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第十二話 午睡の夢

 俺の毎日は、言ってしまえば単調だ。

 ひとつだけになったカラオケのアルバイトは少しシフトが増えたもののそれだけで暮らせる額ではなく、さりとて思いもよらず出来た貯金もそれなりにあるので、ダラダラと日々を過ごしている。

 一連の出来事からは二ヶ月ほどが経過しており、最初はどうにもコントロール出来なかったみなぎるパワーも、それ以前となんら変わらない程度にコントロール出来るようになっていた。

 パのつく店にはあの戦い以降足を運んでいない。

 勇哉のように俺の力に気がついて襲ってくる相手がいるかもしれない、ということも勿論ある。

 だがそれ以上に、久し振りに会った後輩が近所に住んでいるというので、あんな場所に入り浸っている姿を見られたくないなというのが一番の理由だ。

「じゃあ俺、出掛けてくるから」

「ういー、いってらっしゃっすー」

 前にも増して雑になった返答を背中に受けながら、俺は図書館に出掛けて行く。

 毎週二回くらい、綿貫とは会って話をしている。

 特にこれといって取り沙汰すような内容でもなく、高校時代の延長のような下らない会話がほとんどだった。

 今日もそうした感じで、定番になりつつあるカフェの近くの公園でだらだらと話している。

「じゃあ先輩、その女の子と二人で暮らしてるんですか?」

「あ……ああ、まあ一応。親戚の話だといつまで居るか分からないらしいけど、預かってそろそろ二ヶ月になるかな」

 きっちゃんこと不法滞在者は、相も変わらず俺の部屋で居候をやっている。

 一応俺ときっちゃんの間で決められた設定として、あいつは俺の従兄弟で、都会で夢を追うために居候として送りつけられたという事になっている。

 いつの間にやら彼女の手によって、俺の部屋の押し入れは謎の空間への出入り口と化しており、そこがやつの寝床となっていた。

 俺が「まるでどらえ──」と言いかけたところで、彼女は「それ以上はいけないっす」と制してきたことはまだ記憶に新しい。

「先輩……その女の子に手とか出してないですよね」

「ないない、それだけは絶対ない」

「そうですか……夢を追うための上京なんて、偉いですね。絶対ちゃんと応援してあげないとですよね。おかしな道に引きずり込んだり、爛れた生活を送らせたりしたら駄目ですもんね」

 綿貫は何か強迫的なまでに念を押してきた。

 鬼気迫るものを感じた俺は「あ、うんそう思います」と口ごもってみせる。

 あいつの生活は、ある意味爛れきってるんだけどな。

 俺の金で勝手に酒とつまみを買ってきては、昼間から飲んだくれているばかりなので。

「まあ、おかげで経済状況圧迫されがちでな……あいつもできれば働いてほしいんだが……」

「いざとなったら私、ちょっとくらい助けられると思います。これでももう仕事しているので」

「いや……さすがにそんなん頼むわけないって」

 後輩の女子大生にたかるほど、人間腐ってはないつもりだ。

 頼むぞ、未来の俺。その最後の一線だけは越えてくれるな。

「ていうか仕事って? 大学と並行できんの?」

「はい、実は……」

 彼女はそう言って、カバンからごそごそと何かを取り出す。

 出てきたのは、一冊の本だった。

「これ……私が書いたのです」

 その本で恥ずかしそうに顔を隠しながら彼女がみせてきたのは、女性向けの小説らしきものだった。

 アニメ調のイラストが表紙で、長編らしくナンバリングがなされている。

 十一巻目らしいそれを見るに、もしかすると中々人気なのかもしれない。

「すごいじゃん! プロの作家ってことか!?」

「えへ、まだそんな大したものではないのですが……」

 彼女はてれてれと頭をかきながら、嬉しそうに謙遜する。

 こうした姿を見るとどこかあどけなくて、俺は思わずその表情の方に目がいってしまった。

「いや、本当にすごいな……びっくりした。そうだよな、綿貫って高校の時から色々書いてたし……夢叶えたんだな」

「はい、先輩がたくさん褒めてくれたので、だから頑張れたんです」

 綿貫は、そう口にするとどこか寂しそうな表情で地面を見つめる。

 憂いを帯びた顔が絵になるな、なんてぼんやり考えた俺は、きっと馬鹿な男なんだろう。

「だから、本当は先輩に一番に読んでほしかった。あの最後に会った日も、これの一巻を持っていたんですよ?」

「そ、うなんだ。それは…………悪いことしたな」

 不意に出てきた思わぬ言葉に、俺は無様にも言葉をつまらせてしまう。

 だって、その最後の日に俺が彼女に言ったのは、もう会えなくなるって言葉だったのだから。

「仕方ないんです。当時の彼女さんが怒ってしまったのも頷けます。自分の恋人のまわりを女性がうろうろしていたら、私だって気になりますから」

 綿貫はそれを最後に、無言になってしまった。

 俺の方も気まずくなって、なにも言えなくなる。

 そうして、少しの間無言の時間が続いた。

「先輩」

 だから、不意に彼女が放った言葉に、俺が固まってしまったのも仕方がないんだ。

「カミノリの儀、しましょうか」

 だって、一番聞きたくなかったそんな言葉を、こんなタイミングで聞かされたんだから。

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