極彩色の女神
倉庫がある方角から響いてくる爆音と、天を焦がさんばかりに立ち昇る火炎を見て、俺とカイルはすぐさまその方角へ駆けだした。その間にも二発、三発と火炎は昇る。
あれがミーティアの放った魔法だということはすぐに気が付いた。あれほどの規模の魔法を撃てる魔術師はそういない。他に撃てるとすればグリードくらいしか思い当たらないが、大小多彩な魔法を操る彼がわざわざ人の多い環境で規模の大きな火の魔法を使うとは思えない。ならばあれは、自他ともに認める『火力馬鹿』ことミーティア・コメットの仕業に他ならない。
とはいえ、ミーティアも十分手練れの魔術師である。彼女ほどの実力者がなりふり構わずあれだけの魔法を乱発している状況そのものが、事が一刻を争う事態であることの証左だと言える。
「団長殿は先に行け!」
「ならカイルは避難誘導を頼む!」
返事を待たず、『龍樹細胞』で脚力を強化して跳躍する。ベルガによって強制的に枷を外されて以降、かつては死に瀕することで発現していた『龍樹細胞』は、エルザ本人の意思で発現できるようになった。
ただ、その枷はある種の安全装置としても機能していたようで、気を抜くと荒れ狂う波濤のような力の奔流に身体を持っていかれそうになる。暴走させずに扱うには、一瞬だけ力を発現させるような工夫が必要な状態となっている。
「くそっ……あの腐れ皇子め」
誰に聞かれることもあるまいと、独り言ちるように元凶たる人物を罵る。まぁ仮に聞かれていたとして、史上最強の魔物『龍樹』を制御し掌握しようなどと企む人間だ。この程度の暴言は許してもらわねば困る。
飛ぶような勢いで駆け抜け、倉庫に辿り着くと、すでに建物全体に火が回っていた。爆発の影響か壁や屋根の一部が崩落しており、今この瞬間にも建物全体が崩れかねない状態だ。
この状態では一刻を争う。そう思い、一部が崩れている壁の隙間から中に入る。纏わりつくような熱に思わず顔をしかめる。息をするだけで肺が焼けそうな温度だ。常人では長くは持つまい。
「おい、誰かいるか!」
火中を突っ切って崩れ落ちている資材を飛び越える。熱さに感けている暇はない。どうせどれだけ火傷しようが、今や『龍樹細胞』でいくらでも治せるのだから。
「エルザ、くん……」
「ミーティア!」
掠れるような声を聞き、ミーティアの姿を発見した。いくつもの光刃に身体中を貫かれ、滂沱の血を垂れ流している。その傍らには地に伏しているカインとユーリスの姿もあった。
俺の姿を見て力が抜けたのか、ミーティアは前のめりに倒れ込んだ。それを駆け寄って支える。突き刺さっている光刃は濃密な魔力の塊だ。少なくとも高位以上の魔術師でなければこんな芸当は成し得ない。
「おや、別のお客人ですか」
背後から声が聞こえた。
振り返ると極彩色の長髪を揺らす女がいる。その相貌に優雅な笑みを湛え、火の中にあっても底冷えするような視線をこちらへ向けている。
「やったのはお前か?」
「火事のことですか。でしたらそちら方の魔法が原因ですよ」
「――っ!」
腕を振り抜いて『龍樹細胞』を発現させる。ミーティアをここまで追いつめる相手だ。元よりするつもりもないが、加減など要るまい。膨れ上がった大木が火を押し退けて女の姿を飲み込む。
直撃の感触はあるが、止められた。大きな岩肌を押しているような感覚だ。細胞を切り離すと、樹木が塵となって消え、盾を構えた陽炎のような石膏の乙女が見えた。あれが岩肌の正体なのだろう。
と、腕の中で脱力しているミーティアが、今にも消えてしまいそうな嗄れ声で呟いた。
「気をつけて……」
「え?」
「もう一人いる」
周囲一帯を包む火の海と、それによって形を変え続ける影のせいで、上から降ってくるソレに気づくのが遅れた。
「ぐっ!」
金属製の触手のような物が見え、咄嗟に樹木で覆った腕でミーティアを庇うように遮る。細胞を活性化させた俺を押し退けんばかりの重量だ。踏ん張って押し返すと、幾度か鈍い音を立てて着地した。
降ってきたソレの正体は、金属の触手を背中から生やした浮浪者のような格好の少女だ。触手で地面を掴み、自身の身体は吊られるように宙に浮いている。ギギギ、と軋むような音を立てている金属の触手は、どうやら機械仕掛けらしい。それもクルトの筋電義手のような、かなり精巧な造りの物だ。
「どう、クラウディア。彼で間違いなさそう?」
女の問いに、少女は触手の先端に付着した木片を手に取り、それが塵となって消える様を見ると、短く言った。
「うん。あれがりゅうじゅ」
「そう。良い子ね。ここは熱いでしょう、貴女は下がっていていいわ」
少女の頭を愛でるように撫で、女はこちらを向いて言う。
「アナトリア連合国の一角、コマナ王国の主上が一柱エニュオと申します。以後お見知りおきを」
「西方連合の主神が、いったい何の目的があってこいつらを襲った?」
「我々の目的は『龍樹』です。彼らは、ちょうどよく嬲れそうな獲物でしたので」
エニュオは頬に手を当てて、恍惚の声を上げた。
つまり、理由はない、と。
「貴方が『龍樹』であるならば、今日の目的は果たせました。また後日、片割れが会いに来ますので、相手をしてあげてください。では」
エニュオはこれだけのことをしておいて、このまま立ち去るようだ。
引き留めようかと思った。煮えくり返りそうな気分だった。今すぐにでも捻り潰してやりたかったが、ミーティアはもちろんのこと、それよりも重篤なカインとユーリスをこのままにしては置けない。
今は撤退が優先だ。三人を担ぎ上げてこの場を後にする。
立ち去る際、エニュオは少女の頭を撫でながら柔らかな笑みを浮かべていた。こちらには一切関心を向けていない。そしてクラウディアと呼ばれていた少女は、無機質な目でこちらをじっと見つめていた。




