第十一話 再会
「驚きました。まさか先輩もこっちに出てきてるなんて」
「あ、うん……そうだな」
俺たちは、図書館を出て近くのカフェでドリンクを頼み、そばにある公園のベンチで並んで座っていた。
先ほどの再会に、綿貫の方は「まるでドラマみたいですね」なんて笑っていたが、俺の方はというと、どうにも気まずい思いの方が強い。
「先輩と最後に会ったの、もう三年も前ですから……お会いできて嬉しいです、お元気でしたか?」
「いや、うん……まあ元気だよ、お前の方こそ元気そうで安心した。身体は平気なのか?」
綿貫はなんでも子供の頃から身体が弱く、学校も休みがちで育ったらしい。
俺の通っていた高校はあまり偏差値の高いところではなかったが、本来頭のいいこいつがそんなところに来たのもそれが原因だった。
「はい! 実を言うと最近まであまり良くなかったんですが……ちょっととある出来事があってから、今は毎日楽しいんです」
とある出来事、とはなんだろう。
まあこういう場合大抵、彼氏が出来たとかそういことなんだろうなと、どこか胸の痛みを身勝手に覚えながら考える。
「今は大学四年だよな、じゃあ就活とか論文とか忙しい感じか」
「いえ、それが……まだ三年生でして」
俺は綿貫の沈んだ声を聞いて、墓穴を掘ってしまっただろうことを後悔する。
何て言って取り繕うかと頭をフル回転させていたが、そんな様子を見て綿貫がおかしそうに笑った。
「あ、すみません! 別にそこまで気にしていただかなくても……! お母さんやお父さんも理解してくれてるし、深刻な感じではないので!」
「そうか、ならよかった」
俺はそれを聞いて少し安心して、不意に彼女に向けてにへら、と笑ってしまった。
とっさに「あ、やべキモいかも」と内心で思い直して取り繕うが、彼女はそんな俺を見て少しぽかんとした顔をしたのち、綺麗な顔を優しげに崩して笑う。
「やっぱり、先輩は変わらずですね」
「そうか……? 綿貫の方は……髪、短くしたんだな」
綿貫の高校時代は、超がつくぐらいのロングヘアだった。
メガネ姿とそのロングヘアが、ある種のトレードマークのように感じていたが、今はショートヘアーに変わっている。
前髪は長く片目が隠れているが、生来の美貌によって陰気さは感じさせず、どことなくアーティストチックだ。
「そうですね、短くしました。その……どうですか?」
「ん? ああ、似合ってると思うぞ。いつからそうしたんだ?」
「三年前です。三年前の、夏くらいに」
彼女とは丁度、そのくらいの時に会ったのが最後なので、俺と最後に会った直後くらいに切ったのかもしれない。
「先輩は……その、彼女さんの方も……お元気ですか?」
「彼女?」
綿貫が言っている彼女というのは、恐らく最後に会った当時に付き合っていた相手のことだろうと思う。
正直に言えばバイト先の面子の前で告白されて、断りきれずに付き合った相手なので、半年もせずに別れたし、今はどこで何をしているかも知らない。
「いやー、わかんないなぁ。今どこにいるんだろ」
そもそも、最終的には相手の浮気で別れているので、全く思い入れもないし、どこで何をしていようがどうでもいいのだけれど。
というか俺、浮気されすぎでは?
「え、じゃあ別れてるんですか?」
「あーうん……そうだな。というかとっくの昔に」
「そうか……そうなんですね……!」
彼女は、なぜか小さくガッツポーズをしてから、これまた小さく咳払いをこほんと決めて、小さな口でストローを咥える。
「私、つい最近この辺りに越してきたんです。大学からはちょっと離れたんですけど、ここの図書館が気に入って。なので、先輩さえ良ければまたこうしてお話ししませんか? せっかくの再会なので」
彼女がどこか嬉しそうに、そんな風に口にしてくる。
俺はそれを見て少し気恥ずかしくなったが、確かにせっかくの再会だ。
こうしてまた話すのも、いいかもしれない。
だが、そこまで考えて、俺は少し躊躇いを覚える。
この純粋で、人としての美しさすら感じる後輩に、今の自分が会ってもいいものかと。
何か、悪い影響を与えてしまうのではないかと。
「先輩……?」
いいや、確かに今の俺はろくでなしだけれど、だからといってここでこの後輩の笑顔を曇らせてしまうのは、やはり許せないように思えた。
「うん、勿論。連絡先は変えてないから、いつでも連絡してくれ」
「ありがとうございます! わたし、絶対しますね!」
彼女はそうして嬉しそうに笑う。
そんな様子に、柄にもなく絆されてしまって、俺はやはり思わず笑ってしまった。
するとそこで突然、俺の足元にボールが転がってきた。
柔らかいゴム製の野球ボールのようなもので、転がってきた方向を見ると小さな子供たちがこちらを見ているのに気がつく。
俺は立ち上がって、ボールのところにしゃがみこんで拾ってから、彼らのもとにそれを転がしてやった。
「子供ってのは気楽そうでいいよなあ」
なんて、俺はくたびれたオッサンのような事を言いながら、後ろの綿貫に笑いかける。
しかし、綿貫はそれまでの表情から一転して、俺の背中、腰の辺りを凝然と見つめていた。
「綿貫?」
俺が声をかけると綿貫は、はっとしたような表情で笑顔を作ってみせる。
「そ、そうですね。子供、可愛いですよね」
「え、うん。まあそうだな」
「あ、いけないもうこんな時間。先輩、また連絡します、今日はありがとうございました!」
そんな風に焦ったような様子で口にして、彼女はそそくさと離れていってしまった。
「どうしたんだろ……トイレか?」
俺はきっと、的はずれであろう推測をひとりごちる。
彼女が見つめていた部分に、俺の腰のあたりに何があるのか、気がつかないふりをして。