオルを濡らして、中に冷凍ドリンクを巻いて脇に挟ませて横向きに寝かせる。

 いわゆる回復体位というものをとらせて、もう片方のスポーツドリンクのフタを開けて彼女に飲ませた。

 カバンに入れていたパのつく店で貰ったうちわで扇いでやっていると、少しして、彼女がようやく意識を取り戻してきた。

「うーん、ここはどこっすかあ、あたしは誰っすかあ」

「ここは天国で、お前は迷える羊だ」

「そんなばかなあ、あたしはむしろ神様な筈っすよお」

「熱中症で倒れる神様がいてたまるかよ、お前な、あと少しで挽き肉になってたんだぞ」

「生きにくいっすねえ」

 あ、ヤバい、ひっぱたきたい。

 だが、少女はよく見るとかなり恵まれた見た目をしている。

 髪の色は薄く青みがかっており、黒髪というより紺色に近く、手入れが行き届いているのか艶めいている。ぬばたまってこんな感じだろうか。

 目鼻立ちはくっきりしていて、顔のパーツと頭の大きさの比率が芸能人のそれだ。

 身体も手足がすらりと長く、少女らしい幼さが残りながらも、寝ている姿勢でもスタイルの良さが見てとれる。

「お、なんすかあ。人の身体をじろじろ見て、助けたお礼とか要求する感じすかあ? えっち漫画展開ですかあ?」

「ばーか、ガキに興味なんかねえよ」

「ふうーん」

 今度は、少女の方が俺の方をじろじろと見ている。

 うちわを少女の方から自分に向けてぱたぱたと扇ぎながら、その不躾な視線と目が合わないように気まずい思いで目を反らす。

 すると、少女がおもむろに起き上がった。

 そして、妙なことを口走る。

「お兄さん、大分変な運命してるっすね。捻くれまがってて大変そう……なんとかしてあげるっすか?」

 俺はぱたぱたと扇いでいたうちわをぴたりと止め、少女の方へ思わず訝しげな目線を送ってしまう。

 だってそうだろ、意味分からんもん。

「お前、薄々感じてたけどかなりの電波さんか?」

「電波さんじゃなく、カミサマですね、あたしは」

 益々意味が分からなかった。

 もしかしてさっきの話の続きだろうか。

 俺はどうでもよくなって、手をひらひらと彼女に振ってみせる。

「あーはいはい、じゃあ頼むよカミサマ。俺の運命を変えてくれ」

「あは、いいんすね本当に? じゃあ任されたっすよ」

 そんな彼女の適当な言葉に、けれど俺は、何かまずいことでも言ってしまった気になる。

 しかし、そんな俺の内心を気にもかけずに、少女は俺の目の前に立って、その指先を俺の額に当てた。

 その姿は、髪も目も、白く透き通るようなものへ変じていた。

 指先を当てられた俺の身体はそれだけで爪の先ひとつ動かせなくなり、目の前の白い少女を凝然と見つめるほか無くなる。

 まるで、脳内にでも直接響くかのように、少女の声が浸透し、俺はそれが天女の声かと錯覚した。

「汝、八番目の門をくぐり、識の蔵に辿り着くもの。その右手には熱を宿し、左手には夢を携う巡礼者なり。さりければ、その奇跡を歩む足跡を以て、遍く衆生の先駆けとならん────至れ(エンゲージ)

 瞬間、俺の頭は雷にでも打たれたかのように弾かれた。

 衝撃に視界が明滅し、意識までぐつぐつと煮立っている。

 そうして、しばらくの間頭を手で抑えていると、ふと気がついた。

「あい、つ……どこ行った?」

 少女の姿は、忽然と目の前から消えていたんだ。

 

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