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第十八話 不審火

 俺は走った、とにかく走った、馬車馬のごとく走り続けた。

 自転車での配達業務は、実際のところ重労働だ。

 人一人、ではなく神一柱養いながら大人が生活できるほどに稼ぐには、下手をすれば一日百キロ前後を週に五、六日走らなければならない。

 普通なら、太ももがぱんぱんに膨れ上がって、それどころか背中や腰まで痛めるくらいの重労働だろう。

 だが俺の場合は違う、何しろ積んでいるエンジンもタービンも、普通の人間の数倍のスペックを持っているのだから。

「なんだよ、力の使い方としちゃ悪くないな」

 安全運転には気を付けながらも、速度を出してひたすら運び続ければ、歩合でいくらでも稼げてしまう。

 加えて、最近コントロールを覚えつつある幸運の力も使って、自分に有利な依頼も飛んでくるように仕向けている。

 それらも相まって、普通の人々がやるより恐らく二倍近くは稼げていた。

 今までのどのアルバイトよりもずっと割りがいいので、しばらくはこれでいいかもしれない。

「あいつの言うこと……やっぱり馬鹿には出来ないよなあ。俺にばっか働かせて飲んだくれてるのは腹立つけど」

 ちなみに最近、あの駄女神は勝手に貯金の残りを使って機材を購入し、ゲーム配信業を始めたらしい。

 現状そこまで多くはないが、すぱちゃだか何やらで多少の実入りを寄越してくるようになった。

 引きこもりも使いようである。

「まあもうこれで、経済状況はなんとかなりそう」

 日銭労働者としての立場は変わらないので、おそらく空には渋い顔をされるだろうが、まあその辺はゆくゆく考えていこう。

 ごめん、空、そのうちちゃんとするから。

 どこかで空の呆れた声が聞こえてきたような気がしたが、気のせいだと思うことにして俺は配達を続けた。

 そうして走っていると、ふとあることが気がかりになる。

「なんか、火事多くね?」

 今日だけで、およそ三件目の火事場跡に遭遇した。

 全焼しているような建物から、俺の元バイト先のように半壊状態のものまで、この近辺で三つも見かけている。

「冬に向けて乾燥しているのはあるだろうけど……それにしてもだよな」

 そんな風に思いながら走っていると、後ろからサイレンの音が鳴り響いてくる。

 俺のそばをドップラー効果を起こしながら通りすぎていったのを見届けて、俺は嫌な予感を覚えながら配達先の住所まで走って行く。

 すると、なんとその、配達先の住所である一戸建ての家屋が燃えていた。

「うわ……マジかよ」

 規制線が張られた外側、泣きながらその燃え盛る様子を見ているのは、そこに住んでいたであろう家族だ。

「大丈夫ですか?」

 俺は思わず声をかける。

「あ、ああ……配達員の方。すみません、ちょっと、いま……」

 やはり注文者らしい家族の奥方が、俺の顔を見てたどたどしく答えようとする。

「落ち着いて、何があったんです?」

「それが、注文して少ししてから……急に……家の外で火があがって……ううっ」

 奥方は思わずといった様子で嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。

 俺はそれをなんとか宥めながら、注文された料理をお代は要らないと渡しておく。

 本来現金支払いなので、お金を受け取らなければ俺の給料から差し引かれてしまう。

 だが今のこんな状況でそれを求めるのは酷というものだろう。

 せめてこの配達物が少しでも慰みになればいいなんて思ったが、こんな状況ではまず喉を通らないかもしれない。

 俺はご家族に会釈をして、その場を立ち去ろうとする。

 しかし、ある違和感に気がついた。

「これ……能力が使われた気配がある……」

 微かにだが、気配を感じて探ってみると、やはりそうだ。

 この炎の一部に、能力を使って点火された跡を感じ取ることが出来た。

 力の痕跡をどうにか辿ろうとするが、うまく行かない。

 途中で途切れてしまっているのだ。

「能力を隠すのがうまいやつの仕業ってことか……? 俺が最近きっちゃんに教わってるような」

 とするなら、もしかしたらここ最近相次いでいる近隣の火事は、全てそいつの仕業によるものということかもしれない。

 俺は、ふと後ろを振り向いて、力なく項垂れている一家の姿を見る。

 そして、あることを心に決めた。

「許せねえ……絶対に見つけてやる」

 俺は初めて、自分からカミノリの儀に挑むことを決意した。


            ◇


『それは確かに……カミノトの仕業かもしれないですね……』

 俺は家に帰ると、まだ取材旅行から帰っていない空に真っ先に通話をかけた。

