第4話 技術と伝統の対話
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
海底の魔素採掘師と竜人の約束 第4話をお届けします。
ついにアビス・パレスの謁見の間で、マリナとダゴン長老が直接対話!
技術と伝統、それぞれの立場から語られる海への愛情と責任。
そしてリヴァイアの信頼が、マリナの心に新たな感情を芽生えさせて...?
協力関係のスタートと、恋愛関係の第一歩を描いた重要な回です。
お楽しみください!
翌朝、私たちは約束通りアビス・パレスへ向かった。海面下百メートルの深度で、魔素の泡に包まれながら呼吸できる不思議さには、まだ慣れない。
「初回交渉は、まず技術の安全性を証明することから始めましょう」
カイトが提案した作戦は、シンプルだが効果的だった。いきなり大規模な技術を持ち込むのではなく、小規模な実演から信頼を築く。
アビス・パレスの謁見の間は、珊瑚で装飾された巨大な円形空間だった。天井から差し込む淡い青光が、水中とは思えない幻想的な雰囲気を作り出している。
「人間の技術者よ、リヴァイア王子から話は聞いている」
玉座に座る竜人族の長老ダゴンは、威厳に満ちた声で語りかけた。鱗の輝きが権威を物語り、深い青の瞳には数百年の知恵が宿っている。
私は丁寧に頭を下げた。
「マリナ・コーラルと申します。魔素採掘技術について、お話させていただきたく」
「聖地の魔素に手を出そうというのか」
ダゴンの語調が厳しくなる。
「我々竜人族が千年守り続けてきた聖なる力を」
緊張が走った。リヴァイアの表情も曇る。この瞬間が、全ての始まりだった。
私は深呼吸して、準備してきた言葉を口にした。
「長老様、私の技術は聖地を破壊するためのものではありません。むしろ、海底環境を保護し、魔素の流れを安定させることが目的です」
「どういう意味だ?」
私は持参した小さな装置を取り出した。手のひらサイズの魔素測定器だ。
「これは魔素流の測定装置です。聖地周辺の魔素濃度を測らせていただけませんか?」
ダゴンは眉をひそめたが、リヴァイアが口を挟んだ。
「父上、測定だけなら害はないでしょう。聖地の現状を知ることも大切です」
「...よかろう。だが、装置には触れさせん。我々が操作する」
私は装置の使い方を説明し、竜人族の魔法使いが測定を行った。結果は予想通りだった。
「魔素濃度が...不安定になっている?」
リヴァイアが測定値を見て、驚いた声を上げた。数値は理想値の7割程度しかない。
「そうです。聖地の魔素流が年々弱くなっているのではありませんか?」
私の指摘に、謁見の間がざわめいた。竜人族たちの表情が変わる。
「それがなぜ分かる?」
ダゴンの声に、今度は興味が混じっていた。
「前世...いえ、以前から海洋の魔素流について研究していました。このパターンは、地下の魔素鉱脈が自然劣化している証拠です」
「自然劣化だと?」
私は謁見の間の中央に向かい、手を使って説明を始めた。
「魔素は生きた力です。常に循環し、流れ続けることで力を保ちます。しかし、千年間同じ状態を維持していると、徐々に力が停滞し、弱くなってしまうんです」
リヴァイアの目が輝いた。
「それで、採掘技術が必要だと?」
「採掘ではなく、循環促進です」
私は装置を調整して、魔素流のシミュレーションを表示した。
「新しい流れ道を作ることで、停滞した魔素を再び活性化できます」
ダゴンが立ち上がった。
「それは本当か?」
「実証してみせましょう」
私は小さな実験用具を取り出した。人工的な魔素流を作り出し、循環させるデモンストレーション。
青い光が装置の中で渦を巻き、美しい螺旋を描いて流れ続ける。魔素の流れが活発になると、周囲の海水も微かに光り始めた。
「これは...」
竜人族たちが息を呑んだ。誰もが、魔素の流れが確実に強くなったことを感じていた。
「素晴らしい」
リヴァイアが感嘆の声を漏らす。
「技術と自然が調和している」
「まだ実験段階ですが、この原理を大規模に応用すれば、聖地の魔素流を復活させることができるはずです」
私は装置を停止し、竜人族たちを見回した。彼らの表情は、最初の警戒心から興味と希望に変わっていた。
「だが、これまで人間の技術は自然を破壊するものばかりだった」
ダゴンの声に、まだ疑念が残っている。
「それは事実です」
私は素直に認めた。
「だからこそ、竜人族の知恵が必要なんです。あなた方は千年間、自然と調和して生きてこられた。その知恵と私の技術を組み合わせれば、真に海を守る力が生まれるはずです」
この言葉に、ダゴンの表情が変わった。
「技術と伝統の融合...か」
「はい。私は学びたいんです。竜人族がどのように海と共に生きてきたのか、その秘密を」
リヴァイアが前に出た。
「父上、試してみる価値があると思います。マリナの技術は、聖地を破壊するものではない」
「しかし、万が一のことがあれば...」
