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第十五話 私の王子様

 泣き声が響く、不様な声だ。

 破壊し尽くされ空が見えるホールの反対側で、そこにいた筈の彼のことを、考えて、忘れたくて、でも考えしまって、涙が止まらなかった。

 自分は、何でこんなことをしたんだろう、なんて愚かなんだろう。

 考えたってもう遅いのに、彼はもう塵となって消えてしまった筈で、その後悔が波のように押し寄せて私の心を押し潰してくる。

 酷い話だ、いくら好いた相手だからって、それに振り向いて貰えなかったからって…………今になって、現れたからって。

 でも、もう遅いのだ。

 何もかも遅すぎたのだ。

 想いは呪いに変化して、二度と純粋に伝えることなんて出来なくなってしまった。

 だから、私は跪いたまま、造物にある命令を下した。

「私を……殺して」

 造物は、彼の姿を想いながら描いた物語の王子様は、冷たい目で私を見据える。

 それがまるで、見るに堪えない愚者を見下すかのように思えて、思わず自嘲が溢れてしまう。

 騎士が、鎧の足音を鳴らして近づいてくる。

 一歩、また一歩と、私のことを終わらせに近づいてくる。

 そうして、ついに傍らに立って、その剣を振り上げた。

 だけれどこれで、ようやく終われるのだ。

 私は、息を飲んでその瞬間を受け入れ────。

「────待てよ、馬鹿野郎!!」

 がしゃりと、派手な音を立てて騎士が横薙ぎに吹き飛ばされる。

 目の前を見上げると、そこに立っていたのは、つい今しがた消し飛んだ筈の彼だった。

 ぼろぼろの、王子様とは比べるべくもない格好悪い姿で、私を見下ろしていた。

 彼は懐からライターを取り出し、私が取り落としていた本を燃やす。

 本を媒体にして召喚していた造物たちは、これでもう出てこれなくなる。

 そして、彼は私のもとへと跪いて、私を抱き寄せた。

「ごめん……」

 私の耳元で発せられる彼の声は、わずかに震えていた。

 私は、驚きのあまり固まって声も出せない。

「俺も……俺もびびってたんだ。お前の言う通りだよ」

 彼の声が、空っぽだった身体に浸透していく。

「お前には、お前にだけは嫌われたくなくて……幻滅されるのが怖くて、逃げたんだ。白々しかったよな、俺だって、お前のことが好きなの、多分お前は知ってたのに」

 優しい声だ。

 低くて、どこか気だるげで、けれど世界で一番、私に優しい声。

「再会できた時、嬉しくてたまらないのと、同時にすごく────怖かった」

 言い訳のような、みっともない声で、それでも私は、いつまでもそれを聞いていたくて。

「けど決めてたんだ、今度は逃げないって。だから、俺から改めて言わせてくれ」

 彼は抱擁する腕を離して、私の顔を真っ直ぐに見据えてくる。

「────好きだ、ずっと好きだった。俺と、付き合ってくれ」

 私は、涙で彼の顔も見えなくなりながら、泣きわめいてしまった。

 わんわんわんわん、泣きわめいて、彼に返事を散々待たせて。

 そして、少ししてからこう言った。

「まず、定職に就いて下さい」

 ひどいぶち壊しな発言に、彼は吹き出して笑いだしてしまう。

 それでも私は、今が一番幸せだった。


            ◇


「それで、結局二人は結ばれてめでたしめでたしって感じなんすか?」

 かあーっ、と天井を仰いでベッドに倒れ込み、きっちゃんはじたばたとしばらく暴れる。

「いやあ、まあ……別にいいんすけどお、べっつにー、べっっっつにいいーー」

「なんだよ、うるさいなあ」

 あれから翌日、俺はきっちゃんの待つ自宅にようやく帰ってきた。

 一通り事のあらましを報告すると、きっちゃんは段々と面白くなさそうな顔になってゆき、しまいにはこの有り様だ。

「お前としても悪い結果とは言えないだろ? カミノリの儀としては、協力関係を結んでいくって決めたんだから」

「それについては相手方のカミサマから既に聞いてるっす。一体何があったのかと思えばなんすか、その唐突なラブロマンスは。あたしはてっきり強力な権能を持ち帰ってこれから色々出来ることが増えるっすね! なんて言うつもりだったのに」

 酷い話だ、つまりこいつは彼女がカミノトであることも、その能力についても既に知っていたということだろう。

 俺が彼女と争って、権能とやらを奪うことが目的だったらしいが、残念ながらそうした決着にはなっていない。

「へっ、ざまあみろ引きこもり、いい加減働いて家賃払え」

「フリーターが言えた口じゃないっすよーだ。私はまだまだここでタダ飯食らうつもりっすー」

「それは聞き捨てならないですね」

 ここで、玄関のドアを開けて入ってきたのは、話題に上っていた彼女、空だった。

「いらっしゃい、散らかってて悪いな」

「本当です、先輩って昔からだらしないところがありますから」

 俺の彼女、手厳しいな。

 とはいえ散らかしているのは主に目の前の駄女神なのだが、とうの本人、本柱? は「やあい怒られてるっすー」指差して笑っている。

「一応、先輩がお世話になっているとのことですのでご挨拶に。私、綿貫空と申します。先輩の恋、人、になりましたので、以後お見知りおきを」

 恋人、のところをやけに強調して声にした空に、きっちゃんは「ぐぬ」と言葉を詰まらせている。

「ま、まあいいっす。よきにはからえ。ともかく戦力が増えたと思えばまあ……仕方ないっすね」

 何が仕方ないんだこいつは、そんなに俺に恋人が出来るのが気に食わないのか。

 とはいえ、考えてみればこいつにも感謝しなければならない。

 だって、空と再会出来たのも、和解することが出来たのも、恐らくこいつのお陰なのだから。

「……まあ、俺からも一応感謝しといてやるよ。ありがとな」

「んまーーー!! デレたっす! 蓮司があたしにデレたっすよ!! 今まで散々酷い扱いだったのに!!」

「うるさあ」

 大声で喚き散らす駄女神のキンキン声に、俺が思わず耳を塞ぐ。

 そんな様子を見て、空は何やら思案げにした。

「あの、先輩」

「ん、なに?」

「この子、追い出すわけにはいかないんですか?」

「俺もねえ、それ考えてんだけど」

 意見が一致した俺と空の二人に、きっちゃんが「ンキィーーー!」と奇声をあげたところで、隣の住人から壁ドンを頂戴して、俺たちは静かになった。

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