 ちなみにきっちゃんのやつはこんな時に限って、買い物にでも出掛けているのか家には不在だ。

『先輩のその、力の痕跡を辿る能力は私も身をもって体験してますから。私には直近で使われたものをうっすらと感じ取るくらいしか出来ませんが……』

 痕跡の察知はカミノトによってもその能力に差があるようで、空いわく彼女はあまり強くない方だという。

 ちなみに彼女は誰と比べているのかというと、俺と違って既に三人のカミノトを撃破しており、今回の取材旅行もそれがメインの目的らしい。

 勿論命は奪わず印を潰しているそうだが、奪った能力はどれも彼女にはそぐわず持ち腐れにしているそうだ。

『先輩、できればその、火事の起きた現場の位置やどんな建物かを、地図かなにかで送ってくれませんか? もしかしたら力になれるかもしれないです』

「おお、流石はマイハニー、そんな探偵みたいな事が出来るとは」

『先輩……恥ずかしいのでその呼び方はやめてください、本気で』

 駄目なのか、マイハニー。

 バカップルっぽくていいかなと思ったんだけど。

「ともかく、出来るなら頼む。今回のやつはかなりタチが悪そうなんだ。今のところ人命には被害が及んでないらしいけど、それもいつまでそうなのか分からない」

『分かりました……でも先輩、気をつけてくださいね。平気で人の住む家に火をつけるような相手、油断できるとは思えません』

「わかってるよ、ありがとう。愛してる」

『……!! 先輩、ほんと気をつけてくださいね!!』

 空はあまりに恥ずかしかったのか、声を上ずらせて電話を切ってしまった。

 そんな反応が愛おしくて、俺はしばらく通話の終了したあとの画面を眺める。

 そうしていると、きっちゃんが不意に玄関を開けて帰ってきた。

 毎度思うが、こいつは玄関の鍵を開けている様子がない。

 一体どういう不思議パワーなんだそれは、不法侵入が得意って実はこいつ神様じゃなくぬらりひょんなのでは?

「うーわ、なんか甘ったるい雰囲気を感じ取ったっす。ペッ、ペッ」

 こいつは俺が空と通話したりメッセージのやり取りをしていると常にこんな感じだ。

 露骨に機嫌を悪そうにして柄の悪い人相になる。

「お前な……いい加減そのよく分からないやさぐれなんとかなんねえの?」

「やかましいっす、思春期の少女の気持ちは二十歳越えた男になんて分かるわけねえっす」

「百歳越えた思春期がいてたまるか」

「ハんッ」

 鼻で笑うのを表現したかったのか、いかにも間抜けな声を出してきっちゃんはソファに身を投げ出す。

 その手に提げられていた買い物袋には、何やらちょっとした大きさの箱のようなものが入っていた。

「お前、また何か無駄遣いしたのか?」

「違うっすよ、必要な出費っす。ありがたく受け取れっす」

 こいつはいつもそんな風に言ってろくでもない物を買ってくるのだが、今日の様子はどこか違った。

 何故なら、こいつが自分の買ってきたものを人に渡すこと自体が相当珍しいからだ。

「何これ……消火剤……?」

「そうっす。火元に投げ込むだけで消化できる優れものっすよ。重かったんすから有効活用してくださいっすね」

 やっぱり、底知れないというのが本音だ。

 俺が火を操るのだろう敵と戦うつもりであることを、こいつはどうやって知ったというのか。

「……まあいいや、ありがたく頂戴いたしますよっと」

 俺はぼりぼりと頭をかきながら、その袋から中身を取り出そうと手を伸ばすと、しかしきっちゃんはその袋をひっつかんで渡そうとしなかった。

「消化具五つ、しめて二万円っす」

「金とんのかよ!」

 俺は思わず呆れたものの、こいつがこうしたことを言い出す時は、放置すればずっとやかましく近所の顰蹙を買うため、さっさと認めた方が吉だと既に知っている。

 仕方なく諭吉と栄一を一枚ずつ渡し、袋の中身を受け取った。

「あまり大きな火には使えないのと、消し方にコツがいるっす。火を消すことにこだわるんじゃなく、使い方は考えるっすよ」

「ありがたそうな講釈どうも、無償の優しさだったら惚れてたんだけどな」

「マジっすか!? じゃあこれ要らないっす、返すっすよ!」

「冗談に決まってんだろ、俺を惚れさせたとして何が目的だこのやろう」

 偉大だったらしい故人の肖像二枚を両手に迫ってくる電波女、そいつを片手で顔面を掴んでおさえつける。

 ぐるるる、とアホみたいに抵抗するアホを放置して、俺は受け取った消火剤を眺めた。

「まあこんなもん……使う場面もない方が楽なんだけどな」

 とはいえ、こいつが渡してきたのだからそうはならないのだろう。

 やがて来るだろう戦いに向けて、俺は憂鬱にため息をついた。

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