第十六話 グッバイワーク
皆さんこんにちは、唐突ですが私、須野田蓮司、たった今無職になりました。
何があったのかって?
いやあ、私にもびっくりの出来事なんですけども、一連の流れを説明しましょう。
時は、数日前の自宅内での一幕に遡ります。
「蓮司、そろそろ力のコントロールを覚えるべきっすよ」
「力のコントロール……? 馬鹿力に関してはもう十分制御できてるだろ」
唐突に駄女神が妙なことを言い出しまして、私はいつものように怪訝な顔を返したものなんですが。
「そっちじゃなくて、あたしが、このあ、た、し、が、蓮司に渡した力のことっすよ」
やけに自分が渡したことを強調する駄女神に鬱陶しく思いながらも、私は彼女の話をきちんと聞いてやったんですよ。
どうやら、私の幸運を呼ぶ力はまだ、私自身に自覚が芽生えきってないとのことで、無意識に垂れ流してるそうなんですねえ。
「このままだと、他のカミノトに居場所をアピールしてるようなもんっす。一切出さないのも、隠して解放するのもちゃんとコントロール出来るようになった方がいいっすよ」
そんな風に言うもんだから、私は確かにそれもそうだと手を打ちまして、その日から自分が幸運を垂れ流さないように、つまりは不幸な目に合うようにと念じながら生活をしてたんです。
そして今日、バイト先が火事に見舞われたという訳ですねえ。
こりゃ恐ろしい。
「いやふざけんなよ、あんまりだろこれ」
なんなん、マジで。
明日から俺無収入ってこと?
ちなみに、火事の経緯はというと、隣の焼き肉店が出火してその貰い火ということらしい。
ワンオペで店を回していた俺は警報器の音を聞いてしばらく慌てふためいたあと、とにかく客を全員店外に出して、荷物と上着を取りに戻ろうとしたところを防火シャッターに遮られて、身一つで放り出された形だった。
季節はそろそろ秋に入る頃で、特に今日は北風が強く吹き付け、おまけに霧雨も降っており、半袖一枚の制服では凍えてしまいそうだった。
しかも恐ろしいことに、自転車の鍵や財布の類は店内にあるロッカーに入れっぱなしである。
つまり、四駅隣の自宅まで帰る手段がないのだ。
「いや、歩いて帰ろうと思えば出来なくはないけど……ううっ、さみぃ」
身体をぶるりと震わせて、俺は北風に堪え忍んだ。
ちなみに携帯だけはポケットに忍ばせていたので、本部やマネージャーなどとの連絡は既に済ませてある。
先ほどまでは隣にエリアマネージャーだという人物がやって来ていて、俺に「大丈夫、帰っていいよ」とのありがたいお言葉をかけてくれていた。
あの、つかぬことを伺うのですが、帰る手段についてはいかほどお考えでしょうか?
その後も、近所に住んでいるバイト仲間たちが現れては同情の声をかけてくれたが、残念ながらタクシー代なんかを出してくれるような優しさは流石に期待できなかった。
「仕方ない……空に連絡しよう」
俺はこんな時こそ、頼れる彼女に連絡するべきだと考え、携帯の連絡先の一番上に設定している、ついでに待ち受けにも設定している恋人に連絡を取った。
「え、先輩……大丈夫ですか? 煙とか吸い込んでませんか?」
流石は愛しのマイエンジェル、優しさが冷えた身体に染み渡るぜ。
「でもごめんなさい……私、今県外に出てしまってまして……急な取材旅行で丁度連絡するつもりだったんですけど」
ガッデム、神は死んだ。
いや、多分今ごろうちでごろ寝してるんだろうけど、ポテチでもつまみながら。しねっ。
俺は深いため息をついて、反対の通りの喫煙所から燃え盛る城を眺めている。
通りがかったバイト仲間からは「煙を見ながら煙を吸っている」などと馬鹿にされたが、仕方ねえだろ、吸わなきゃやってらんねえよ。
そうしてどうしたものかと思案しながらしばらくそこにいると、不意に、久しぶりに見た顔と再会した。
「おまえ……煙見ながら煙吸ってんの?」
「その言い回し流行ってんのかよ」
