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不穏因子

「うーん……」


 外壁近くに急ごしらえで誂えられた資材置き場で、ミーティアは一人、小さくない唸り声を上げていた。資材の数を指差し確認すること十回目。九回までと同じように顔をしかめて、手元の帳簿を睨みつけた。


「合わない……なんでぇ?」


 今朝方、古巣の団長であるハーレイから「これ頼まれたんだけどめんどいからミーティアがやっといて!」と丸投げされる形で倉庫の資材管理を任されたのだ。ハーレイには文字や数字との睨めっこなどできぬ。十年来の付き合いでミーティアもそれは知っている。ので、受け入れる他なかった。


 とはいえ、「あー、はいはい。やっとく」などと安請け合いするものではなかった。そもそも本来の担当者が怪我で動けないからと、動ける人材の多いハーレイ傭兵団に要請があった仕事。つまり端から人手が足りていないのだ。


 ハーレイはそのあたりが大雑把と言うか適当と言うか、適正人員という概念が頭の中からすっぽりと抜けている節がある。よって、いくら数えても数の合わない資材を前にし、ミーティアはたった一人で困り果てたような声を出している。


 本日、何度目かわからない溜息を吐くと、倉庫の外まで響いてきた彼女の声に引き寄せられるように二つの人影が現れた。


「おや、ミーティアさん。こんなところで何してるんだい?」


 見回り途中のカインとユーリスがミーティアの姿を見つけて近寄ってくる。

 ミーティアは困り顔を崩すことなく、しかし救世主が現れたと声色を高くして答えた。


「資材の数が合わなくてさぁ。カイン君、ちょっと見てくれない?」

「お安い御用さ。ユーリスくん、手伝いたまえ」

「ありがとー! ユーリスくんも!」

「まだ返事してませんが……まぁ別にいいですけど」


 両手を合わせて可愛らしく言うミーティア。ユーリスは横目でカインを睨み、渋々と言った様子で引き受けた。エルザとカインには嫌味な態度を取るユーリスだが、それ以外の人間には特に敵対的な態度を取ったりはしない。


 ミーティアとユーリスがカインの指示の下、資材の種類と数を確認する。手分けしたおかげでさほど時間は掛からずに終わったが、結果、カインもミーティアと同じように顔をしかめていた。


「やっぱり合わない?」

「うん、合わないね。まぁこんな状況だし、誤差とも言える範疇だけれど……昨日までの帳簿はある? 一応確認しとこうか」

「あるよ。はいこれ」


 カインは新たに別に帳簿を受け取り、一通り目を通した。

 こちらの帳簿は見る限り変なところはない。資材の出入記録と照らし合わせても、資材の数にずれは生じていない。やはりずれが生じているのはミーティア睨めっこしていた最新の――つまり今日の分の帳簿だけだ。


 カインはもう一度最初の帳簿に目を通す。


 正直、この程度の帳簿のずれは通常でも起こり得るものなのだ。特に今は街全体に大きな混乱があった直後。人の入れ替わりや立ち入りは多いし、ここに運び込まれた時点で数え間違えが発生していたという可能性は十分に考えられる。


 しかし、商人としての勘がその可能性を真っ向から否定している。

 帳簿のどこに違和感があるのか、カインは目を凝らして確認していく。


 帳簿にずれが生じる事自体はあり得る事なのに、違和感を覚えているのは何故か。

 ……いや、もしかすると、「ずれ」が違和感の原因ではないのではないか?


 そう思い至り、カインは素早い手つきで古い方の帳簿に再び目を通した。そして先程目を通した数字の羅列をもう一度見て、はっと息を呑む。


「……なるほどね。違和感の正体はこっちか」

「何かわかったの?」


 首を傾げるミーティアに、カインは古い方の帳簿を見せる。ユーリスも興味のない素振りをしているが、横目に見ている。


「昨日までの資材の出入記録。入ってくる量も出て行く量もぴったり同じで綺麗すぎると思わない?」

「……まあそだね。で?」


 カインの簡潔な説明ではいまいち理解しきれないミーティア。それを揶揄ったわけではないがカインは笑いながら答えた。


「ここにあるのは復興用の建築資材だ。日用品と違って毎日同じ物を同じ数使うわけじゃない。なのにこの帳簿上は、毎日同じものを同じ数だけ搬入してる。数字も綺麗すぎるね」

「ダメなの?」

「別にダメではないね」

「いちいち濁すな、まどろっこしい。要は誰かが改竄(かいざん)してるってことだろ」


 ユーリスが帳簿を顎でしゃくりながら問うと、カインもそれに首肯した。


「おそらくね。どうして今日になってやめたのかはわからないけど、まあそれは直接聞けばいいか。ミーティアさんって本来ここの担当じゃないよね?」

「うん。ハーレイに頼まれて臨時で入っただけだよ。昨日の夜、担当者が怪我したとかで。なんかお酒飲んで泥で足滑らせたみたい」

「なるほどそれで。だったら逃げる可能性もあるし急ごうか。こういう手合いは見逃すとつけあがるからね。さっさと駆除するに限る」

「え、行っちゃうの? どうせならこっち手伝ってほしいんだけど……」

「あぁー……ついでに手の空いてそうな人を誰か呼んでくるよ」

「え~、別に逆でもよくない? カイン君、本業的にこういうの慣れてるでしょ」

「そうは言っても本格的な棚卸となると体力仕事だからねぇ。僕ら一応怪我人だしさ、そういうのはちょっと控えないと。てか面倒だし怠い」


 信じられないくらいの早口で漏れ出た本音をミーティアは聞き逃さない。顔をしかめてカインを糾弾する。


「建前あるなら本音いらないよね? どうする? 傷、開いとく?」


 真顔で怖いことを言うミーティアに詰め寄られ、カインは怖気づく。

 両者の間にある年齢という些細な差が、この二人の力関係を決めている。自分より背は低いし、愛らしい顔に造形的な恐怖を抱く余地はない。なのに怖い。ミーティアが本気でないことはわかっていても、怖いものは怖いのだ。


 威厳と言うのも少し違う気がする。威圧感の方が言葉としては近しい。カインは兄を持つ一人の弟である。その弟の部分がリーンゴーンと警鐘を鳴らしているのだ。仮に姉がいたとしたら、今ミーティアに感じている感情をそのまま姉にも感じるのだろう。兄でよかったとカインは思った。


 カインは苦笑いを浮かべ、逃げるようにミーティアから離れて言った。


「いや、冗談だって冗談。真面目な話、僕らじゃ時間掛かっちゃうからさ。ちゃんと代わりの人呼んでくるから」

「なぁんでそんな怯えてるのさ。まあいいや。じゃあすぐ呼んできてね。一人でやる量じゃないもんこれ」

「はいはい、仰せの通りに」


 へこへこと下手(したて)に出ながら倉庫を出るカイン。が、出た途端に態度を切り替えてユーリスと肩を組む。「正義の鉄槌を下しに行こうか!」と意気揚々と宣言し、ユーリスに顔を押し退けられつつ治療院へと向かった。

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