「だからこそ、慎重に進めましょう」
私は提案した。
「まず小規模な実験から始めて、安全性を確認してから本格的な作業に入る。その過程で、竜人族の皆様にも技術を理解していただき、必要に応じて修正や改良を加える」
「協力体制、ということか」
「そうです。私一人では、決して聖地に触れません。必ず竜人族の方々と一緒に、段階的に進めます」
ダゴンは長い間考え込んでいた。謁見の間に静寂が落ちる。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「リヴァイア、お前はどう思う?」
「私は信じます」
リヴァイアの声は確信に満ちていた。
「マリナの技術も、彼女の心も。海を愛する気持ちは、私たちと同じです」
その瞬間、私の胸が熱くなった。リヴァイアの信頼が、こんなにも嬉しいなんて。
「ならば...試験的な協力を認めよう」
ダゴンが宣言した。
「ただし、条件がある」
「はい、何でしょう?」
「第一に、作業は必ず我々の監督下で行うこと。第二に、聖地に異変が生じた場合は、即座に中止すること。第三に...」
ダゴンは私を見据えた。
「お前が我々の文化と伝統を本当に理解するまで、大規模な作業は行わないこと」
「理解します。むしろ、それが私の願いでもあります」
私は心から頭を下げた。これは本当だった。竜人族の文化を学ぶことは、技術の完成にも恋愛にも必要なことだった。
「では、明日から小規模な実験を開始する。リヴァイア、お前が責任者だ」
「はい、父上」
「人間の技術者よ」
ダゴンが改めて私に向かった。
「お前の技術が本当に海を守るものなら、我々も協力を惜しまない。だが、もし聖地を汚すようなことがあれば...」
「わかっています」
私はしっかりと答えた。
「私の全てをかけて、海を守ります」
こうして、人間と竜人族の歴史的な協力関係が始まった。それは同時に、私とリヴァイアの関係も新たな段階に入ったことを意味していた。
技術と伝統の対話。それは、愛への第一歩でもあったのだ。
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謁見の間を出た私たちは、アビス・パレスの庭園を歩いていた。海底に作られた庭園は、色とりどりの珊瑚と海藻で彩られ、幻想的な美しさを放っている。
「ありがとうございました」
私はリヴァイアに言った。
「あなたが信じてくださったから、協力が実現しました」
「いえ、マリナの技術と人柄が信頼に値するからです」
リヴァイアは微笑んだ。
「ところで、なぜ海洋学に興味を持ったのですか?」
この質問は予想していた。前世の記憶を説明するわけにはいかない。
「子どもの頃から海が好きでした。波の音を聞いていると、何か大きな秘密が隠されているような気がして」
「海の秘密...いい表現ですね」
リヴァイアの顔に、優しい表情が浮かんだ。この人の笑顔を見ていると、技術のことも忘れてしまいそうになる。
「明日からよろしくお願いします」
私は改めて頭を下げた。
「こちらこそ。きっと素晴らしい成果が生まれるでしょう」
その時、庭園の奥から美しい歌声が聞こえてきた。竜人族の伝統的な歌だという。
「これは...」
「聖地を讃える歌です。千年前から歌い継がれています」
リヴァイアの説明を聞きながら、私は歌声に耳を傾けた。メロディーが魔素の流れと同調して、海全体に響いているような感覚。
「美しいですね」
「マリナにも聞こえるのですね、魔素の響きが」
「え?」
「この歌は、魔素に敏感な人にしか真の美しさが分からないんです。マリナの魔素感知能力は、私が思っていた以上ですね」
また新たな誤解が生まれた。魔素に敏感なのではなく、単純に音楽が好きなだけなのに。でも、この誤解は嫌な気分ではなかった。
むしろ、リヴァイアとの距離が縮まったような気がして、少し嬉しかった。
明日から始まる協力作業。それは技術の実証だけでなく、私たちの関係の新たな始まりでもあった。
海底の庭園で響く美しい歌声に包まれながら、私は明日への希望を抱いていた。
第4話、いかがでしたでしょうか?
ダゴン長老との技術実証シーンでは、マリナの海洋学者としての専門性と、竜人族への敬意の両方を表現してみました。
「前世...いえ、以前から」の言い間違いや、音楽好きなだけなのに「魔素感知能力」と誤解される場面など、勘違いコメディ要素も織り込んでいます。
そして何より、リヴァイアの「私は信じます」という言葉に対するマリナの反応。
技術者としての信頼から、個人的な感情への変化を感じていただけたでしょうか?
次回第5話「水底の真実」では、いよいよ小規模実験が開始されます。
マリナの技術は本当に聖地を救えるのか? そして二人の距離はさらに縮まるのか?
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