そこにいたのは俺の天敵こと、久我山夏樹その人であった。
◇
「いや、まさかお前が助け船出してくれるなんてな」
「なんだ、気に食わないなら出ていっていいんだぞ」
俺はなんと恐ろしいことに、夏樹の部屋に招かれていた。
ちょうど近くに住んでいるとのことらしく、ご丁寧に寒空のなか震える俺を拾ってくれたのだ。
夏樹の住むマンションはいかにも金を持ってる人間が住むような建物で、部屋のインテリアもシックに整えられており、まるでホテルの一室のよう。
何から何まで、うちの古マンションとは雲泥の差だった。
「お前、少し前からコンビニで見ないと思えば、結局カラオケでアルバイトか」
「んにゃ、あそこのバイトもずいぶん前からコンビニと兼業してたけど。まあどの道あれじゃ建て直しのレベルだろうし、きっと俺は無職になるんだろうな……」
「ふーん、生活は平気なのかよ」
「おま、どうした……不気味なんだけど」
俺の素直な感想を受けて、夏樹は「はっ」と鼻で笑う。
「あんまり惨めでかわいそうだからな、つい同情してるんだよ」
「あーうん……お前はそんくらいの方がらしいよ、多分」
俺のそんな呆れた声を受けて、夏樹は不愉快そうに舌打ちをする。
今からでも歩いて帰ろうかと一瞬考えたが、流石にそれは不義理だろうし、外の寒さを思えばそんな考えも失せてしまう。
「取り敢えず、お前はソファで寝ろよ。シャワーは貸さん。飯も出さん」
「わあったわあった、一晩泊めてくれるだけでも望外の親切だと思ってるから心配すんなよ」
念を押すかのように不親切をアピールしてくる夏樹だが、実際疎遠になったクラスメイトを家に招いてる時点で呆れるほど親切だ。
本当に、今までの態度がなんだったのかと思えるくらいに。
だが、俺はふと思い出す。
昔、こいつとまだ仲が良かった頃だって、こいつのこういう言動はそのままだったんじゃないか。
ともすれば、それをこんな風に受け流せなくなったのは、どうしてだったのだろうかと。
そこまで思って、俺は思わずこぼしてしまった。
「なんか、懐かしいな。お前とこうして話すの」
「なんだよ、それ。喧嘩売ってんのか」
夏樹は不愉快そうに顔を歪めて見せる。
だが、それが単に不愉快だけの感情ではないことを、俺はなんとなく察した。
だが、夏樹はそんな俺の心境を知ってか知らずか、こんな風に口添えてくる。
「お前さ、俺が最後に会ったときなんて言ったか忘れたのか?」
「え、なんだっけ」
言われて俺は、とうに忘れた記憶をまさぐる。
こいつと最後に会ったとき、それは、確かきっちゃんと会う前日だった筈だ。
その時に言われたことと言えば。
「あ、そういえば……コナミのやつ元気してる?」
「お前……マジで忘れてたのかよ」
夏樹は呆れを隠しもせずに表情に浮かべ、小さくため息をついた。
「いや、まあ……そうだな」
確かに忘れていた、とっくに記憶の彼方へと旅立っていた。
「つまり、お前にとってあれはどうでも良い女だったってことか」
「おま、人聞き悪いな……」
まあ、事実否めなくはあるんだけど。
「道理で、お前があんな女を自分から選ぶとは思えなかったからな。口を開けばお前の悪口ばかりで、うんざりしてさっさと捨てたわ」
「ひでえなお前……いや俺も人のこと言えないかもしれんけど」
だって今の今まで、そんな人物のことは忘れ去っていたわけだし。
そりゃあそうだろ、浮気して俺を捨てたような相手で、そのあとも色々あったからな。
「まあいい。それが気になってたから声をかけただけだ。聞きたいことは聞けたからさっさと寝ろよ、お前とピロウトークなんてしたかねえ」
「俺だってそうだが言い方」
さっさと寝室へ向かってしまった夏樹に置いてけぼりにされ、俺はソファに横たわる。
「あいつ、俺が何か悪さするとか考えねえのかよ」
そんな、意味のわからない信頼のようなものに戸惑いながらも、俺は眠りについた。